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パッチワークヘッド

春は出会いと別れの季節だ。
ワシは今年度いっぱいでの異動が決まった。
あとひと月程でワシはこの土地を離れる。
最後にこちらでお世話になった床屋で髪を切ろう。
電車を乗り継いで小一時間かかる所だが、腕利きの理容師が一人でやってくれる良い店だ。
ワシは床屋を予約した。

散髪当日になった。
世話になった礼にと、気持ちばかりのお菓子を片手にぶらさげた。
ワシは床屋に着いて、この看板を見るのも最後かと、少しばかり思いを噛み締めて中に入った。

お待ちしてました、と、いつもと変わらないマイペースな口調の理容師。
一方のワシは、実は…と言いながら、少し不器用に異動の話を切り出しつつ、お菓子を渡した。
「あ、いいんですか〜、すみません。それではありがたく」
多少はしみじみするものかと思ったが、理容師はやはりいつもと変わらぬマイペースな様子だ。
ワシはいつもの椅子に腰掛けた。
理容師が言う。
「そっか。異動か〜。うん、異動、いいじゃないですか!私、この仕事してると色んな人との別れの場面がありますけど、やっぱり最近はどこに行っても距離が近いなって思いますよ」
そうなんですね、とワシが相槌を打つと、理容師は続ける。
「ええ、やっぱり、SNSやらがあるお陰で、その人が何してるのか、とかも知れますしね〜。あと、30分の距離でも会わなくなる人もいれば、会いたい人には遠出してでも会いに行ったり来たりするものですよね」
たしかにそうですね、とまた相槌を打ちつつ、世間話が少し続いた後で、理容師が尋ねた。
「今日もいつもの感じですか?」
ワシは、決めていたことがあった。
「ええと、今日が最後なんで、最後はお任せしちゃってもいいですか?」
「はい!」
元気の良い返事だった。
信頼している理容師の手で、どんな髪型になるのか楽しみだ。
ワクワクしていると、理容師がハサミをカチャリと置いた。
そして、鏡を手に取り、見せてきた。
「はい、こんな感じで!」
「え?」
「こんな感じです!」
ワシは何かのギャグかと思って、あははと笑ってみた。
「はい、お疲れ様でした〜」
理容師はイスを回転させて、こちらへ、と手を差している。
もう終わりかのような格好だ。
「あの…え?」
ワシがたじろいでいると、
「あ、お任せということなんで、これで!こんな感じでいいかと!」
「いや、切っていただきたいな〜と…」
「え、でもお任せされたので、これで!」
「いやいや、お願いしますよ!」
「え…じゃあ、2回目のオーダーということなので、もう一回分のカット料金いただきますね…もったいなく無いですか…?」
「もったいないに決まってますよ!」
「じゃあ、こんな感じで終わっときますか?」
二倍の料金なんてもったいない…だが、往復の時間と菓子まで持ってきた労力こそがもったいない気がした。
「…じゃあ、もったいないけど、切ってください」
「わかりました!どんな感じにしましょうか?いつもの感じですか?」
「いや!…じゃあ、あの、お任せで、かつ、髪をカットしてください!」
「そりゃ床屋なんで当然切りますよ!」
ワシは頭が混乱してきた。
だがまあ良い、さっさと高い技術をもって髪を切ってくれと思った。
理容師は、髪にハサミをチョキリと入れた。
ああ良かった、今回は切ってくれるのだと安心したら、理容師がハサミを置いた。
「はい、こんな感じで!」
「いや、まだ1チョキリしかしてないだろ!」
「え…でもお任せで、かつ髪も切らせていただきましたんで…」
「じゃあもういい!」
ワシは席を立った。
「そうですか、では4,500円の2回分で9,000円になりますので!」
ワシは無言で9,000円を叩きつけた。
「ありがとうございました〜!では、お菓子ありがたくいただきますね!わ〜嬉しいなぁ〜」
ワシはありったけの力で扉を閉めて店を後にした。

とても悔しくなったワシは、「ちくしょう!ちくしょう!」と泣きながら街を走った。
小さい子供が、「ママ、あれなあに?」と指差してきて、母親が「見ちゃダメよ」と言って、「見るな!!」とワシが言った。
ワシは走り続けた。
走り続けて息が切れ、ついに止まった。
ふと見ると、1,000円カットの店があった。
ワシは、もうどこだっていいから髪を切ってさっきの憤りを忘れたいと思った。
まるで失恋した乙女のようだ。
ワシは店に入った。

「いらっしゃいませ」
「お任せで」
「はい」
10分が経過した。
「終わりました、こんな感じで」
パッチワークのようなデコボコ頭になった。
ワシは1,000円を叩きつけて退店した。
小さい子供が、「ママ、あれなあに?」と指差してきて、母親が「パッチワークヘッドよ」と言ってたが、ワシは何も言い返せなかった。

ワシはまた涙が出てきた。
でももう走る体力もなかった。
ぐちゃぐちゃの頭と顔で、とぼとぼと帰路についた。
ぐちゃぐちゃの頭と顔で歩いていると、こういう時に限ってたくさんの知り合いに出くわす。
10年ぶりに姿を見たタケシに、初恋相手のキャサリン、ワシをいじめていたマッケンジーに、それを陰ながら慰めてくれた熊浜君、その熊浜君にいじめられていたゲイリーに、ゲイリーとマッケンジーにいじめられていた神田翔一君、神田翔一君からキャサリンを略奪して恋人にした熊浜君の友人でもあるポンスキー・フライデルに、フライデル一家の大黒柱のヒポポタム・フライデルさん、そしてヒポポタム・フライデルさんの不倫相手にしてワシの現恋人である出田道巾木(でだどうはばき)ちゃん。
ワシはその全員に、この惨めな姿を見られてしまい、絶交を宣言されてしまった。

春は草木が芽吹く季節だ。
そんな勢いでワシの髪も早く伸びてくれまいかと祈らずにはいられなかった。
まだ冷たい春風がワシのパッチワークヘッドを不気味にたなびかせる。

感傷に浸っていると、ポンポンと肩を叩かれた。
振り向くとギョッとした。
ワシと全く同じパッチワークヘッドの男が立っていたのだ。
ワシが驚いて何も言えないでいると、男は口を開いた。
「あんたもそこの1000円カットでやられちまったのかい?」
「…ああ、いかにもそうだが」
「やはりそうか。なんでも、あそこの店でお任せをオーダーしちまうと、寸分違わぬパッチワークヘッドにされちまうんだってよ。あんたも気の毒だね」
「そういうことかい。まったく、世の中狂ってる」
「うーん。たしかに世の中も狂ってるな。だけど、俺たちも間違ってたんだ」
「どういうことだ?」
「自分自身の格好を決めるっていうのに、それを他人に丸投げしちまったことが間違いだったんだ」
ワシはハッとさせられた。
なりたい自分の姿を、丸ごと他人任せにしてどうするのだと。
「つまり、このいびつなパッチワークヘッドはワシら自身の…」
「まあ、1000円で気づけたのならお互い良かったじゃないか。それにあんた、そのパッチワークヘッドも意外と様になってるじゃないか」
「ははっ、よせやい」
ワシはそう言って男の目を軽くデコピンした。
ツッコミで目をやるのは違うだろ、とかなんとか男がボソボソと呟いた。

たくさんの離別と引き換えに、新しい自分の在り方を見つけた。
今日は思ったより良い日だ。

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ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。