敗北空洞

最近は、「無礼王国(ブレイキングダム)」というものが注目を集めているようだ。

ブレイキングダムとは、折り合いのつかない二人組がいた場合、第三者が「そこの二人、試合決定で御座候」と声をあげると、揉めている二人組はリングに上がって対決せねばならず、より無礼な言動で相手を深く傷つけることができた方の勝ちとする法律だ。

ワシの周りでもその影響が顕々著々に現れていた。
ちなみに「顕々著々」という四字熟語はない。

ある日、ワシが出張先で買ってきたお土産のお菓子を職場の皆々様に配っていると、「あれ?俺だけ一個しかないなあ!」と声が聞こえてきた。
声の主は、うんちくキングと呼ばれている物知りおじさんだった。
ワシはうんちくキング(ウンキンさん)に話しかけた。
「あの、ウンキンさん。ワシ、全員に一つずつしか配っちゃいないんですよ」
「え?いやいや、嘘だ。皆は2個で、ウンキンだけ1個だから。ウンキンだけが1個だし、ウンキンだけが一番物知りだから、ウンキンだけが正しいの」
うーん、一番物知りなウンキンさんにそう言われると弱いな…と思ったが、一個ずつしか配っていないものは配っていないのだ。
ワシはめげずに言った。
「確かにウンキンさんは物知りだけど、一個ずつしか配ってないものは配ってないのね」
「は〜!?ウンキンだけが正しいんだけど」
「いや、でも…」
そうこうしていると、それを見ていた代表取締役社長が叫んだ。
「そこの二人、試合決定で御座候〜!」

ワシとウンキンさんはリングに上がった。
オフィス中の皆が注目している。
まず先制攻撃を仕掛けたのはワシだった。
「ウンキンさんは、ただ物知りなだけ!それだけのやつ!」
すると、ウンキンさんは間髪入れずに返してきた。
「うっせーハゲ」
ワシはちょっと視界が滲んだが、心はまだ折れてない。
「…ウ、ウンキンさんはあらゆることをただ知ってるだけ!ただそれだけのやつ!」
「うっせーハゲ」
「…ウ、ウンキンさんはどんな問いにでも答えられるだけのやつ!!」
「うっせーハゲ」
「………ウ、ウンキンさんは」
「うっせーはげちゃびん。お前さんが発毛剤使ってるの知ってるぞ。俺、物知りだから」
「う、うわあああああああああ!!」
ワシはたまらずダウンしてしまい、その場にうずくまった。
するとウンキンさんが動いた。
「チャーンス!!」
ウンキンさんはパイプ椅子を振りかぶって、ダッシュで距離を詰めてきた。
ワシは焦った。
「え!?え!?」
「それーっ!!」
バッコーン!!とウンキンさんのパイプ椅子が炸裂した。
ワシは、痛みと衝撃で朦朧としながらウンキンさんに尋ねた。
「…なぜ、そんな武力攻撃を…」
「モノ知らんやつが一番弱いなぁ、やっぱ。ブレイキングダムにおいては、パイプ椅子だけは持ち込みOKなんだわ」
ワシは薄れゆく意識の中で、復讐を誓った。

先日の敗北で、ワシはハゲパイプというあだ名で呼ばれるようになった。
〈おーい、ハゲパイプ、この資料またミスしてるぞ!〉
〈ハゲパイプ先輩、依頼してた作業まだできてないんですか?〉
〈おーいハゲ、この前会社の金を横領しただろ?ちゃんと金返しとけよ〜〉
〈ハゲパイプさん、今日も素敵ですね!良かったらランチご一緒してもいいですか…?〉
ワシは怒りが募ってきた。
復讐心もどんどん増幅してきた。
ワシは居ても立っても居られず、ウンキンさんに因縁をふっかけた。
「おい、ウンキンさんよ。やっぱり、例のお土産のお菓子、みんなに一個ずつしか配ってねーんですわ。おい?なんとか言ってみろよ!」
「まだ言ってるのか、ハゲパイプ。俺だけ一個だったって言ってるだろ」
「しらばっくれるな!」
「呆けてるのはそっちだろ、ハゲパイプ」
するとそれを見た取引先の代表取締役社長が叫んだ。
「そこの二人、試合決定で御座候〜!」

ワシらは再びリングに上がった。
今度のワシは一味違う。
ちゃんとパイプ椅子を所持しているのだ。
試合開始と同時に、ワシはパイプ椅子を振りかざした。
ワシに迷いはなかった。
しかし、パイプ椅子を叩きつけようとした瞬間だった。
ウンキンさんが思わぬことを言ってきたのだ、
「パイプ椅子の持ち込み、今回から禁止になったよ」
ワシは耳を疑った。
「…嘘だ!ワシを騙して勝とうってんだな!?」
「本当だよ。やっぱり、お前はモノを知らんなぁ〜。ジャッジに確認してみろい」
ジャッジは、ウンキンさんの言うとおり、とのことだった。
「ワシは…ワシは…」
ワシが膝から崩れ落ちていると、
「チャーンス!!」
ウンキンさんは、鉄パイプをワシに振り下ろした。
バッコーン!!
ワシは、朦朧とした意識の中で尋ねた。
「なぜ…鉄パイプを…?」
「だって今回から鉄パイプだけは持ち込みOKだもん。ですよね?ジャッジ?」
ジャッジによると、本当は鉄パイプもダメだけど今回はもうしょうがないからOK、とのことだった。

結局、ワシはハゲパイプと呼ばれ続けている。
以来、何をしている時でも、ワシの心の中は空洞だった。



ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。