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#01 オードリー・若林正恭さんへ愛を伝えたい女

オードリーが好きです。
そして、若林さんが好きです。

2008年のM-1。
あの敗者復活戦の衝撃から、どうしたってテレビから滲み出る知的な雰囲気に惹かれ、「社会人大学人見知り学部卒業見込み」から著書を読み漁り、ラジオを聞き、漫才で笑い、出演しているテレビ番組を見てきました。
オールナイトニッポン10周年武道館ライブは、ライブビューイングで。
そしておととしには幸運にも「さよならたりないふたり」の観覧チケットが当選し、そのお姿を拝見することができました。

目の前に、若林さんがいる。
同じ空間にいる。
その声を自分の耳で聞いている。
そこお姿を、自分の目で見ている。
しかもこれまた私が大好きな山里亮太さんと漫才をつくる、というすごい時間を共有している。

「一生分の運を使い果たしたな」と思いました。
いや、一生分を使いきったとしてもまだまだ足りない。
来世分の運まで使い切った。
そう思えた時間でした。
夢か現実かわからないまま、とにかく笑っていたらあっという間に過ぎてしまった時間でもありました。

オードリーのオールナイトニッポンは、さみしさが爆発するひとりの夜にずっと明るさを与えてくれる存在です。
笑って、笑って、最後の「ミッフィーちゃん」でちょっとさみしくなって、寝る。
毎週土曜日の夜は、いつもこの繰り返し。
そしてまた、次の土曜日へと向けて1週間が始まってゆく。

そんな中で、いつも思うんです。

若林さんにお会いしたい。
若林さんとお話がしたい、と。

かといって、ロケの現場に遭遇したい訳ではない。
仕事でお会いしたい訳でもない。

私の仕事は、若林さんに揶揄されがちなライターだ。
(地方に住むライターは、若林さんがいうそれの範囲外にいるだろうけど)
もし仕事が回ってきたところで、そこで若林さんへ愛を伝えるだなんて、場をわきまえてなさすぎる。
「いやあ取材前にこんなこというのもあれなんですけどね、へへへ、わたし、リトルトゥースでして…」
なんて言うの? 無理無理。
そんなんじゃ、おべっかみたいじゃないか。
それに、取材の導入みたいな部分じゃ私の愛は伝えられない。

じゃあ、若林さんのnoteにコメントして思いをぶつけてみる?
InstagramにDMを送る?
蛍光色で「若様♡」と書いたウチワを持ってライブを見に行く?

正直、そのすべてが若林さんに思いを伝える術に似合っていない。
むしろ、迷惑なファンだろ。絶対にしたくない。
夜中の3時にニッポン放送の出入り口で待つような。
タメ口で「弟子取ってんの?」とDMを送ってしまうような。
そんな痛いファンにはなりたくないのだ。

かと言って、「オドぜひ」に応募してみるような度胸もない。
あの番組収録に出た人たちのことを、本当は泣きたくなるほどうらやましく思っているくせに。

だから、まだまだなんです。
私が若林さんに会えるような人間になるにはまだまだ程遠い。
むしろ、そんなことを思うことすら憚られるような人間かもしれない。

でももし、若林さんに会えることができるなら、もうちょっと大きな人間になってから会いに行きたい。
「じゃあ大きな人間になれる日はいつなんだ?」という疑問が頭の角でぷくっと弾けるけれど、その日が来たら、愛を伝えて、若林さんとの会話の中で放たれるその言葉をちゃんと自分の中で咀嚼できるようになっていたい。
まあきっとこれも、若林さんにとっては迷惑なのかもしれないけど。

だから私は、まだまだこれからも若林さんの出ているテレビを見て、ラジオを聞いて、本を読む。
若林さんのおもしろさを、ただただ頭の中に植え付けていく。
そして、ニヤニヤし続けるだけ。
ニヤニヤを重ねたら、ちょっとだけ若林さんに近づけるんだと信じて。
ニヤニヤすることが、知らず知らずのうちに愛になって伝わっていることを信じて。