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朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』【#読書の秋2022】

 小説『死にがいを求めて生きているの』の登場人物の一人が、物語の中で人間を大きく3つに分類した。2種類の“生きがいのある人間”と、1種類の“生きがいのない人間”。あなたはどれに当てはまるのでしょうか。
 このnoteを読んでいる人にも、この小説を読んでタイトルの「死にがい」という考えに風穴を開けられてほしい。ぜひ、読んでみてください。

1.順位

 この本では、ナンバーワンからオンリーワンの社会に変化していく様子とそれによって生まれた新たな苦悩が描かれている。その中でも印象的だったのは学校の評価が昔は相対評価であったことだった。5段階評価を行う場合、1〜5それぞれに割り当てる枠が決まっていて、順位づけに基づいて評価が決定されるのが相対評価にあたる。学校生活の中で評定に関して「相対評価だな」と感じたことはなかったので、僕が義務教育を受ける頃にはすでにオンリーワンを目指す社会だったのだろう。
 ナンバーワンからオンリーワンへの転換点はなんだったのだろうと調べてみると、「ゆとり教育」を挙げている文献やサイトが多く見られた。一般にゆとり教育と言われる期間と自分の人生を照らし合わせてみると、小学校低学年の時にカスった程度だった。つまり、僕は順位づけや対立がある程度排除され終わった学校生活の中でしか生きたことがないことになる。
 ただ、小学校の運動会の徒競走には順位がついたし騎馬戦もあったし組体操もあった。中学の体育祭も合唱コンクールも各クラスがバチバチだった記憶もある。(ただ合唱コンクールに関しては、優勝・準優勝以外の順位は公表されていなかった。)通っていた高校の体育祭には目玉競技として棒倒しがあった。それと、テストの順位が張り出されたりすることは1度もなかった。

 他人から順位づけの評価をされたくなった結果、誰より劣っていて優れているのかの判断を自身で下す必要が出てきた。そしてそれを続けることでしか自分を保てない人がいる。それは僕もそうだと思う。
 自分らしく生きることができるようになるためには、自分に関してある程度自信を持たなくてはいけない。「自分にはこれができる、あれができる、だから大丈夫だ」と思わなくてはならない。それが自分の価値、生きている価値、そして生きがいとなる。ただ、それらの「何ができるか」を周りに示すに足る根拠がないと、冷たい視線を注がれることとなる。そしてその「根拠が欲しい」が先行しすぎた状態が、本文中の表現で言うところの「手段と目的が逆転している」ということである。そうして手にした束の間の根拠と価値を保つのは半ば義務的になってしまう。手放した後の恐怖が勝つからである。


価値のある人間なの?

朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの(文庫)』,p292

2.集団のグラデーション

「みんなが仲良くなるって、難しいなあ」
「でも、そんな未来のために、まずは明日をがんばろう!」

 これは小説中のとある絵本に出てくる一文である。この絵本を幼少期に読み聞かされたとある登場人物はそのイズムを受けて成長し、「集団のグラデーション(※)を見逃さないようにしたい」と言っている。(※画一的に線を引いて分けたグループでも実際の立場は一様ではない、みたいな意味。)そしてそのためには対立ではなく対話をする必要があり、理解はできなくても話すことが大事とも言っている。

 心ではそんなこと無理だと思っていてもやらないと意味がない。そんな世界で生きていくしかない。

 いろんな価値観がある。何のために、誰のために、どんな価値を持って生きるのか。そんな昨今大切にされている“多様性”を推し量るには、慮るだけでは無理があるのだ。

3.死にがい

 小説の中に、「死にがい」を抜け出し「生きがい」に辿り着いたカップルが1組いる。この2人のことが愛おしくてたまらない。(自分の理想の恋人関係をここに見せられた気がしました。)彼女の方の考えも彼氏の方の考えもどちらも自分に近く、最初に読んだ時ボロボロ泣きました。

・自分の喜びを正しくないと言われているような感覚
・自分で自分を否定しなくてもいい環境
・たった1人の誰かのために、という感情

 1つ目の感覚には自分にも思い当たる節があるし、それを解消に導いてくれるのが残り2つの状況になる。僕も後者が欲しいがそこで「手段と目的が逆転し」ては意味がない。あくまでも重心はロンリーでいて、それを崩させる誰かが現れたら、自分の中の何かが変わってくれはしないだろうか。自分が仮にあと60年生きるとして、丸々「自分のため」に生きるのは無理なことは流石に分かっている。
 ただ、僕には「死にがい」はなくていい。

参考文献

1.横浜国立大学教育人間科学部 髙木展郎. “指導要録の改訂 と 学習評価の変遷”. 文部科学省. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/111/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/08/19/1360907_8.pdf ,(参照 2022-10-25).


#320  朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』

#読書の秋2022  #死にがいを求めて生きているの #朝井リョウ

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