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食卓

もう随分と前のことだけど、豊洲新市場が開場した頃、連日 ニュースで新鮮そうな魚を見た。
一度は早朝の市場で海鮮丼を食べてみたいね、なんて友達と話をしていたけれど、結局それをしないまま私は東京を出てしまった。

会社にフィリピン人の先輩がいる。
もう20年も日本に住んでいるから言葉も流暢で、明るくて、私と同い年くらいの娘さんがいるそうでよく気にかけてくれる。
この日はご自宅の夕食に招待していただいた。
一人暮らしも4年目になると人の"手料理"がものすごく恋しくなる。

お言葉に甘えて仕事終わりにお邪魔したら、まず見せられたのは大きなクーラーボックス。
中には見たこともない色をした魚や、大きな魚がたくさん入っていた。
「釣ってきたとよ」と満足げに笑う旦那さんの横で、先輩が手早く捌いていく。

手伝う間もなく、食卓にはお刺身やら天ぷらやらお吸い物やら、豪華な魚料理が並んだ。
豪快に盛り付けられた大皿がすぐになくなってしまうほど、絶品だった。
お米もツヤツヤしていて美味しかった。

初めて会った旦那さんは「よう東京から来たね」と何度も言ってくれて、歓迎してくれているようで嬉しかった。
しかし同時に「なんでこんな所に」「こんな田舎つまらんやろ」と頻繁に卑下することも言った。

もちろん東京は楽しい街だし、東京の魅力を語られたら否定しない。
でも東京と比較して田舎が「つまらない」かというと、基準軸が分からないので何とも答えられなくなる。

お腹いっぱいになって、たくさん話して一息ついた頃、私の片手よりも大きい魚の煮付けを「明日食べんね」と持たせてくれた。
「タッパー返しに来んね。また食べさせてやるけん」って。

たったの一晩で家族以上に言葉を交わしたかと思うほど賑やかな食事だった。それは「都会」だとか「田舎」は関係なく愉快な時間で。

旦那さんは「つまらない町」と言っていたけど、市場で食べる海鮮丼とは違う美味しさや豊かさを、存分に楽しんでいるように見えた。

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