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気候変動withコロナ 経済のグリーンリカバリーと生態系との共生

いよいよ日本国内でも新型コロナウイルスは「収束」に向けた空気感となってきている。4月11日に1日の最多感染者数743人が確認されて以降、着実にピークアウトしており、5月14日には政府によって39県における緊急事態宣言の解除が発表された。引き続き東京、神奈川、千葉、埼玉、大阪、京都、兵庫、北海道では8都道府県では緊急事態宣言下の地域だが、報告される感染者数と死者数の数字は落ち着き始めている。

しかし、世界全体では感染者数489万人、死者数32万人となり、しばらく毎日9万人前後の新規感染者が報告されていたが、ここに来て11万人を超えている。日本国内にいるとリスクから脱した感覚になるが、依然として新型コロナウイルスは地球規模で猛威を奮っていることを忘れてはならない。

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世界全体のCOVID-19 新規感染者数(Google提供の統計情報より

2019年11月22日に中華人民共和国湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として最初の症例が確認されて以降、ちょうど半年が経つ。その間、個人的に関心が生まれたのは「世界経済が止まったことでおきた地球環境への影響」そして「サステナビリティ、気候変動対策への影響」だ。

世界中で大勢の失業者が生まれ、世界恐慌以来の経済危機に陥り始めているという「経済」の話は多く報道されているが「地球環境に対してどのような影響を及ぼしたのか?」「コロナ以前から続く気候変動というグローバルリスクにはどのような影響があるのか?」ということは多くは語られていないように思う。

色々と調べごとをしながら、思考を整理するためにnoteを書いてみた。

人間が屋外に出ないと生き物たちにはどんな影響が?

世界中の都市がロックダウンし、人間が外を出歩かなくなり、都市間の移動もなくなり、生産や物流といった経済活動も止まったという出来事は、100年前のスペイン風邪以来だろうか?

一時的な出来事とは言え、ある意味「人間が経済活動を止めたらどんな変化が起きるか?」ということを世界規模でテストできたと思っている。

例えば「水の都ベネチア」では観光用ボートの往来がなくなったため、海底の沈殿物が巻き込まれなくなり、水の透明度が劇的に改善している。そのおかげでクラゲ、カニ、魚といった水中生物が多く確認されるようになり、すぐ足元にあった生物の営みが市民を感動させている。

また、長期間のロックダウンが続くニューヨークでは「都市と生物の接点」に変化が起きているそうだ。ニューヨークで自然保護活動に取り組むケイトリン・パーキンスさんという方がNewsweekの取材に答えた「都会の人と動物の接点は残飯だ」という指摘は興味深い。ネズミたちは飲食店の残飯が減るので住宅エリアに餌場を求めて移動し、同じく公園の残飯を餌にするセグロカモメといった野鳥の繁殖にも影響が出るだろうとしている。

また自動車の交通量が減ることで、人間と生物の「人工的な障壁」となっていた道路がその役割を果たさなくなっていて、ロックダウンの状況が続けば周辺の生息地から都市への小動物の移動が始まり、続いて大型の捕食動物の都市への移動も起きるだろうと指摘している。どんな場所でも人間が活動をやめれば、そこは生き物たちの生息地になるということだろう。

移動と生産が止まったことで大気にはどんな影響が?

また、経済活動が止まり、自動車や工場からの排気がなくなったことで、大気汚染も劇的に改善されている。NASAの人工衛星の測定データによれば、アメリカ北東部上空の大気に含まれる窒素酸化物(化石燃料を燃やした時に出る物質)は30%も減少したそうだ。自動車の往来が劇的に減少したからだ。

自動車登録台数が1100万台を超える首都ニューデリーを含むインド北部でも、大気汚染はここ数十年で最も改善されたという。化石燃料を燃やしながら走る自動車が減れば、空気はキレイになるということだ。

そして、中国ではコロナ禍の1~3月の期間で、全国337都市のPM2.5の平均濃度が前年同期に比べ14.8%も低下したと生態環境省が報告した。中国有数の経済地帯である上海を中心とする長江デルタ地域の41都市では26.2%も低下。首都北京でも「今年の冬は青空の日が多かった」という声が市民から多く聞かれたというのも興味深い。

温室効果ガスはどれくらい減ったのか?

大気の浄化に加え、気候変動の主要因である温室効果ガスの排出も劇的に減っている。イギリスを拠点とする環境ニュースサイト「Carbon Brief」が分析したデータによると、新型コロナウイルスの世界的大流行によって2020年の炭素排出量を16億トン減少させる可能性があると発表している。これは排出量換算で世界から3億4500万台以上の車が道路から消え去ることに相当する。

しかし、世界のCO2排出量は年間330億トン(2019年)なので今回の減少量は全体の5%にも満たない。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「1.5℃特別報告書」では「世界の気温上昇を1.5度に抑えるにはCO2排出量が2030年までに45%削減され、2050年頃には正味ゼロに達する必要がある」と試算しており、コロナ禍による炭素排出量の減少が、いかに限定的なものかを理解できる。

またこれまでも大きな経済危機、大戦、パンデミックが起こる度に世界の炭素排出量は「一時的」に減り、その後「ぶり返してきた」歴史がある。

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ワシントン・ポストで紹介されているこちらの図では、スペイン風邪、世界大戦、経済危機といった出来事によって一時的には炭素排出量を減らしつつも1〜2年後には排出量の大幅な増加につながっていることが分かる。

今回の新型コロナウイルスパンデミックによる大気汚染の低減、炭素排出量の減少については「ぬか喜び」となることが予想される。


ところで、気候変動の現状はどうなっているのか?

新型コロナウイルスで、人類は未曾有の危機にさらされている中でも、気候変動というグローバルリスクは「ひと休み」してはくれない。

今年はじめ、ケニアやエチオピアを含むアフリカ東部では「異常な豪雨」を原因としたサバクトビバッタの大量発生が起きて、アフリカ諸国の農作物に深刻な被害が出ていた。そして3月後半にも集中豪雨が発生し「バッタの第二波」が起きている。これが作付けの時期にバッタが襲来していることで、アフリカ東部の食糧危機はさらに深刻な問題となりそうだ。国連食糧農業機関(FAO)は、アフリカ東部6カ国で2000万人が食糧危機に直面していると報告している

今回のアフリカ東部の蝗害は、インド洋の海水温上昇による「インド洋ダイポールモード現象」が原因とされている。詳しくはこちらのnoteでまとめいるので良かったらご覧ください。オーストラリアの森林火災、日本の暖冬の原因ともされている。

そして、ちょうど現在、ベンガル湾で発生した強力なサイクロンがバングラデシュとインドに接近している。両国ともに新型コロナウイルスの打撃の中での天災となり、二重の被害に見舞われることになる。今回のサイクロンを気候変動の影響と断定するには時期尚早だが海水温の上昇が起因していることはすでに指摘されている。

また、少し記憶が薄れてしまっていたが、今年の日本の冬は「記録的な暖冬」だった。「記録的」というキーワードにはもはや我々は慣れ過ぎているのだが、端的に言うと、今年の日本の冬は1898年の統計開始以降もっとも気温の高い記録的な冬だったのだ。

2020年冬(2019年12 月~2020 年2 月)の平均気温は平年値よりも1.66℃上回り、日本中のスキー場から雪が消えた。

また「暖冬」は日本に限った話ではない。今年の世界の冬は平年値より+0.57℃となり、1892年の統計開始以降、2番目に高い値となった

新型コロナウイルスの発生の有無に関わらず「気候変動」は現在進行系の大きな問題であること改めて認識するには十分すぎる情報だ。

経済危機と気候変動はどのように影響しあうのか?原油価格の動向から考える

国際通貨基金(IMF)はこれから世界経済は「世界恐慌」以来の不景気に見舞われると予測している。その影響は「リーマンショック(2008年9月〜)」をはるかに上回り、2020年の世界GDPを「3%減」のマイナス成長、日本は5.2%減としている。

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上記グラフはbloomberg記事より引用

米国では今年4月の失業率は14.7%、失業者数は約2050万人といったことも報じられているが、経済的打撃の影響はこれからも続いていく。

そして、世界的に新型コロナウイルスの感染拡大が収束して、長く暗いトンネルを抜ける頃には、世界の合言葉は「経済を回復しよう」の1点となるだろう。しかし、このまま「従来どおり」の経済活動を再開していいのだろうか?

先ほど紹介したとおり、一時的には温室効果ガス排出は減少したものの、世界の都市でロックダウンが解除され、経済活動が開始すれば排出量は元通りだ。

そして「経済のみ」を回復させていくことが目標であればより安価なエネルギー(燃料)で生産していくことが優先される

いま、原油価格は前代未聞の低値となっている。4月20日のニューヨークの原油先物(WTI)の5月物は1バレル=マイナス37.63ドルという値をつけた。「マイナス」というのは相手にお金を払って原油を引き取ってもらうことを意味する。この異常事態は、世界中で旅客機が飛ばなくなり、自動車も走らなくなったことでの実需要急減が理由だ。

石油輸出国機構(OPEC)の加盟国はこの危機に対して「協調減産」で対応している。世界の実需要が回復していけば「増産」され原油価格は戻っていくだろう。

しかし、新型コロナウイルスの世界的な影響が深刻になる前の今年3月、サウジアラビアはロシア、米国との石油シェアを争い価格競争を行っていたことを忘れてはならない。協調減産の方向で話が進んでいた中で「増産」に踏み切っていたのだ。

石油産業が経済の柱となっている国同士の争いは、コロナ以降では文字通り国運を賭けた熾烈なものになるだろう。この価格競争によりしばらくの間、石油が安価なエネルギーとして流通するので、石油消費国は経済回復のために「湯水」のように利用していくことができる。

もちろん炭素排出量は増加し、コロナ以前で積極的に進んでいた再生可能エネルギーへの開発投資にもブレーキがかかってしまうだろう。

「どうやって経済を回復させていくのか?」が重要な問い

これからの将来も起こりうる「新型ウイルスの大流行」に備えるかたちで経済を回復させていくのは当たり前だが、炭素排出量削減の努力を伴わずに経済を回復させていこうものなら、重大なグローバルリスクである「気候変動」の進行を今まで以上に加速させてしまうことになるだろう。

その先にあるのは「ブレードランナー2049」で描かれるロサンゼルスのような未来かもしれない。都市中心部のすぐ近くまで海面上昇が起き、堤防の内側で「超人口過密」の中で生きていくことを余儀なくされる人類。気候変動によって人類が居住エリアを失い続け「密」になるほどウイルスにとっては最高の環境となり、パンデミック発生のリスクは高まる。

「どうやって経済を回復させていくのか?」ということが、私たちに突きつけられている重要な問いなのだ。


「グリーンリカバリー」によって経済復興を目指す

ちょうど1ヶ月前の4月22日「国際マザーアース・デー」(通称アースデイ)の日に、国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏がビデオメッセージで「グリーンリカバリー」の重要性を説いて話題になった。新型コロナウイルスからの経済復興と気候変動リスクを低減させるための6つの行動提案を紹介したい。

第1に、COVID-19からの復興への取り組みに多額の資金を費やすなか、環境に配慮したグリーンな方法で新しい雇用やビジネスを提供しなければなりません。

第2に、税金による事業救済措置は環境に配慮した雇用と持続可能な成長の達成に関連づける必要があります。

第3に、財政支援策は、CO2を排出する経済からグリーン経済への転換を促し、社会や人々をより強靭にしなければなりません。

第4に、公的資金は過去ではなく、未来のために投資されるべきであり、環境・気候変動対策に寄与する持続可能な経済部門やプロジェクトに向けられるべきです。化石燃料への補助金は撤廃し、汚染に加担している者は代償を払わなければなりません。

第5に、気候リスクや機会は金融制度、また、公共政策の立案、そしてインフラにも含まれるべきです。

第6に、国際社会として協力し取り組む必要があります。

コロナ以降に予測される「経済優先、気候リスク後回し」に釘を刺すような話である。しかしこれは国際経済、政府単位の話ではなく、今世紀にビジネスを営むあらゆる者にとって肝に銘じておくべき内容だ。

人類は地球環境、生態系と共存できるのか?

「グリーンリカバリー」によって気候変動リスクを抑えながら、経済を復興させていくことを目指すのがこれから10年間の使命だろう。

しかし、世界の人口は増え続け、これまで以上に生態系を侵食し、野生生物との距離が失われれば、新型ウイルスによるパンデミックはまた数年以内には起きてしまうだろう。霊長類学者ジェーン・グドール氏はこのように語っている。

われわれが自然を無視し、地球を共有すべき動物たちを軽視した結果、パンデミックが発生した。これは何年も前から予想されてきたことだ。

例えば、われわれが森を破壊すると、森にいるさまざまな種の動物が近接して生きていかざるを得なくなり、その結果、病気が動物から動物へと伝染する。そして、病気をうつされた動物が人間と密接に接触するようになり、人間に伝染する可能性が高まる。

動物たちは、食用として狩られ、アフリカの市場やアジア地域、特に中国にある野生動物の食肉市場で売られる。また、世界中にある集約農場には数十億匹の動物たちが容赦なく詰め込まれている。こうした環境で、ウイルスが種の壁を越えて動物から人間に伝染する機会が生まれるのだ。

ジェーン・グドール氏の言葉は重たい。「経済の回復」だけではなく「生態系の中での人類の振る舞い」も改めなければ、同じ過ちを繰り返すだけだ。世界的な恐慌も繰り返す。

改めて、この21世紀という時代は人類にとって重大な局面であると感じる。地球環境を維持しつつ、生態系との共生を目指さなければ、私たち人間の社会と経済はいつまでも根底から脅かされ続ける。

私たち一人ひとりの行動によって、少しでもより良い方向に歩みを進めていかなければならない。

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植原正太郎 NPO法人グリーンズ COO/事業統括理事
1988年4月仙台生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。新卒でSNSマーケティング会社に入社。2014年10月よりWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズにスタッフとして参画。2018年4月よりCOO/事業統括理事に就任し、健やかな事業と組織づくりに励む。本業の傍ら、都会のど真ん中に畑をつくる「URBAN FARMERS CLUB」も展開中。循環型社会やサステナビリティについて勉強中。一児の父。

Twitterやってます:@little_shotaro

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