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牛乳瓶の花瓶|#シロクマ文芸部

秋桜の花を見ると思い出す
中学三年の途中で転校した自分の
とても不安だったこと
けれども
ちょっと最高にしあわせな瞬間も
味わったこと

都内から隣の県に引っ越して
いきなり高校受験の波に呑みこまれた
楽しみにしていた修学旅行も
転校先の中学は終わってしまっていた
すぐに夏休みが来て
受験のため夏期講習に通う

転校してもまた友だちはできた
授業もそれなりについてはいけた
でも
受験するためだけに
中学へ通っているようで嫌だった
だからじゃないけれど
一人の男子に会えるのを
楽しみにしていた

転校して最初に隣の席になった男子
とても親切だった
教科書やノートを見せてくれたり
教科の先生の名前を教えてくれたり
けれども一番心に響いたのは
変な時期に転校してきた私を観にくる
他クラスの男子たちを追っ払ってくれたこと
 「この人 やさしい…」
初恋というものに出会ったのです

隣の席に片想いだけど好きな人がいる
ただそれだけで毎日がしあわせな気分になれた

なのに夏休みが明けたら席替えがあり
片想いの彼は隣の班の人となった
同じ並びだけれど二人越しての席
新たな隣の人に語りかけながら
その向こうにいる人を眺めてみたりした
全然気づいてくれないけれど

いつしか季節はすっかり秋へと変わり
受験のピリピリした空気も漂いはじめた

都内にいた時は周りは住宅ばかり
今住んでいるところは空き地がちらほらあって
誰かが植えたのか雑草のようなものなのか
秋には秋桜がそこかしこに咲いていた
学校帰りに花を摘んで
自室に飾るのが楽しかった
ふと 教室にも飾ったらきれいだなと思い
少し早めに登校がてら花を摘んだ

中三の秋ともなればスポーツ系の部活の人は引退し
朝練などで早く来ることなどない
案の定私は教室一番乗りとなり
そして秋桜を飾ろうとして気がついた
花を活ける花瓶がない
何か代わりになるものはないかと
教壇の周りをウロウロしていた

「なんか探してるの?」
突然後ろから懐かしい声が聞こえてきた
「秋桜きれいだから摘んできたんだけど…」
「そこの牛乳瓶でよくね?」

教室片隅の教材とか置く机の下に
埃まみれの空の牛乳瓶が一本立っていた
「きたねー!俺、洗ってくる」
相変わらずやさしさいっぱいの彼は
瓶をきれいに洗ったうえ水も入れてきた
「秋桜飾りなよ」
「ありがとう」

教室には友だちが次々と入ってきて
秋桜の花に目がとまったようだ
「きれいだね」「秋桜だよね」「癒される〜」
不思議なことに誰も
花を摘んできたのは誰かを聞かない
それも気持ちの良い感じがした

私が摘んで来なくても
誰かが新しい花を摘み入れ替えるようで
かなり長い間教室を飾っていた秋桜

秋が終わり冬が来て
受験を迎えた

私たちのクラスの公立受験者は
全員第一志望校に合格
私もあの人も桜の花が咲いた
そして私の片想いは片想いのままで終わり
誰にも告白することなく終わった


時は流れて…
秋桜の揺れる原っぱを見かけると
高校受験の緊張した空気の中で咲いていた
あの教室のやさしかった風景を思い出す

最近は見かけなくなったけれど
道端に牛乳瓶とか転がっていたら
懐かしい彼を思い出す


[約1200字]

受験で志望校を最終的に決定する頃じゃなかったかな。中三の二学期は。これで内申が決まるという、なんというか人生の分かれ道みたいに感じる時期に、呑気に道端の花を摘んで登校してきた私だけれど、片想いの彼を筆頭に誰もバカにしなくって…
そんな中学校だったから、転校しても頑張っていけたんだな、と思います。
やさしかった彼とはなんだかんだエピソードはあったけど、やっぱりご縁はなかったようで😅

詩みたいな形だけれど、エッセイよね、これは。

#シロクマ文芸部
#秋桜

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