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習い事 2

母がピアノ教師だったので、当然3歳から毎日ピアノの練習が始まった。
あれだけ母自身、大嫌いなピアノの道に親に無理やり進まされて嫌な思いをたくさんしたにも関わらず、母のレッスンはスパルタだった。

もちろん母のところに通ってくる生徒にも容赦はなく、しょっちゅう生徒がすすり泣く声がピアノの部屋から聞こえてきた。しかしその甲斐もあってなのか音大に進む生徒も多かった。

親になってみると、子供に何かを教えるとなると最初は冷静でいられてもどんどん感情が入ってきてイライラしてしまうことがあると思う。
当然のことながら私の母も、私にピアノを教える際は他の生徒以上にヒステリックにスパルタになっていた。
「なんでできないの!」「何回言ったらわかるの!」
しょっちゅう横で怒鳴られながら、それに怯えながら練習した。毎日夕方6時から欠かすことなくみっちり練習があった。
怒鳴られ、楽譜を叩きつけられ、叩かれ、鼻血を出しながら弾いたことも何度もある。

それから逃げられるわけもなく、嫌いで仕方なかったけどやらなくてはいけないものと思っていた。

小学校低学年頃からは、ピアノの練習の後に調音のレッスンまで始まった。
母が弾くピアノの旋律を譜面に書き取っていく練習だ。めちゃくちゃ集中しないといけないし、大嫌いだった。それから、母が無造作に鳴らす五音ほどの和音が何の音かを当てるというのもさされた。これは絶対音感もあったので得意だった。

母は私を音大に入れようとしていたのだろうなと思う。元々「女の子は勉強なんかできなくていい」という両親の考えだった。というか、私が勉強が苦手だったので勉強で進ませるのは諦めていたという方が正しいのかもしれない。

母自身あれだけ嫌な思いして音大に進んだのに、なぜまた私を音大に入れようとしたのか、、本当に分からない。聞こうと思った時もあったけど聞かなかった。

小学校四年になっても私は手も細く小さかったので、左オクターブがギリギリ届く程度だった。それを見て母に「音大は行ったとしても苦労するやろな」と言われて、ある日突然母はピタリと私のレッスンをやめた。驚くほど突然だった。
時間になってもピアノの部屋に入ってくることもなく、一切私の練習を見なくなった。

私は嬉しいような、、、でも不安もあり、どうしていいかわからなかった。でも母に何も聞けなかった。

本当に母はそれっきりだった。あれだけスパルタで私に教えていたピアノをスパッとやめた。

ただ、ここら辺はうろ覚えなのだがこの頃からフルートを習わされるようになった。フルートを習い始めた時はまだピアノも母に教えられていたような気もする。
フルートを私がやりたいと言ったわけでもないのに、ある日突然また母が「フルートやってみたら」と言い出して買ってきた。
私は相変わらず、自分が何をしたくて何をしたくないのかも全くなかったので、言いなりで始めることになった。
最初は近所のお姉さんに習った。正直、全然面白くなかった。でも、ピアノのレッスンのあとにフルートの練習が毎日始まって、これがまた当たり前の毎日となっていった。

近所のお姉さんが私はもう教えられないということで、電車に乗って隣の市までフルートを習いにいくことになった。それでも全然面白くなかった。ピアノの両手10音に慣れていた私は単音しか出ないフルートがつまらなかった。
フルートの先生は段々熱心になっていき、私の家に教えに来るようになった。そして東京芸大を目指しませんかと母に言った。

私はフルートがとても上手だったらしいけど、全く何の興味も嬉しさも楽しさもなかった。ただ言われたように吹けるだけだった。 

何年も経ってから聞いた話では、母はやはり私を音大に行かせようかなと思っていたようだった。勉強よりもピアノの方がマシと何の根拠もないのに思っていたそうだった。
あれだけ自分が嫌だったのに、同じ道を娘に歩ませようとするのは一体どういう心理なんだろうと思う。ただ私の手があまりにピアノ課には不向きだったから、フルートで進ませようとしたらしかった。

私がフルートが好きかどうかは関係なく、フルートの音色が母が好きだったから、、ただそれだけの理由だった。

小学校四年生の発表会で私はフルートとピアノ両方演奏して、それが最後になった。

ピアノを母が見なくなってから、私自身はというとピアノを弾かないと落ち着かない状態にあった。でも何を弾いても「違う!」と怒鳴られない、楽譜を叩きつけられない、その開放感が嬉しくて、初めて「ピアノって楽しいかも」と思えた。どう弾こうが母は一切何も言わなかった。聞こえていた母はすごく注意したかっただろうなと思うけど、そこは無視を徹底していたのですごいなと思う。その潔さは本当に感心する。

フルートに関してはやっぱり面白さもないまま、中学受験という新たなことを思いついた両親のおかげ(?)でピタリとやめることができた。

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