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河原町の屈辱

河原町の喫煙所で待ってたら、向かいのリカーマウンテンの前を明らかに怪しげな、なにやら怯えておどおどした目つきでうろついてる短髪の女がいたから、直感的に、

あ、多分こいつだ。と思って、煙草捨てて駆け寄った。

「あの、チクワさん。ですよね、」

女は飛び上がるように驚いて、

「あ、はいはい。チクワです。」

と首をぶんぶんと振った。

「あの、じゃあ、淡麗さん。」

「そうです。淡麗です。」

わたしは耳を熱くさせ、底なし沼的な恥ずかしさを享受する。なんでハンドルネームを淡麗にしたのか。今日は1日淡麗さん、って言われなきゃなんない。自らの過度の飲酒によって、人生のいろいろがどうでもよくなって、なぜか初対面の30代と40代のレズがくる女子会になぜかノーマル性癖のわたしも参加することになっていた。

40代のレズがまだこない。全然話すこともないから、大音量で喫煙所の奥から流れてくる、

「チファジャのテーマソング、いいですよね。」とふったら、

「チファジャ。うん。うん。いい。いいかな? いい」

チクワさんは、前歯と下の歯にゴリゴリと矯正器具を入れて、何か話そうと口を動かすたびに人造人間っぽい印象を受けた。でもそんな騒がしい人間じゃないだろうから、静かな人造人間だ。

でも、わたしはこれからの何時間かが心配になってきた。コイツとマトモなコミュニケーションがとれるのだろうかってことが。自分でこの30代のレズと40代のレズが盛り上がってるスレッドに悪ノリで淡麗飲みながら「わったしも入れてくださぁいよぉぉ!!」と謎のテンションで割り込んだことを早くも後悔していた。

「プードルさん。会ったことあるんですか?」

「プードルさん?うん?ないない。今日が初めて。」

「チクワさん、なんでそんな怯えてるんですか。なんか悪いことでもしてきたんですか?」と、わたしが半笑いで聞くと、

「いや、してないしてない。うん。全然。うん。全然全然。」

帰りたい。チクワさんの全身から沸き立つめんどくささは一体なんなんだろう。掲示板のスレッドで散々、聞いただけで赤子が窒息死するようなドギツい下ネタをぶちかましてたロックな人でも、会ってみなきゃわかんないな、って感じだった。

チクワが阪急の出入り口をちらちらと見始めた。そして、一人の女が何センチあるんだよっていうヒールで不器用に階段を上がってきた。もしかしてコイツか!!

白いフワッフワの毛皮をまとった濃すぎる化粧の女が、初対面のはずなのにチクワに向かって手を挙げ、こちらに向かってくる。皺がえげつい。写真のやりとりでもしていたのだろうか。まあそれはいいんだけど、とにかくバニラの香水がキツすぎて、今すぐ吐けって言われたら胃を抑えなくても吐瀉物が出てきそうだった。

「事務員のプードルです〜」

とんでもなく訳のわからん自己紹介をされてしまいながら、ああ、ヤバいやつがきた、と鳥肌を立てながら、それでもわたしはゆるく微笑む。

「これルブタンみたいなやつやねん〜。ええやろ〜、ルブタンみたいなやつぅ〜。でも、ごめ〜ん、二分遅刻ぅ。」

プードルヤバいですよね、ってアンタも共感するよな、とチクワの方を鋭い目つきで見たはいいけど、チクワはいたって普通にプードルと「ああ、電車逃したんや。なるほど。」と話していて、恐怖を覚えた。そりゃこんなヒールでそもそも歩けないだろ!

電話を出して、「あ、はい。今からですか。あ〜、え〜と、でも行かなきゃいけないやつですよね、じゃあすぐ……はい」といういつもの手段を使って逃げようかとしたけど、プードルの、

「淡麗ちゃんはじめまして〜。も、予約してるからぁ〜。」という甘ったるい声の罠に封じ込まれて、腕をとられて、わたしは歩き出さなきゃいけなかった。

プードルはヘビースモーカーだった。同じくわたしもそうなんだけど、ヤツの香水の匂いと混ざり合って、わたしはまたもや吐きそうになって、煙草を鞄の中にしまって、ひたすら飲んで、五感を鈍麻させることに徹することにした。どうせここは20代のわたしに金は出させないだろ、さすがに。ルブタンやなんや言うてるやつが年下のビール代ぐらい出してくれなきゃ困る。

女子会は、つまんなかった。大半が仕事の愚痴だった。チクワはボソボソと、取り扱ってる携帯会社の客がデータを変更したらすぐさま自分が変更するという地味すぎる仕事の愚痴をこぼした。そりゃ大事な仕事なんだろうけれども地味すぎてあまり想像力が働かず、へぇ、そうなんですか大変なんですね、という思考停止した返ししかできなかった。プードルはもうどうでもいい。

しかし、だ。

わたしはとんでもない現場を見てしまった。

コートから滑り落ちた携帯を拾おうと、体を折り曲げたら、チクワとプードルの足が密に絡み合っていた。パニックで目の前が真っ暗になった。ええ?

二人の足はくねくねと絡み続けている。ええ?

「淡麗ちゃんは、好きな人とかいないのぉ〜?」

おいおいタイムリーだな、と思いながら、

「や、今は特に彼氏とかはいらないですね、」と返す。

「なんでぇ〜?」くねくね。

「ま、なんか自由に遊んでるほうが、付き合ってるより楽しいですかね」と、わざと携帯を落として下を見ると、ついにプードルの右手がチクワの腿に置かれている!!!

ってことは、だ。推測してみよう。こいつらはもしかして、最初っから恋人同士で、いやまたはなんつーか、そういう相手同士かなんかで、それを見せつけるプレイ要因として淡麗を!使っている! ということなのか? 己どものチャチい背徳感のために!!確かに、なんか最初に会った感が全くないし!!

途端に、猛烈な怒りがこみ上げてきて、いや、もうこれは飲まないとやってられないわ、とガンガン酒を煽った。

「淡麗ちゃん、めっちゃ飲むのね」と財布の中身を気にしだしたらしいプードルは、

「チクワちゃん、ちょっと一緒に来てくれる? ケータイクーポンあるらしいねんけど、ちょっとよくわからんくて。」

明らかに最後でいいやろ、みたいな要件でチクワをあざとく釣って、わたしは入り口に消えていく二人を朦朧とした眼差しで見送った。

帰ってきたプードルの首にキスマークがついていた。

わたしは酒を吹いた。

「大丈夫? 淡麗ちゃん!」

お前らが大丈夫か?

「わたし、そろそろ帰ります。明日、大学の課題があるんで。お二人はあの、ごゆっくり。今日はごちそうさまでした」

と金を絶対出さないスタンスでその個室を出て行くと、即座に背後から、

「今日はしないの〜ぉ?」

という声が飛んできてコケそうになった。

はー、なんかすごいもん見たな、と陰惨な気持ちでアパートに帰ると、一晩鍋の中に放置していた蕎麦がふやけにふやけて、溺死した女の髪の毛みたいになってて、

叫んだあと、泥酔してたのもあって、怖すぎて、鍋ごとゴミ置き場に持って行って捨てた。次の日、めっちゃ困った。

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