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12時間以上のフライトで見知らぬ誰かの隣に座るということ

ロンドン行きの日系航空機。たまたま1人での移動だった。

座席はこのところ通路側しか選ばないと決めている。やはり化粧室などへの移動の際気を使わずに済むからだ。

ひとり旅で選べないのが、隣に座る人だ。
こればかりは自分でどうしようもない。

子ども連れの方がそばにいたとして、赤ちゃんに罪はないが、ずっと泣いたままだったりすると口にはださないが、やはり気にはなるものだ。

また体臭や香水の類いも個人差があるが、自分の耐えられるレベルを越える人が来ると大変だ。マスクである程度は緩和されるのだが。

そのとき隣の座席には同じくらいの歳の女性が座った。

座席がたまたま近くなった以外の接点は行き先がたまたま同じというただそれだけのことだ。

出発数時間前、いや数分前の他人の人生なと、知る由もないから、考えようによってはかなり恐ろしいことである。

座席が隣になったふとした会話がきっかけで友人になったり、はてまた人生の伴侶をみつけたなどの話も聞かないではない。

前日にその人に幸福な事があったからハッピーな状態なのか、またその逆だってありうる。旅の目的がバカンスなのか、ビジネスの失敗を取り返しに海外に向かうのか。はてまた人目を憚る理由の旅なのかもしれない。

旅の目的はひとそれぞれ、全くのブラックボックスだからだ。

人によっては話しかけてほしい、と思っているかもしれないし、一人にしてほしいと思っているかもしれない。

長い時間隣ですごすので、なんとなく自分は新しい地域に引っ越した人のような挨拶をすることがある。何か気になることがあればお知らせ下さいとひとこと。

出発から到着まで当たり障りのない話で終始することがほとんどの、特にドラマが起きるわけでもない旅だった。

いつものように、地上に緑の芝生が見えてくる頃、入国の準備をいそいそと開始した。