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昇華したいアイスティー

初めてロイヤルホストに来た。

経緯としては割と単純だ。
某名探偵の映画を見終わって、来年はここに行くのかな?また大変だねぇ…なんてことを思いながら、ドラッグストアに入った。
朝の洗顔を楽にするためだけに泡洗顔に手を出してみようと店内を物色する。同年代くらいの店員さんの「ありがとうございました」を聞いてドラッグストアを出た。

そうしたら、突如として名前を呼ばれた。
何事かとパッと前を見たら社会人になったばかりの先輩がいた。
わりと元気そうで安心しつつ、挨拶をする。
そこで話が弾んだ。近況であったり、その周辺の話であったり、見に行きたい映画の話であったり。
そうしているうちに気づいたら1時間半くらい経っていた。ドラッグストアの前で。
時計の短針が7を指した頃、先輩の予定を聞いたらあとは帰るだけだと言う。ならば、と結構勇気をだしてどこかに入らないかと誘った。二つ返事で答えられた。

その行き先がロイヤルホスト。お互い初めて行く場所で、行く途中ではパンケーキの話をしていた。
結構前にパティシエか料理人かの人達がジャッジをする番組で話題になったことを思い返し、また会話が弾む。ただしお互い食べたことは無いから「気持ちは何となくわかるけど、憶測しか話できないよね」と話をしながら。

店内に入って席に案内される。
泊まりの出張らしきサラリーマンや3人家族、カップルらしき人たち。色んな人たちがいて、ファミリーレストランってそういうものだったな、と久々にファミレスというものに来て思った。

席に座って、メニューを見る。
2人で話をしながら
「この値段をサイゼリアでは見たことない」
「5000円代のものをそもそもファミレスで見た事ない」
なんて若干のカルチャーショックらしきものを受けながら、それがロイヤルホストだと認識した。でもメニューの写真に載る食事は大変美味しそうである。それならこの値段もそりゃそうか、なんて純粋に思った。

2人とも食べるものを決めて店員さんに頼む。
ドリンクバーの簡単でありながら丁寧な口調の案内をされた。先輩が席を立つ。私は席に座ったまま携帯を見る気にもなれず、向かい側にある大きな鏡に映るサラリーマンの二人をぼーっと見る。
先輩が戻ってきて、今度は私がドリンクバーに向かった。
特に何も考えず、アイスティーをコップに注ぐ。赤茶色の透明な液体が容器を満たしていく。普通のアイスティーではなく、ちょっと違うものだったけれど何だったか。

そこからは頼んだものが来るまで会話を続ける。
頼んだものが来たあとも、食べ終えたあとも会話をする。

近況の続き、好きなもの、イギリスの文化、産業革命期、シャーロック・ホームズシリーズ、宗教革命、アフタヌーンティー、数学をどうやったら楽しく教えられるのか、学校教育、通信制・定時制の学校、社会性のある社会から外されたもの、積読書の話etc.

これだけに限らないし、もっとそこから広げて話をしていた。
気づけば時間は9時を過ぎている。
先輩と話をしていると時が過ぎるのが早い。それはもう驚くほどに。

時間も時間だからとお開きにした。
帰り道もパンケーキを食べた先輩とバターのイメージは四角い固形物だとまた会話を弾ませる。
5分もしないうちに駅に着いてバスで帰る先輩と別れた。

そこからはただ40分くらい歩き続けて家に帰った。
帰り道にあるオレンジの街灯に照らされた葉桜を眺めながら、またぼーっと考えた。

いい加減、昇華したいのである。
何をかと問われれば、先輩への淡い想いのことである。

正直に言えば、私は彼氏いない歴=年齢という少し古臭い言葉の称号を持っている。
自分磨きというものにも興味は無かったし、そもそも異性に対する関心が低かったとも言う。

それ以前に他人への関心が低かった。
人に対して「そういうものか」だとか「そういう人なんだ」という事実としての認識しかして居なかった。
その事実に対して自分がどう考えるのかというのはあまり考えていない。
というか考える必要があるのかと思っていた。
倫理に反することでなければ、その人の好みというものが自分に直接関係することは基本的にないし、そこまで交友を深める気もなかった。だって疲れるから。

1人の方がどう頑張っても気楽なのだ。人間は1人で生きていけないとはいうけれど、とはいえ人と関わるのは必要最低限で良いのだという自分も心には存在する。

別に人と話すのが嫌いなわけじゃない。むしろそれは私の好きな事だと思う。
というよりもその人が楽しそうに話しているのだったり、その人のバックボーンを聞いたり、どうしてそう考えるようになったのかを知ったり、そういうことは私の好きなことだ。
つまりはつかず離れずという関係性が心地よく、踏み込みすぎず、とはいえ相手のことをちょっとは知りたいという欲を満たす。それが私にとってちょうどいい距離感なのだと知った。

さて、そんなスタンスが高校からあった上に、大学に入ってからさらに進行した私に恋愛なんてものをする気が起きるのか。否である。

そんな中で出会ったのが先輩である。
最初は先輩として凄い人だな、という尊敬の思いが強かった。

それが変わったのは関わるようになって半年ほど経ったあと。週1ほど会うような間柄になってさらに経った頃だった。

とあるとき、先輩が同学年の女子と話をしていて、若干モヤっとした。なんだか不愉快な気持ちになった。
ただただ不思議だった。別に悪いことじゃない。むしろ、楽しそうだからそれ自体はいいことだというのが私の認識のはずだ。

そこで立ち止まって納得した。
なるほど、これが嫉妬というものか。

気づいた時は、正直自分が気持ち悪かった。
別にそういう関係である訳でもないのに、なんとも醜い感情なのか。
ただそれがあって私はこの人が好きなのか、と気づいた。だからといってその時相手に何かを言うつもりもなかったけれど。

それからさらに経った。
2月の中旬。
いろんなものが終わって、打ち上げみたいなことをして、二次会もどきにBARに行った。
一緒に来ていた初対面の人が帰り、先輩と二人になった。
日付は変わり、白湯を飲む先輩の隣で3杯目のお酒を飲む私。
時間は4時。学校はもう春休みとはいえ、流石に遅いだろうと帰ることになった。先輩がご好意で家の近くまで送ってくれると言われたので素直にお願いしてしまった。

私はこの時の帰り道で先輩と別れたあとに思った。
最後にいい思い出になったなって。

これまで恋というものをほとんど体験してこなかった。というか、多分それまでは恋に恋をするということをしていたのだと思う。
好きになった人とかどうしてかさっぱり分からない。少女漫画だとか乙女ゲームだとか、そういうコンテンツからの憧れがあった。それが高じて、まぁそれっぽい人をっていうのが正しい。
だって、こんなにも他人の事を考えたことは初めてだったから。

だから、その好きな人に送ってもらえたという思い出を大学生のうちにできたというだけでよかった。こんな幸せな経験、そうそうできることじゃない。

この時に、昇華というか一つ区切りをつけたはずだった。
ダメでした。やっぱりこの人が好きだなって想いはもったままだった。

その後も事後処理のいろいろで会うことがあって、そのたびに好きだなと思ってしまうのである。なのでもう好きでいるのはいいかと開き直ることにした。ただし、相手にこのことを話すことはしないと決めた。

理由は純粋に相手に幸せになってほしいなという思いが強くなったから。
というか、自分が相手を幸せにすることどころか、気を使わせてしまうだろうと思って。それよりもきっと何でも言い合えるような性格の人の方が先輩の為では?という思いもあったし、私は地元に戻ることになるし、と。
要は日和ったのである。恋愛初心者には無理だ。

それに比べれば想いを持っているだけならだれも傷つかない。
こうやって逃げるからよくないんだろうなとも思うけれど、人間に期待をするのはやめた方がいいと中学生の時に知った私には伝えるなんてことは清水の舞台から飛び降りるよりも、バンジージャンプをすることよりも、はるかに難しい事である。

そう決めていた矢先の今日の出来事である。
ああ、なんと恐ろしい事をしてくれたのか。
でも先輩が元気そうでよかった。いつもの先輩だった。
その姿が見れただけで行幸だろう。
今日はいい日になったと思う。

なのでいい加減に昇華させたくてここに書いた。
書こう書こうと思いながら、2カ月経った。
でも、書いても昇華されそうにない。
世の中の恋する乙女たちはこんな気持ちなのかと彼女たちに尊敬するしかない。

そもそもこれを恋とするのか。
恋よりも淡いだけのふわふわしたものだとも思うし、それよりは質量のあるものな気もする。
甘酸っぱさもなければ苦さもない。
それよりもさらっとした味な気がする。
ちょうど今日飲んだアイスティーみたいなちょっぴり酸味のあるすっきりした味。

いつかこれが本当に昇華されたとき、私は恋というものに踏み込むことができるのだろうか。
けれど、多分このアイスティーみたいな味は忘れられないものになるんだろうなと思う。

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