Mutually 3



「ノイマンさん、さっき後ろに連れてた女の子…、誰です?」
喰いかかってくるサイの目線から気を抜いたら逃げてしまいそうになる。
「あれ…?サイは知らないのかい?彼女は、アークエンジェルクルーの、アリサ・バーデン二等兵だ。ミリアリアの後輩だそうでな。」
予想以上にナチュラルな演技が出来た、と我ながら得意げになったのも束の間。
「知らないんですよ。ミリィと一緒にいるようになったのは僕もキラもカレッジに入ってから。それより前の知り合いは、トールにしか分かりません。だから、聞いてるんです。」
「だったら、ミリアリアに聞けばいいんじゃあ…」
サイの凄みに耐えきれなくなってきたノイマンが限りなく壁と一体となったところで、サイは今度は不敵な笑みを浮かべ出す。
「違うでしょう…僕が聞きたい本当の答えはそれじゃないって、ノイマンさんだって気づいてるんでしょう?だから、そんなに気まずそうな顔しかしないんでしょう?」
サイって、こんな粘着質な奴だったっけ?
ノイマンは作り笑いの奥で思う。
「聞きましたよぉ?好意寄せられて、追いかけ回されてるって。」
「待て待て、それはちょっと語弊がある。」
ノイマンはやっと壁と、そしてサイとも少し距離を取った。
「なんかそういう言い方すると、俺が嫌がってるのにも関わらず相手が執拗みたいじゃないか。」

「嫌がってないんだ。」

…迂闊だった。
思わずノイマンの口から「あっ…」と声が漏れて、どこからか「キター!!」というチャンドラの声が聞こえる。
アイツ…聞いてたな。

「恋人ですか?!ならば門の外で待たさないで一緒に連れて入ればよかったのに!あっ…もしかして艦長許可ですか?!ぼくが一緒に説得…」
「サイ!落ち着いて。」
ノイマンの掴む肩への力の込め方が尋常ではない。
「わかったから。話すから、落ち着いて。
あと、隠れられてないから、チャンドラは出てきて。」
チャンドラはしゅんとした顔で物陰から姿を見せた。


オーブの中心街、メインストリートから少し奥に入った所にある喫茶店で、ノイマンへの尋問は始まった。
「まず初めに聞いていいですか?あの子、幾つです?」
やはり聞かれるだろうと思っていたが、そこが最初か。
「17だ。彼女…アリサのお姉さんがミリアリアの旧友なんだそうだ。そのお姉さんも両親も…オノゴロで襲撃の時に亡くしたそうだ。」
沈黙が落ちる。
「それがきっかけで、彼女はコンパスへ志願を?」
ノイマンはマードックから聞いた話をサイに話す。
「あぁ。"アークエンジェルにいれば死なない"なんて巷の噂を信じてやって来たとマードック曹長に聞いた。俺の名前が独り歩きしてしまったがためにね…。」
なるほど、不沈艦の名の所以ですね。とサイは言った。
「さっきの、追いかけ回されてるって話は、フラガ大佐から聞いたんですけど、」
その時点で幾ばく。どれだけ原型が保たれているか不安になるくらい、話が盛られているのだろうとノイマンは思った。
「追いかけ回されている、というか…ただ、アリサが俺に会えるような動き方をしているだけというか…というか、チャンドラが俺のタイムスケジュールをごっそりアリサに伝えてるようだし。」
横目じっとりと見ると、ギクッとした顔でチャンドラはあははーと、頭をかいた。
「で、大尉はそれも満更ではない、と。」
答えまでに一瞬の間が生まれる。サイとチャンドラはごくりと唾を飲む。
「まぁ…そうだね。俺に会えて嬉しそうなアリサを見てるのは…嫌いじゃないね。」
そう言うノイマンと、誰も目線が合わない。
恐らくひどい赤面なんだろう。
サイがコーヒーをアイスに替えるか?と尋ねてきた。
チャンドラはこの言葉を曹長にも聞かせたいと言って、ボイスレコーダーを片手に、もう一度!とせがんでいる。
「でも、いいんだよ、これで。」
2人の動きが一瞬で止まった。
「今日も1番初めに聞かれたけど、一緒に歩いていて年の差が際立つことこの上ない。アリサは気にしていないようだけど、それもきっと今だけだよ。もっと彼女が大人になったら、やがてそれに傷つく日が来るだろう。」
ノイマンは思っていた。
アリサには、抱える屈託への誤魔化しが大きなことすぎて、きっと判断がついていないのだ。
自分の気持ちが走り出して止められなくなってしまう前に、彼女がそれに気がつけば、大きな傷にならずに済む。

「…逃げ腰。」

声を発したのはサイだった。
「あんたそれでも、スーパーナチュラルと称えられる、今や伝説級の不沈艦の舵取りですか?!あんだけ敵に向かってぐいぐい突っ込んでってたくさんの人を傷つけてきておいて…!!」
サイの言葉にチャンドラが慌てて割り込む。
「サイ!落ち着いて!!」

そうだな。
あちらもこちらも同じ、人。
目の前の自分の大切なものだけ傷つけないようにしようなんて、そんなの虫が良すぎる話だな…。
ノイマンは思った。
サイの言いたいことを噛み砕いて飲み込んだ。
「そうだな。虫が、良すぎる話だな。」
「ノイマンさん、彼女の事を可哀想だと思っている節がないですか?歳下だからが故に、何も出来ないって少し見下していません?」
サイの言葉は、何処なのか明確には分からないけれど1番触れたくないような奥の深いところに、ドスッと刺さった気がした。
「僕らだって歳はほとんど同じですよ。相手がわざと言ったわけじゃない言葉や態度に、いっぱい傷つけられてきました。特に、キラはそうだと思う。」
ノイマンは4年前、彼らが民間人としてアークエンジェルに乗り合わせていた時のことを思い出す。5、6人居たとはいえ、どれだけ不安で心細かったことか…。
「彼女が貴方に想いをハッキリ口にすることが、どれだけ勇気あることだったか分かるでしょう?」
サイは押さえられていたチャンドラの手を振りきって、勢いよく立ち上がる。
「これでいい、とかないんですよ!!!!これでよくない!!!!!!」
再び、まぁまぁとなだめなれ、座らされたサイの向こう側に、鮮やかな赤とオレンジのワンピースが並んでいた。
「アリサ…!!」



店に入った瞬間、その声が耳に入ってきた。
「これでいい、とかないんですよ!!!!これでよくない!!!!!!」
勢い余って立ち上がったその人が座り直した向こうに、ノイマンの顔が見える。
「アリサ…!!」
「大尉!それに中尉も!」
「あらサイじゃない、どうしたの?大きな声出して。」
お揃いで色違いのワンピース姿で、アリサとミリアリアが立っていた。
ほぼコンパスの隊服姿しか見た事のない、アリサの色のある私服は、ノイマンにはなんだかとても眩しく映る。
「チャンドラ中尉、行きますよ。」
サイがサクッと立ち上がる。
「えっ?行くって何処へ?」
狼狽えるチャンドラの手を引いて2人に近づいてきたサイは、空いたもう片方の手で颯爽とミリアリアの手を掴んだ。
「えっ?サイ?!」
そのまま無言でサイは2人を連れて店を出ていく。
そこにはアリサとノイマンだけが残された。
「せ、先輩っ!!」
連れ去られていくミリアリアを追いかけようとして、自分もノイマンに手を取られていることに気づく。
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ。それまでお茶でもどう?」
優しく笑うノイマンに、アリサの不安は次第に拭われていく。
「あの方は一体…」
「あぁ、あの子はサイ・アーガイル。ミリアリアやキラと同じ工学カレッジの生徒で、民間人として前大戦の時、アークエンジェルに乗り込んだ内の1人だよ。チャンドラの下で索敵とかやってた。」
相手がミリアリアの知ってる人だと分かってアリサは胸を撫で下ろす。
「知らない人に連れていかれちゃったと思ったから…」
「大丈夫。そうだとしたら俺も大人しくはしてないさ。」
物腰のやわらかさ、言葉の棘の無さ、纏う穏やかなオーラ。
隊服を着ていないノイマンを見ていると、つい基本は軍人であるという事を忘れそうになる。
「大尉、ケンカしたらお強いですか?」
アリサはメニューを覗き込み"ジャスミンティー"を指さしながらノイマンに問う。
ノイマンはアリサに変わって注文をした後、あまり自信はないな。と答えた。

自然と会話が途切れる。
2人はお互いに、どう切り出すかを考えていた。各々、頭の中でシュミレーションをしてみる。
先に口を開いたのはアリサだった。

「大尉は私に付き纏われるの、嫌ですか?」
あまりにストレート過ぎて、ノイマンは思わずむせてしまう。
「ちょっと…突然何を言うんだ。」
「いろいろ考えたんですけれど、もう、面倒になってしまいました。」
「…面倒?」
「はい。回りくどく尋ねても結局"答え"の部分は同じだから。」
面倒という言葉が、"自分を追いかけるのが"に自動的にかかってきてしまい、一瞬で心に不安が満ちた事にノイマンはもう嘘をつけないと諦める。
「君が腹を括ったのに、俺が逃げているわけにはいかないな。」
まっすぐに自分を見ているアリサと視線を合わす。
「いいや、全く嫌ではないよ。」
サイのこのままでよくない!!!!という言葉を頭の中で反芻する。
「最初は確かに動揺した。なんで俺なのかなぁとずっと思っていた。あまり目立ちたくない質でもあるから、困ったなぁとも思っていた。」
初めてアリサと会った日の事を思い出そうとしても、ノイマンの脳裏にその表情までは蘇らない。
「だけど、度々顔を合わすようになって、正直…俺もアリサに会うことが次第に安心感になっていると、思ってきている。」
アリサは変わらず真っ直ぐノイマンを見て話を聞いている。
大したものだ。いつでも半身を翻せる心の体制でいる自分が恥ずかしい。
「もう、何度目になるか分からないですけど、私は大尉のことが、好きです。」
まっすぐ見てはいるけれど、その中の心はギリギリで、少し触れたら誤爆しそうな雰囲気であることはノイマンにも伝わっていた。
まるで、軍人として銃で人を撃ったことのない自分が、引き金に手をかける時のような。
「うん。伝わっている。」
「大尉は…」
言葉の途中で注文したジャスミンティーが運ばれてくる。
「アリサ、少し俺に話させて?」
言葉の続きを、アリサに言わせるわけにはいかなかった。
ジャンケンと同じ。
後出しで勝つのなんて当たり前だから。
「アリサに必要の無い傷を付けてしまうとずっと思ってきた。俺の振る舞いとは裏腹に名前だけが独り歩きしているから、俺たちの知らないところで話に尾鰭がついて、やがてその尾鰭が君を切り裂き始めると考えていたんだ。」
まだギリギリの状態でそこにいるアリサは、飲み物に手をつける余裕も無さそうである。
「俺は君より10年も多く生きているから、そういうのにも慣れたし、躱し方も覚えた。でも君はそれを真正面から食らってしまう。俺のせいで向けられた刃から君を守るための俺、っていうのは…なんて言うんだろうね、正解じゃないと思っていたんだよ。」
少しずつ、爆発寸前のようなアリサの心にわざと触れていく。
さすがのアリサも意識的に半身を引いてきたようにノイマンは感じていた。
「だけどね。」
口に出す言葉を先に脳内で再生して、自分にも言い聞かすように声に起こす。
「正解とか不正解とか、きっと、無いね。」
予想した言葉とは違う言葉を耳にして、逃げかけていたアリサの意識がこちらへ戻ってくる。
「俺は、もうすっかりアリサが俺を見て嬉しそうに笑ってくれるのが、必要な日常だ。」
見開いたアリサの目からギリギリで保っていた涙がすっと零れる。
「君は…どうかな?」
「わ、私もっ…」
「そういう気持ちが、"好き"で、間違ってない?」
そっとアリサの頬に手を伸ばす。
親指では拭いきれない感情がとめどなく彼女から溢れている。
アリサはゆっくりと顔を上げ、もう1度しっかりとノイマンを見つめて、静かに頷いた。

よかった。
ちゃんと、伝え合えた。

店から出ていったはずの数人が、なんだか金髪ででかいヤツも加わって店内に戻ってきていることに、ノイマンは気づいたがもう、それを相手にする気力は残っていなかった。
精一杯だ。
「アリサ、あんまり泣かないよ。何言われるか分からないんだから。特にフラガ大佐辺りは…」
なんだか急に気恥ずかしくなってきて、顔を赤らめそっぽ向くノイマンを、アリサはクスクスと笑って眺める。
「大尉、そうやって恥ずかしくなったら、子供みたいな顔するの、好きです。」
「こら。大人をからかわない。」
「だってホントだもん!」
アリサの後ろから「そうそう、ホントホント。」と声がする。
それがきっかけでどっと4人が押し寄せてきた。
「アリサー!!よく頑張ったよーっ!!」
ミリアリアは力いっぱいアリサを抱きしめる。
「大尉!やれば出来るじゃないですかっ!!これでこそ、僕たちの兄貴です!!キラに報告してもいいですか?!」
「ノイマン…彼女できても飲みに付き合ってくれるよな…??」
サイとチャンドラは同時にノイマンに詰め寄った。
ディアッカは店員に「すみませんー、すぐ大人しくさせますんでー。」と詫びを入れている。
あぁ…早く世界中がこんな平和に包まれて欲しい。

「大尉!ミリィ先輩いるから、写真撮ってもらいましょう!みんなで!」
「良いわよ!みんな真ん中に寄って?」
店員がやってきて三脚の代わりにカメラを持っていてくれるというので、セルフタイマーにしてミリアリアも仕方なくディアッカの横に立ってやることにする。

そうして撮られた写真は…



「おーい、ノイマン!!」
呼ばれて振り返るとそこにはマードックが立っている。
「食堂に端末置きっぱなしだったぜ。」
「あぁ、本当だ。ありがとうございます。」
受け取ろうと手を伸ばすと、マードックはわざわざ端末を裏返して手渡してきた。
端末の背面に、ノイマンはあの時の写真を挟んである。
「上手くやってんのか?嬢ちゃん、配属変わるんだろ?」
ノイマンは「えぇ」と答えた。

「背負うなよ。」
マードックは背を向けて言う。
「背負うなよ。無理なんてしなくてもきっとおまえらはやり抜ける。ダメな時は休んで、甘えて、頼って、やれる時に全力でやれ。お互いに、な。」
「…はい。」
力を込めて返事をすると、マードックは片手を上げて立ち去った。

「大尉。」
聞き慣れた声がする。
「なんだ?」
「今日から私が後ろで支えますからね。」
「俺をじゃなくてアークエンジェルを、な。」
「同じようなものでしょう。」
2人でブリッジへ向かう。
「挨拶は、大きな声でしっかりと。」
「はいっ。」
「心の準備はいいかい?入るよ?」
アリサが頷いたと同時にブリッジのドアが開く。

「おはようございます!本日よりCICとして配属されました、アリサ・バーデンであります!」

《Mutually》Fin.

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