私でない何か

人間だれしも中学2年生でなくたって、今なんで私は私なんだろうと思う瞬間があると思う。1秒前まで別のところにいて全く別の意識を持ち、人間だったかすら分からない。足に指があり、胴に肩があることが不思議でたまらなくなる瞬間。
大抵それは疲れているときにやってきて、頭をぐちゃぐちゃにかき乱す。小さいときはそれが怖かったが、もうすぐ24歳になる私は疲れているの一言で片づけることができる。

久しぶりにそれがやってきて疲れていることを自覚した。意地だけで仕事をし、自炊し、お風呂に入り、洗濯をしている。怒られた日は瞬きをせずに家に帰る。本は読めず倒れるように寝て、目覚ましが鳴る前に起きてしまう。毎日緊張して膝が笑っている。八つ当たりしたいときに口角をあげる。弱音も愚痴も口にすれば本物になってしまう。だから意地でも言わない。

自信がなさそうになったね、と言われた。可愛くなったねとも言われた。矛盾している。誰も私を見ない。見て欲しくない。どうしても分かってほしい、理解してほしいと思えない。誰も理解する必要がない。私は私の中だけで完結したい。助けて!助けてもらわなくて良い状況にして!
失敗を吊るし上げる同僚が嫌い、要領が悪い方が悪い。労働に見合った対価が欲しい、この賃金を受け入れて入社したのは私。仕事辞めたい、夢を叶えるためにこの職場は必要。同じ問答をくりかえしている。誰にも言わないから。言葉にしないから。息苦しいのにさらに息ができない環境に身を置こうとする。言葉にした瞬間崩れてしまう。そのぎりぎりにいて、その危なさに愕然とする。

ついさっきまでの私ではない何かの時も、きっと意地を張っていた。生活は連続していなくても意地だけは変わっていない。

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