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ばあちゃんには歯が1本しかなかった

祖母の口の中を覗いてみたわけではないので、定かではないが、うちのばあちゃんには歯が1本しかなかった。外から見える歯は、下の歯1本だけだったのだ。

「羽根つきして転んで折れた」だの「自転車に乗って転んで折れた」だの「虫歯をほっといたら抜く羽目になった」だの・・・で1本ずつなくなっていったらしい。

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私が小学3年生の運動会のこと。ばあちゃんが見に来てくれた。

椅子に座って応援していると、後ろから「りこちゃーん」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、ニコニコ顔のばあちゃんがいた。私の隣に座っていた友人も振り返った。そして驚いた顔でこう言った。

「リコのばあちゃん、歯ないやん」

私は少し恥ずかしくなった。「うん、そうねん」と友人の指摘に苦笑いで答えた。もう一度振り返ると、ばあちゃんも苦笑いしていた。多分、友人の言ったことが聞こえたのだろう。口元を隠しながら笑っていた。

入れ歯を持っていなかったわけでもない。入れている時もあったようだが、わずらわしかったのだろう、基本的に使っていなかった。

運動会が終わった後、ばあちゃんと話した。

「友達に”歯ないね”って言われちゃったね」「うん」

ばあちゃんはへへへと笑った。私も笑った。

ちょっと恥ずかしい思いはしたけれど、ばあちゃんを責める気持ちにはならなかった。ばあちゃんはばあちゃんだし。二人して、ちょっと悪いことをした子供みたいな気持ちになって笑った。

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私が高校生の頃、伯父とばあちゃんの3人でカレー屋さんに行った。出てきたカレーを見てばあちゃんは言った。

「これ、具がなんにもはいってないわ」

家で食べるような野菜と肉がゴロゴロ入ったカレーを想像していたのだろう。残念ながら、そこのカレーは具が全部溶けているようなタイプのカレーだったのだ。

そう説明したが、あまりのショックさに「なんもはいっとらん。こんなのはカレーじゃない」とブツブツ言いながら食べていた。

大きな肉のかたまりが入ったカレーを食べたかったんだろうな・・・と思った。ばあちゃんは肉が好きだから。

今思うと、歯が1本しかないのによく肉を食べていたと思う。どうやってかみ砕いていたのだろう。

夫にこの話をすると「歯茎が歯並みに固くなっていたんじゃない?」と返ってきた。なるほど。

入れ歯はいれたくない、けれど大好きな肉は食べたい。その強い思いがばあちゃんの歯茎を固くさせたのだろう。

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私が小学生のころから数えると、少なくとも15年は歯が1本しかない生活を送っていたばあちゃん。もしかしたらもっと長いかもしれない。

よくぞそこまで・・・ずぼらな人だとは思っていたが、ここまでくるとある意味すごいと思う。

私の記憶の中のばあちゃんは歯が1本しかない。

笑った顔も、困った顔も、怒った顔も、みんな歯が1本なのだ。






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