Mutually 2



「へぇぇ〜。じゃあ、大尉はもともと操舵士として配属されたわけじゃなかったんですか。」
「本当に、偶然。たまたま。」

初めは状況に飲まれて上手く会話が出来なかった2人だったが、ノイマンがアークエンジェルに乗るまでの長い昔話をしている間に次第に慣れ、椅子に腰かけたアリサと、ベッドに腰掛けたノイマン、互いに向かい合って話せるようになっていた。

「あの時上官命令で強く言われてなかったら絶対にあの椅子には座ってないだろうな。」
ノイマンの脳裏に、今は亡きナタル・バジルールの顔がよぎる。あの時の強い口調と鋭い眼光を、ノイマンは未だに忘れることが出来ない。
「じゃぁ、運命的だったんだ…。」
アリサはその"運命"に目を輝かせると同時に少し考え込むような仕草を見せる。
「でも、もし操舵士になってなかったら…もしかして、モビルスーツに乗っていたかも、ですか?!」
さすがにそれはないとノイマンは声を上げて笑う。
「俺には無理だよ。」
「えー、そうですかねぇ?でも、大尉はモビルスーツより、モビルアーマーの方が似合いそうだなっ。」
なるほど。それは考えたこと無かったな。
ノイマンは少し想像してみる。
見える景色や感覚は、今の感じに確かに似ているのかもしれない。
「だったら、私が発進コールしたかったぁぁ!
…システム、オールグリーン。スカイグラスパー、発進どうぞ!」
アリサは管制の真似をしてみせる。
「スカイグラスパーか…」
(トールの乗ってた機体だな)
お互い口にはしなかったが2人は同じことを思った。
「大尉は、コーディネイターが憎いですか?」
ぽつりと言ったあとで、アリサはハッとして言葉を付け足す。
「そんなわけないかっ!総裁やアスランさんとも手を取り合ってるんですもんねっ!」
ノイマンは身体をかがめて、急にこちらを見なくなったアリサの手首を引いた。
そんな気はしていたが、やはり泣いていた。
親2人に姉1人、みんな持っていかれてしまったまだ17の子供には、世界へ手も足も出せないこの状況はさぞかし辛いだろう。
「俺は早く戦争を終わらせたい。誰も本当に殺したくない。上手くやれないことはないんだ。だって"俺たち"は出来ているんだから。」
力の抜けた声で泣き続けるアリサとノイマンは目線を合わす。
「君は何も出来ないと思っているかもしれない。でもそれでいいんだ。今は思い切り、大人を使えばいいんだ。君たちが生きて、この先を繋いでいくんだから。」
ノイマンが掴んでいない方の手で、アリサはノイマンのTシャツの肩をギュッと掴む。
「大尉も、一生に生きてくれなきゃイヤです。」
ノイマンはふっと笑った。
もう、何も手離したくないという気持ちに共感出来たから。
「わかってるよ。俺が生きているなら、アークエンジェルは墜ちない。」
ノイマンはアリサの手を離し、両手でしっかりとアリサの肩に触れた。
上向いたアリサの目から溜まった涙が零れる。
「君も死なない。俺が、死なせない。」
マードックから聞いたアリサの話をノイマンは思い出していた。
アークエンジェルに乗れば死なない。
そんな確証もない話をこの子は信じてここに来たのだ。確証のないことをまるで真実かのように語る自分が些か気に入らなかったが、他のクルーも含め、そう思う気持ちに嘘はなかった。
不安そうだったアリサが急にパッと笑う。
「私の命、大尉に預けましたっ!」
「あっ…」
ノイマンの脳裏を掠めたのは、ミリアリアの笑顔だった。
トールが帰らぬ人となった後、泣いて泣いて泣きくれていたミリアリアに、声をかけたことがあった。
その時に彼女もまた、こんなふうに笑って言ったのだ。
「トールの分まで生きる私の命は、少尉に任せましたよっ!」
と。
そこでノイマンは、アリサに伝えようとしていたことを思い出す。
「アリサ、"先輩"に会いたいかい?」
「えっ?先輩…ってまさか、」
そう。そのまさか。
「明日、オーブへ入港したら、俺達はカガリ代表に招かれているので官邸へ入るんだけれど、たぶんミリアリアが我々を出迎えに来てくれるはずだ。」
「私も一緒に連れてって下さるんですか?!」
「さすがに官邸の中にまでは無理だけど…。入口までなら。艦長には俺から話しておくよ。」
彼女が生きていく上で、今、そしてこれからも、ミリアリアが1番彼女に力を与えてくれるとノイマンは考えた。
「もうずーっと、文章だけのやり取りだったから、会えるならとっても嬉しいです!!」
アリサはやったー!と1人で飛び跳ねている。
こんな笑顔を、守っていきたい。
その気持ちと同時にひとつ、ひとつ、きっと自分も潰して来たのだろうとも思う。
いまいち非情になりきれない、そんな自分が好きになれない。
「大尉、」
呼ばれてノイマンは顔を上げる。
そこには輝きに満ちた笑顔でアリサが微笑んでいた。
「私が管制官になったら、大尉の後ろでしっかり支えますから。」
いつになるやら、なんて一瞬目を瞑った隙だった。
身体が何かに覆われる。
温かくて、優しい…
「だから、もっとホントの事言ってもいいんですよ。」
顔のそばでアリサの声がして、ノイマンは慌てて目を開けた。
アリサは自分をキュッと包み込んでそう、優しく話しかける。
「怖いって、言っていいんですよ。辛いって、言っていいんですよ、大尉も。」
身体を包み込んでいた手が離れると、その手はノイマンの両頬に触れて、その下でまたアリサは優しく笑っていた。

もしかすると、その時既に彼女の優しさと笑顔にノイマンは見入ってしまっていたのかもしれない。
ハッと我に返ったようにアリサはノイマンから離れると、深々とお辞儀をする。
「大尉、素敵な時間をありがとうございました。とっても楽しかった。」
そして小走りで入口へ駆け出した。
自動のドアがシュッと開く。
ドアを出た後で、アリサはひょこっと顔だけ覗かせて、最後にこう言った。
「アリサって、呼んでくれて嬉しかったですっ。」
ノイマンは考える。思い出そうとする。
…いつからそう呼んでいたっけ。
彼も気づかない内に、彼の中での彼女が、
"あの子"からはっきりと"アリサ"に変わっていたのだろう。
少しぼおっとしていた頭がようやく覚めてきて、ノイマンはマリューへの用を思い出す。
…アリサって、呼んでしまわないように気をつけないと。大佐とチャンドラから何を言われるか分からないとゾッとしながら、脱いでいた隊服に袖を通す。
また、少しアリサの香りがして、ノイマンは無意識に目を細め微笑んだ。



「「おかえりなさい!」」
アークエンジェルクルーを出迎えてくれたのは、ミリアリアとサイ・アーガイルだった。「2人ともお久しぶり。」
マリューの言葉に二人の表情がほころぶ。

ノイマンから提案した、ミリアリアに会わせるためのアリサの同行は、二つ返事でマリューに快諾された。

「お疲れのところかと思いますが、カガリ代表がお待ちですから、官邸へまずご案内させていただきますね。」
言い終えて、ミリアリアはノイマンの陰からチラチラとこちらを見る少女の視線に気付く。
どこかで見覚えのあるような……。
「大尉、まだ、ダメですよね?」
小さな声がして、ノイマンは意識だけ振り返る。
「列の後ろに付けるからもう少し待って。」
こちらもまた小さく返して、アリサが頷いたのを布の擦れる音で確認した。
マリューを先頭にしてサイの先導に列は続いていく。
列の最後尾につけるため、その様子を立ち止まって見ていたミリアリアの手を取って、ノイマンは軽く引いた。
「たっ、大尉?!」
「やぁ、久しぶり。元気かい?」
ミリアリアは急に手を引かれたことに動揺している。
「君に会わせたい人を連れてきたんだ。」
ノイマンはやっとミリアリアの手を離し、アリサに小さく「いいよ。」と言った。
「……ミリィ先輩、お久しぶりです。」
少女はそう言って、不安そうに顔を出す。
「……アリサ!!!!!」



「ノイマン大尉の傍に女の子がいませんでした?」
サイは先頭を歩きながら、後ろのマリューとムゥに問いかける。
「あぁ、二等兵の女の子なんだけれど、ミリアリアさんの知り合いみたいなの。会わせてあげたいから官邸の入口まででいいので同行させて欲しいって、ノイマン大尉から相談されたので私が許可したのよ。」
へぇ、とサイは空気みたいな返事をする。
「お前はあの子を知らないのか?」
ムゥに問われてしばらく考えたが、サイの記憶の中に被る面影はなかった。
「ミリィと一緒にいるようになったのは、カレッジに入ってからですからね。」
それより前からの友人はきっとトールにしか分からない。
「まぁ、噂によるとあのお嬢ちゃんは、ノイマンのことが好きで追っかけ回しているらしいんだがな?」
ムゥの発言に周りにいた全員が微かに反応する。もちろん、サイも。
「そうなんですか?へぇ…。」
興味のないような返答をしながらもサイは思っていた。
(なに、その面白そうな話!あとで大尉捕まえて聞かなくちゃ!)



「えへへっ、先輩に会いたくて大尉に連れてきてもらっちゃいましたぁ。」
「あなた、ほんとにアークエンジェルクルーになってたんだ!志願したって話までしか聞いてなかったからさ。」
ミリアリアとアリサは短く抱き合って再会を喜びあった。
「船の上から郵便出しにくいんですもん。電波も薄いし〜」
ミリアリアは、それもそうねと笑った後、少し声を低くして言う。
「それにしてもアリサ?私に会いたいからって上官に我儘言ったらダメでしょう?」
アリサは素直にごめんなさい、と怒られている。見兼ねたノイマンは横から口を出した。
「ミリアリア、言い出したのは俺なんだ。」
ミリアリアは意外、という顔で振り向く。
「ア、…バーデン二等兵が君と知り合いだって聞いてね。会いたいだろうと思って。だから、叱らないでやってくれ。」
アリサがちょっとむくれた顔をして、ミリアリアはその表情が引っかかる。
(ふぅん?大尉、歳下なんて相手しそうにないのに…意外。)
「そうなんです?だったらとても嬉しい!アリサに会わせてくださってありがとうございます、大尉。」
ノイマンは照れたように頭をかき、あぁ、いやぁ…などと言っている。
ノイマンの目線が逸れている隙を狙って、ミリアリアはアリサの耳元にそっと近づいた。
「この後、案内が落ち着いたらお茶でも行かない?連絡するからこの辺りで待ってて?」
続けて、シーッとジェスチャーしてみせる。
アリサは目を輝かせて何度も頷いた。

官邸の入口の大きな門が見えてくる。
アリサはノイマンの上着の裾を軽く引いた。
「大尉、私はここで。」
ノイマンは道のりの短さに少し驚いた顔をする。
「もう着いたのか…。分かった、休暇楽しんで。」
言い終えた後、共に立ち止まったミリアリアが歩き始めたのを見計らって、ノイマンはもう一度アリサを振り返る。
え?という表情のアリサに数歩で近寄って
「気をつけるんだよ、その…いろいろ。」
と耳元で告げた。
アリサはその"いろいろ"に、何が含まれるのかを想像してみる。なんだか嬉しくておもわず笑みがこぼれた。
「大尉!!置いていきますよっ!!」
ミリアリアの声にギクッとしたノイマンは照れたようなはにかみ顔を残して列に戻っていく。
その場に一人残されたアリサは、ミリアリアの仕事が終わるまで待つ場所を探すため、辺りをぐるっと見回した。

「ねぇ、アンタ。」
声がしてアリサは振り返る。
金髪をオールバックにした背の高い男性がそこには立っていた。
「俺、ミリィ待ってんだけど、アンタもそう?」
軽い口調、初めて会う人を平気で"アンタ"と呼んでくる神経。
(なんかチャラいのに捕まった…)
アリサはそう思った。
「ミリィ先輩は、この後私と約束があるんですけど。」
「全然、その後でいいの。ってか、会ってくれるかどうかもわかんないんだけどさ、俺が会いたくって。」
「ミリィ先輩に迷惑かけるつもりなら私が阻止させていただきますっ。」
男は上げてるにも関わらずその上から髪をかき上げて、なんだか力なく笑った。
「さすが、ミリィの下の子って感じだな。感じが似てる。」
男はズイッとアリサに顔を寄せてくる。
「ミリィが会ってくんなくてもさ、あんたがミリィ待つ間の時間つぶしにはなれるぜ?」
男がアリサの前に突きつけてきた端末の画面にはメッセージのやり取りが写されている。

(ミリィ、この後暇?)
(あんた、なんでオーブにいんのよ。陰から見てるのバレバレよ?私この後、後輩のアリサと予定があるからごめんなさい。)
(じゃあ、今ミリィと別れた後輩ちゃんの待ち時間、俺が付き合ってていい?)
(……まぁ、あんたにだったら任せられるわ。よろしく。)

怪しいもんじゃないから、と男は言った。
「俺はディアッカ・エルスマン。別れたつもりは無いんだけど、ミリィの"元"彼。」
アリサの脳裏にノイマンの"いろいろ"が思い浮かぶ。
「元…。トールさんのことはご存知ですか?」
「トール?…あぁ、スカイグラスパーのパイロットか。俺はそいつの後だから、そいつのことは知らねぇや。」
俺は…と言いかけて、ディアッカは口を噤んだ。
ミリアリアの後輩ということは恐らくこの子もナチュラルの可能性が高い。
アークエンジェルのメインクルーの列に同行していたし、見るからにコンパスの隊服姿のこの子に、安易に自分はコーディネイターでザフトの軍人だと告げるのは、都合が悪いかもしれない。
「あんた、アークエンジェルのクルー?」
アリサはキリッとした目つきで答える。
「アークエンジェルクルー、アリサ・バーデン二等兵であります。」
「俺も一時期、アークエンジェルに居たぜ。」
「本当ですか!?」
一気にアリサを纏っていた警戒心が溶けた気がした。
ディアッカは、やはり俺が暇つぶしに付き合うことにして正解だったなと思う。
ナチュラルだコーディネイターだのことを除いたとしても、世の中には手にかけやすい子供に近寄ってくる良くないものはきっと多い。
「ノイマン大尉のことも、ご存知ですか?」
(ノイマン…?)
ディアッカは首を傾げる。
「アークエンジェルの操舵士です。」
アリサの口から出た言葉を聞いて、ディアッカは手を叩いた。あぁ、あのスーパーナチュラルの事か。
「あぁ!分かった!あんまり話はした事ねぇけど、乗った直後からミリィ達に良くしてくれた兄さんだって聞いてるぜ。」
「あまり…存じ上げないんですね。」
アリサはシュンとした。
「なに?あのスーパーナチュラルの事知りたいの?」
アリサは小さく頷く。
「はい。好きなので。」
「…ん?」
ディアッカは聞き間違いかと思い聞き直す。
「私、大尉のことが好きなので。好きなのに…大尉のこと知らないことばっかりなので…。」
(へぇ…。でもあの操舵士、確か結構歳上だったよなぁ。)
「そういうのはさ、周りから情報拾うより本人に聞くのが1番いいんじゃないか?」
丁度いい。この子の恋愛相談にでも乗ってやるか。後でミリィと話すネタにもなるし。
ディアッカは心の中で思う。
「アンタ。その服以外持ってねぇの?」
「えっ?」
「この後、ミリィと出かけるんだろ?その格好で行くつもりか?」
アリサは黙り込んだ。オノゴロで家族と死別したあと、アークエンジェルへ志願するまで、服なんて買う余裕もなかったのでほとんど持っていなかった。
「なんか選んだら?待ってる間に。俺がプレゼントしてやるから。」
ディアッカはアリサの背中を押して官邸から遠ざける。
そしてアリサの死角で(了解!)と打ち込みメッセージを返した。

(ねぇ、アリサといるならちょっと私に頼まれてよ。)
(なに?ミリィの頼みならなんでも聞くぜ?)
(あの子と、アークエンジェル操舵士のアーノルド・ノイマン大尉がどういう関係か、さりげなく探ってくれない?)
(丁度いい、今、話にその名前が出たとこだぜ。)
(大尉のことだからまさかとは思うんだけど…
やっぱり、アリサのこと心配だから。)
(了解!)


「では艦長、我々は外でお待ちしておりますので。」
ノイマンとチャンドラは静かに部屋のドアを閉める。
その後ろに静かにサイが立っていた。
「ノイマン大尉。」
サイが改まってそう呼ぶと「いいよ、普通に呼んでくれて。」とノイマンから笑みが返ってくる。
兄さん。
そう表現するのが1番適しているだろう。
何もすることが出来ない民間人、加えてまだ何も理解していなかった未成年の自分達を、見限ることなく、何とか輪の中へ誘い込もうと1番尽力してくれたのは、この人だから。

だから、なれるならばそんな兄さんの力になりたい、サイはそう思っていた。

「ノイマンさん、ちょっと話したいことがあるんですけど。」
「あぁ、なんだい?」
ノイマンは何の疑いもなく返答する。
ちょっと、と、この場から引き離そうとすると、「えっ、ぼくは?」とチャンドラも腰掛けた待ち合いの長椅子から立とうとする。
「チャンドラさんは待ってて。あなたがいるとややこしくなるから。」
サイは悪戯に笑って、チャンドラをもう一度座らせた。
その後ノイマンの手を取って、廊下の奥深くまで連れて行く。
「サイ?何か、そんなに大事な話かい?」
人気も少なくなった長い廊下の一番奥、窓際の壁にノイマンを追いやって、サイはメガネのズレを直しながら問う。
「ノイマンさん、さっき後ろに連れてた女の子…、誰です?」



「いーじゃん。アンタ、赤が良く似合うね。」
ザフトの赤服もよく似合いそうだ。そんなことをディアッカは思う。
「なんだか派手…じゃありませんか?」
アリサは自信なさそうに何度も鏡に映る自分を見つめている。
ざくっと被れるタイプのワンピース。
インナーを変えれば色んなバリエーションで着回しが出来そうな服だ。
ワンピースなので同じ色の面積が広く、どうしてもアリサには派手に見えてしまう。
「それとも、昨今のオーブの流行なんでしょうか?」
さぁね、オーブのことはよく知らねぇや。と危うく口を滑らせそうになって、ディアッカは慌てて「あぁ、そうなんじゃねぇかな?」と話を合わせた。
「気に入らない?他のも見るか?」
だったらそうだなぁ…などと言ってディアッカは他の服を選び出す。
「いいえ、こちらで。」
アリサはもう一度鏡を見る。
似合ってるだなんて、そんなこと久しく言われていなくて少し喜んでしまう。
しかし、ノイマンはこんな見るからにまだ子供のような自分を、やっぱり受け入れてなどくれないのでは無いだろうか、なんて考えながら。
「すいませーん。この子着てるの、そのまま会計させて貰えます?あと、これも。」
ディアッカが店員に差し出したのは、アリサが着ているのと全く同じデザインで色違いの服だった。
「あの、それは?」
ディアッカはアリサの頭に手を置いて言う。
「これはミリィの。お揃いで着なよ。」
この人はきっと、ミリアリアの事が心底好きで、そして彼女はその気持ちの強さを素直に受け止めきれてないだけなんだろう。アリサはそう感じた。
「ディアッカさんは、お幾つなんです?」
「え?」
ディアッカは嬉しそうに店員からミリアリアへ贈るオレンジ色のワンピースを受け取る。
「たぶんアンタとそんな変わんないよ?ミリィより1つ上だけど。」
アリサは驚いた。
「驚いた…とても大人に見えたもので…」
「あぁ、うちの隊には荒くれ者が多くてさ、一足先に俺は落ち着いちゃったのよ。」
ディアッカは入口のドアを引き、「どうぞ」
とアリサを出口へ促す。
ほら、こういうとことか。
「でも、歳なんて別にどうでも良くない?近かろうと離れてようと。お互いにその存在が必要であればそれで。」
ディアッカは少し間を置いて小さく付け足す。
「俺は人間もそうだと思ってんだけどねぇ。ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、互いを必要とする関係性が絶対この世界にはあるんだから。」
「先輩はきっと、貴方のそういう所がお好きなんでしょうね。」
アリサの言葉に、ディアッカは盛大に笑い、全然相手にされてねーよと言い放ったが、アリサはその胸ぐらをグイッと掴む。
「だから"元"なんて言われちゃうんですよ!貴方先輩の何も分かってない!こんなに先輩の事が好きなのに!!」
ディアッカは呆気に取られている。
「それは全部、素直になれない先輩の強がりですよ!なのに貴方は…!!」
「わかってる。」
ディアッカは胸ぐらを掴んだアリサの手を逆に掴む。
「わかってるさ。だからこうして、"振られた"後も足繁く会いにきてんのよ。表面じゃ鬱陶しがってるけど、あれがアイツの喜び方なんだろうなって、わかってるからさ。」
アリサの手から力が抜けていく。
「ミリィ先輩は、貴方のような人が居て幸せでしょうね。…羨ましいです。」
「アンタも言えば?その、ノイマン、だっけ?大尉さんにさぁ。」
「でもっ…!!」
ディアッカを見上げたその目には、不安が滲んでいる。
「それこそ相手にされると思いますか?」
ディアッカは、ひとつため息をついてやれやれといった顔をする。
「それこそ、」
さっき買ったばかりの赤のワンピースの胸元のリボンの輪に指をひっかけ、キュンと持ち上げる。
「アンタに必要な人なんだったら、歳も出生も、なんにも関係ねぇんだよ。それ伝えなかったら、何も始まんねぇよ?」
ディアッカは近くのフェンスに軽く腰かけて話し始める。
「実を言うとさ、俺は前の大戦の時、アークエンジェルにしばらく居たけど、クルーだったわけじゃねぇんだわ。」
「…どういう事です?」
ディアッカは全てを話すことにした。
そうして、アリサにも別の視点からミリアリアを気にかけていて欲しかった。
「捕虜だよ。俺は、今もザフトの現役。モビルスーツパイロットだよ。」
場の空気が一瞬で冷える。
「まぁ、心配するな。ザフトと言っても、コンパスとは連携取ってる部隊だ。キラもラクス様もカガリ代表のこともよく知ってるよ。」
アリサは一つ一つの言葉を慎重に飲み込んでいるように見える。
「俺は捕虜としてアークエンジェルに入って、彼氏を亡くしたばっかのミリィに軽口叩いて傷つけてんだ。…それで思った。もう世界中にミリィと同じ悲しみを生んではならないって。それを果たすためにはまず、俺がミリィをずっと笑わせていてやりたい。」
風が海へ抜けて、アリサの髪を大きく靡かせた。
ディアッカは少し照れたように笑い「ただ、そんだけの事よ。」と言った。
「ぶつかってでも考えることを伝え合わなくちゃ、未来なんて生まれねぇのよ。」
…伝え合う。
アリサは思う。ただ一方的なだけだったと。
ノイマンの気持ちをちゃんと、聞いてみたいと。
「どう?ちょっとは気持ちと向き合う勇気出てきた?」
アリサの心を読んだかのようにディアッカかは声をかける。そしてこう言って、左目でウインクを決めた。

「赤はポジティブの色だぜ?」

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