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アラビアンナイト第十話 毒にまみれた女が超絶「フツー」のひとと付き合った話

これからお話しようと思うのは、わたしの人生のうちで十五番目ぐらいに悲劇的だったものである。

それは……のちに、わたしに「地の果て」と呼ばれる合コンを始めとする一連の事件だ。

そもそも合コンって、社交的なイケてるやつが自分で人を集めてきて開催するもんだ。しかし、この現代、その人脈も度胸も魅力もない人々のために、もはやそれを代行してくれるサービスがあるのだ。

大恋愛ののち早々に人生を放棄していたわたしは、全ての判断力が無になるほどべろんべろんに酔っ払いながら携帯をいじり、そのサービスを見つけ、あー、塾講のお金入ってるしアリアリ、なんかネタになるか、と大いなる暇つぶしの一環で振り込み、大阪での合コンに参加することになった。しかも当日そのサービスからメールが来るまで、合コンの存在すら忘れていた。

前述の通り、これは合コン代行サービスだ。従って、ザ・冴えないヤツが集まる。そして、わたしは事前に見ることができる「どんなヤツが参加するのか」というプロフィールを全く見ておらず、その実態もわからずにその場へ行ったのだった。

だから、彼らが、猛烈な本気度を持って、その場に挑んでいるということをしらなかった。

彼らは全員、28歳〜だった。わたしだけひとり、22歳だった。

彼らは、その本気度ゆえに、全く酒を飲まなかった。飲み放題なのに、だ。

ここまでを踏まえてお話していきたい。場所は梅田の小洒落たバー。

開催時刻5分前に現れていたのは、優しくしたチャッキーみたいな感じの医療関係の男と、80年代みたいなジャンパーを着たアパレルの男だ。そんで、女の人は声の小さい地味目な学校の先生と、あとは、身体がマックスボリューミーな営業の女の人。

あ、「地の果て」だ。

帰ろかな?

「まあまあ、座って座って」とチャッキーが声をかける。だってこのメンツはなんかやばいだろ…!! そんで、チャッキー仕切んな!!笑える感じが皆無だし意味不明の二時間がもうすでに予想できる。

ま、でも高い金払ったし、しこたま飲んで帰るか、と諦めの笑いをチャッキーに返したとき、わたしの背筋が衝撃で震えた。

向こうから歩いてきたのは、人生の全てを諦めた佐藤健だった。

わたしと隣に座ってたマックスボリューミーは思わず、目を見合わせて、悪い笑いを浮かべた。

「……あれ、すっごいイケメン来ましたね」

「……狩りますわ」ハンターの血が騒いだ。

人生の全てを諦めたような顔をした佐藤健は、この「地の果て」におけるただ一つの希望だった。わたしはビールを飲んだ。そんでハイボールをしこたま飲んだ。皆、引いていた。


そしてなんやかんやあって、わたしと人生の全てを諦めた佐藤健は付き合った。

ただ、わたしが見抜けなかったのは、佐藤健がそんな顔をしながらも全く一切毒を抱えていなかったってことだ。まっさらのタオル。でも多分、自分のなかに抱えた毒が同じ量ぐらいじゃないと、一緒になんてとてもやってけないと思うのだ、実際。

佐藤健は優しかった。趣味は野球とサッカー鑑賞だと言っていた。いろいろ買ってくれた。全部おごってくれた。拙い理解力だったけど、一応手を伸ばしてくれようとしていた。

マトモだった。

しかし、最低なことに、なんとわたしは、おもんない、と激烈に思ってしまったのだった。多分この人と、今まさにUFOから地球に降り立った宇宙人だったら、わたしは得体の知れない宇宙人を選ぶだろうな、この尊さを受け入れたら絶対幸せになれるのに、結婚もしてくれそうだし、なんでだ、でも一度思ってしまった「おもんない」というのはぶくぶくと自分の中で膨れ上がって、会ってる時はいつも、「おもんない」コールが頭で響いていて、どうしようもなくなって、

そして運命の日。寿司屋。

その寿司屋は旨くて、わたしはガンガン熱燗を煽ってて、頭の中で、バイトしてるイズミヤのテーマソングが延々とループされるぐらいには酔っていた。だからすなわち、めっちゃくちゃ酔っていた。さらに思い出していただきたいのは、わたしは酒癖の悪さにかけては一流ってことだ。だからそろそろ、めんどくさい絡みが発動しそうな気がしていた……

「ゆきちゃんは、何か、ぼくに、してほしいこととかってある?」

♪さぁ歩きだそう明日へ振り返らずに 光る風の中飛んでゆく鳥のよにー
いつかたどり着くだろう今よりも〜膨らむみんなの幸せにきっと
さぁ微笑みをみんなで分け合おう〜

佐藤健は、心なしか、怯えた目をしていた。もしかしたら、向こうも、わたしとどう関わっていいか、わかんないのかもしれなかった。この人からしたら、わたしって多分モンスターだろうしな、もう判断力なんて失せて、何を言っていいのか、ダメなのかなんて、もう何もわからなくなるほど飲んで、笑みを浮かべて、

「わたしの過剰さを吸い取ってよ。わたしのめんどくささを吸い取るんだよ。だから、掃除機だよ。」

♪さぁ歌声をあなたも声ったからかに〜 みんなで今日の日を大切にしたいもの いつかめぐり遭うだろー あたたかで 優しい本当の友達にきっとぉ〜  さぁー手をつなぎ明日に手を伸ばそ〜

どんな掃除機かっつったら、こう銀の装備で、すごい力で吸い取るやつだよ。わたしの中で育まれてきためんどくささを根こそぎ吸い取って、ちゃんとゴミにして、処理場まで届けんの。そしたらそれ、リサイクル業者が引き取って、ちゃんと。金ない子供たちの服になるかもしんない……ねえ、そうおもわない??????

自分でも、もう何を言ってるのかなんて、わかってなかった……

「ゆきちゃん、ゆきちゃん、ねえ、キャッチボールしよ。明日。ね。ちょっと気分転換しよ、大丈夫だから、ゆきちゃん」

「キャッチボールなんかでどうにかなったらぁっ!!!!!」


わたしは椅子から立ち上がった。適当にかけてた鞄が落ちて、中身がぐちゃぐちゃになって床にこぼれ出た。

ごめん、といって、拾い上げて、わたしは店から出た。そして即座に煙草をくわえて、フィルターの部分をガシガシ噛みながら駅まで、早歩きで。



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