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たしかに夏の匂いがした

最低気温が20℃を超える日がほとんどになってきて、初夏。
伸ばした髪を下ろして通学することが億劫になる理由にストレートアイロンする手間があることに加えて、暑苦しいからという理由がプラスされた。
そろそろエアコンのフィルター掃除もしないといけない。


人間の記憶とともに最も残りやすいものは匂いだという話を聞いたことがある。実際、何かの匂いを嗅いで、昔の記憶が蘇ってくる経験をしたことのある人は多いだろう。
私は先日、少し変わったかたちで、夏の記憶と再会した。


3限の授業が終わって自宅に帰る途中、私は帰路にある複合商業施設の地下に入っているスーパーに立ち寄ることにした。入口からスーパーまでの道のりには様々な店が並んでおり、その1つに小中学生向けであろう雑貨屋さんがあるのだが、この間店の前を通った時には並んでいなかったスイミング用品が表の棚にずらり。ああ、もうそんな季節か。ついこの間まで桜が咲いていたというのに。

並んでいる商品の中でも私の目に飛び込んできたのは”水泳バッグ”だ。
ビニールでできた透明な生地に可愛い模様やキャラクターが描かれた手提げタイプのそれを見た瞬間、ビニールと塩素の匂いが私の鼻先をかすめた。
なにも店の前で立ち止まって、商品を見ていたわけではない。匂いを感じ取ることもできないほどの距離でただ雑貨屋の棚を横目に見ながら通り過ぎようとした、ほんの一瞬の出来事。
それでも確かに私には、ビニールと塩素の匂いを感じ取った。

もしかしたらビニールの匂いは本当にしていたのかもしれない(店前にビニールの匂いが充満しているのは果たしてよろしいのかという話は置いておくとして)が、少なくとも塩素の匂いがあの場面ですることはあり得ない。つまり私は、”水泳バッグ”を見ることで、勝手にプールの塩素の匂いと水泳バッグ特有のビニールの匂いを自分で呼び起こしたのだ。

匂いは私たちの記憶も鮮明に蘇らせる。
ビニールと塩素の匂いは、私と埃かぶっていた小学生の夏の記憶を再会させてくれた。


プールのある日には体温カードを書かないといけなくて、毎朝ドキドキしながら熱を測ったこと
地獄のシャワーで発狂したこと。そこに出ていた、虹
流れるプールとお宝探し
プールの後の給食がとてもおいしかったこと
でもその後の授業は本当に眠かったこと
帰って濡れた水着を出さずにいたら母にめちゃくちゃ怒られたこと


ずっと忘れていたあの夏たち。思い出して胸がぎゅうっとなった。
あんなに楽しかった記憶は忘れているくせに、友達に言われた何気ない一言がいつまでも忘れられなくて気を揉んでいる私たちって本当になんなんだろうか。
きっとあの夏の記憶以外にも忘れている大切な記憶、たくさんあるんでしょう?
それも何かふとしたきっかけがないと、私の意識に降りてこないのだろうか。そのきっかけが死ぬまでに訪れなかったら、一生私は”あの”記憶を思い出さないまま死ぬのだろうか。
私が経験している”イマ”も、一生思い出されない記憶になるのだろうか。



この間思い出した夏の記憶もきっとまた忘れてしまう。
どうか、来年もあのお店の表の棚に”水泳バッグ”が置かれていて、私がその横を通り過ぎた時に、また夏の匂いを感じられますように。そしてまた小学生の頃の夏を思い出して切なくなれますように。

私の水泳バッグは水色の水玉模様だった。





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