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【ショートショート】 堀川戎神社|御朱印GIRLS vol.15

 バイト終わり。夕日も沈んだ頃合いに、いつも以上に賑やかな商店街へ向かった。
 ただ、賑やかさにつられて、行こうと思った。十日戎というお祭りに参加してみたいと思った。二年越しのお楽しみを、やっと回収しようと思った。
 通りなれた商店街を、曲がる。薄暗い路地が、露天で賑やかに彩られていた。その明るさに、胸が踊る。露天の種類なんて、今さら珍しいものもないのに、クレープにたこ焼きに唐揚げを見つけては、にやにやした。そんなことをしていると、高架下まですぐに着いた。
 信号を待ちながら、辺りを窺う。たぶん、もう見えるはずなんだけど。そう思って円を描くように視線を巡らせたけど、神社は見当たらなかった。その代わり、左の歩道に人の列ができているのを見つけた。何かの催しがあるのだろうか? なんて首を傾げていたら、信号が青に変わった。
 人の列を目で辿りながら、横断歩道を歩く。人の列は一つ向こうの横断歩道を、スタッフの指示に習って流れていた。横断歩道を渡りきる。人の列は、今度はこちらに向かって伸びていた。その数多の視線がこちらを見ている。吃驚してはじめて、彼らをジッと見てしまっていたことに気づいた。そして彼らが、参拝のために並んでいることに気づいた。
 人の列は、赤い鳥居に続いている。
 待てない。
 すぐに思った。仕事疲れもあって、列に並ぶほどの情熱はなかった。いつの間にか歩きすぎ、もう一つの鳥居の前まで来てしまっていた。境内が見える。どう見ても、人で溢れかえっている。通勤前のホームを思い出して、ああ、あの中には入りたくないなと思ってしまった。
 私は小さく黙礼をすると、踵を返した。
 帰ろう。今度、絶対また来ます。
 後ろ髪をひかれる思いで、信号を渡る。沈んだ気持ちが、露天の明るさに惑わされて、上向きになる。私は近くのベビーカステラのお店に足を止めて、お財布を取り出した。

「これ、ひとつください」
「何個入りにしますか?」

 そこではじめて、個数販売であることに気づいた。慌ててしまって、三回ほど「えっと」なんて繰り返してしまった。

「じゃあ、10個で!」
「うち、12個入りからなんだけど」
「あ、すみません! 12個で!」

 ベビーカステラの甘い匂いに、また心が踊る。笑顔がこぼれて、すぐにお財布で口元を隠した。長財布で良かったと、笑みが深くなった。
 赤い紙袋を受け取って、私はスキップしたい気持ちを抑えながら、帰路に着いた。


 ⛩

 
「商売してた?」
「してない。けど、この前、リベンジを誓ったの」

 友達と天満駅に降り立ち、大阪天満宮に向かう道を進み、大きな百均の先の道を右に曲がる。それなりに歩いて、高架下までたどり着いて、鳥居を確認する。「あっちの信号を渡ろうか」なんて言いながら、先日人の列ができていた歩道を歩いた。そのまま先日の列をなぞるように信号を渡る。鳥居の前に立ち、一礼をして、神域にお邪魔する。

「この前は、なんで行こうと思ったの?」

 手水舎で真希に聞かれた。

「お祭りだから?」

 清めた手を振って水分を取っていると、真希がハンカチを貸してくれた。

「人混みにつられたんだ」
「ううん、屋台」

 お礼を言って、ハンカチを返す。真希は「どういたしまして」と言って、ハンカチを脇に挟んだ。そして、手を清めはじめた。まさか待ってくれていたなんて。真希が手を清め、口を清めているのを見つめる。ハンカチで手をふく真希に、体が揺れてると指摘されるまで、クセが出ていることに気づかなかった。罰が悪いときや居心地が悪いときにでる揺れ症だ。ちなみにこのクセの名付け親は私だ。

「屋台か。商売繁盛。そっか。すごい、すごい。効果覿面」

 一人納得する真希に、私はその言葉の意味を考えた。
 ……私をカモ扱いした?

「バカにしてる?」
「してない」

 おちゃらけた様子もなければ、見下す感じでもない。ただの否定に、唇が弧を描いて固まった。

「そういうヤツだった」

 真希を悪者にした自分を、心の中で叱責した。

「ヤツ」
「人でした」

 真希の叱責も素直に受け入れ、頭を垂れた。
 そして、拝殿と向かい合える場所まで歩いて、二人並んで立ち止まる。
 人通りが少ないときだけにやる、お決まりの行事だ。
 境内を一望して、深呼吸をする。

「すごい、光に包まれてるみたい」

 視界を遮るものは何もなく、拝殿まで続く道が、照らされている。いや、境内すべてが天の柱で照らされている。飲み込む空気さえ、光で溢れている気がした。

「誰もいないね」
「うん。なんか、余計、奇跡的」

 体の中からキレイになる気がして、また深く息をした。

「今日、こんなに晴れてたんだね」
「もっと曇ってると思ってた」

 二人して感嘆して、その奇跡的な風景を目に焼きつけていた。どれくらい、そんな時間を過ごしていたのかは分からない。お兄さんが私たちの横をすり抜けるまで、ただじっと佇んでいた。お兄さんには、謝罪をこめてお辞儀した。

「参拝しよう!」
「そうだね」

 光に照らされながら、進む。真冬の射光に、心まで癒される。暖かい。寝転んでしまいたいくらいだ。陽気を味わうようにゆっくり進み、手を合わせる。背中に感じる温もりが、まるで神様にバックハグされてるみたいだ。なんて思うと、笑みがこぼれた。いつまでもここに居たい気持ちをグッと抑え、後ろで待っていたお兄さんと入れ替わる。もちろん、お辞儀を忘れたりはしない。
 そのまま二人で社務所に向かい、御朱印をお願いした。
 帰り際、視線を感じて、ふいに上を見上げる。

「あ! 戎様!」

 社殿の壁に、大きな戎さまのおめでたい飾りを見つけた。
 また、良い日が始まる予感がした。


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