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【短編小説】 大阪天満宮│御朱印GIRLS vol.10

 「久しぶり」なんて挨拶は、合流できない事件で流された。

「今、どこ?」
「2階? の、改札でたところです」
「え? なに出ちゃってんの?」
「も一回入ってきて」

 新年早々のあわあわな事態に、テンパる。横にいる元・バイト仲間は、”仕方ない”というより”なにしてんだ”という口ぶりで、私と電話越しの元・後輩を先導した。やっとおちあって、環状線にのりこんで、天満駅にたどり着いた。

「え? これ、左? 右?」
「いや、私もはじめてだから、分かんないよ」
「あ、左みたいです!」

 天井に吊るされた看板を見つけて、元・後輩が声をあげた。
 大阪に出てきて何度目かの初詣。それぞれのバイトの関係で帰省を諦めた私たちは、ちょっと足を伸ばして、天満宮での初詣を決行した。

「結構遠くない?」
「ほんとに合ってる?」

 三ヶ日最終日。思ったほど人気がなく、私たちは不安にかられた。不安をまぎらわせるように周囲を見渡しては、気になるお店をお互いにピックアップしていく。「あ、たい焼き専門店がある!」「たい焼きに専門店なんてあるんだ」「あの古書店、お洒落じゃない?」「金物屋なんて、はじめて見た」なんて言葉に、手短な反応を返す。そんな私と元・同期である菜乃花のうしろを、元・後輩であるゆいはただついてきていた。特になにをするでもなく、同調の言葉に同調している。
 そのうちに、不安は和らぎ、間違ってないんじゃないかという思いが、溢れてきた。屋台を見つけたときの安堵感といったら。レジ点検でマイナス100円がでたあとで、100円が落ちていたのを見つけたときのようだ。

「屋台、多くなってきたね」
「帰りにクロワッサンたい焼き、買っても良いですか?」
「好きなの?」
「いや、姉に頼まれて」

 申し訳なさそうにするゆいに、笑顔で了承する。そのあと何度か話しかけたが、ゆいは手短に答えるだけだった。私は「楽しい?」という言葉を必死に飲み込んだ。
 天満宮について、私はまず山門を見上げた。興味のない菜乃花はさっさと中に入っていく。ゆいはどっちに着いていくべきか、私のうしろで足踏みして迷っていた。
 ゆいに謝って、菜乃花を追う。菜乃花はすでに手水舎にて手を洗っていた。

「思ったより少ないね」
「まあ、三日だしね」

 私たちも手を洗って、拝殿の前で待っていてくれていたらしい、菜乃花に追いつく。拝殿前で立ち尽くしても邪魔にならない程度には、参拝客は少ない。身動きがとれないくらい多いのかと、思っていたからなおさら、少なく感じたというのもあるだろう。
 小銭を用意している私たちの傍ら、キョロキョロと周囲をうかがって中央に寄ろうとするゆいに気づく。

「どこからでも良いんだよ」

 私の言葉を表すように、天満宮の賽銭箱は拝殿と私たちを隔てるほど大きい。私たちは中央を逸れて端の方で、参拝をした。
 横にずれると、露天があった。参道よりも賑わっている様子に、私は二度驚いた。

「境内にも出店あるってすごくない?」
「そう? 八坂神社とかもあるよ」
「そうなんですね」

 驚く私たちとは裏腹、菜乃花はさも当然という様子で、賑わいに向かって歩いていく。私とゆいは、それに続いた。

「お昼食べてきた?」
「少しだけ」
「そうなの? 私はまだ」

 お昼集合で、屋台を楽しもうと思っていた私としては、ゆいが食べてくるなんて思っていなかった。菜乃花と私の間での暗黙の了解でしかなかったことを、反省した。「母が作ってくれたので」というゆいの言葉を聞いて、さらに申し訳なさ襲われた。

「食べる?」

 菜乃花の申し出に、私はゆいを見た。

「良いの?」
「はい。私も小腹空いているので、是非」

 ゆいの笑顔に慰められる。「奢るよ」と申し出ると、戸惑いながら「ありがとうございます。でも、良いんですか?」と言われた。私はもちろんと頷く。そういえば後輩に奢るのは初めてだと、勝手に感動した。

「おでん食べたい」
「私、牛串も気になってる」

 目を輝かせてお昼のメニューを話し合う。おでんはセットで頼んで分け合うことにして、私は一人、牛串の屋台へ走った。

「じゃあ、席とって、ゆっくりしようよ」

 境内の端に設置されたおでんの屋台は広く、仮設された座敷があった。この時にはお昼も過ぎていたので、すぐに座ることができた。私たちは奥の方を陣取って、おでんのセットと割り箸を三本、頼んだ。

「ごちそうさまでした」

 屋台のお姉さんにお礼を言って、私たちは賑わいの中に戻っていく。

「おみくじ行く?」
「その前に摂社参拝しなきゃ、失礼じゃない?」

 菜乃花の発言に摂社の存在を知った私たちは、二人して「そうなんだ」と頷き、菜乃花のあとをついていく。屋台の通りを過ぎると人混みは減ったのだが、小さな社殿が並んでいた。

「多いね」
「住吉神社とか八幡宮とかあるんだよ」

 感嘆するゆいに、私は笑みがこぼれた。
 私も知らなかったけど、今日初めてゆいの楽しそうな顔を見た気がする。   
 摂社の多さに、どこから参拝するのか分からず、とりあえず端に向かって歩く。
 本殿の裏手あたりだろうか、一段と立派な石の鳥居があった。

「ここは?」
「白米神社って、書いてあるけど。稲荷神社みたいだね」

 その大きさから先に参拝すべきと判断した私たちは、誰からともなく鳥居を潜ると、お賽銭を納めた。
 参拝してゆいを待っている間に、建物の両端に妙な空間を見つける。菜乃花と思案していると、ゆいが参拝を終え小走りでやってきた。

「回れるみたいだよ」
「行く?」
「どっちから入るんでしょう?」

 答えが出ないまま、私たちは目の前の道を進むことにする。
 まるで実家の廊下でも歩いているみたいな感覚だ。通路は狭く、壁につけられた棚には、小さな鳥居が隙間なく並べられていた。
 突き当たりには縦長の石が祀られている。

「爪研ぎ石だって」
「触って良いのかな?」
「お守りで触れるのは良いみたいですよ」

 私は触りたい衝動をおさえ、先に行こうと促した。外に出るまでの間、お守りを買おうか悩んでいたが、先月の散財を思いだして諦めた。
 私たちは奥に向かって進み、一社ずつ参拝をすると、屋台まで戻ってきた。
 そのまま、社務所に向かう。
 1番に引いたためにできた待ち時間で、上に飾られたお守りを見やる。
 おみくじ所は何ヵ所かに分散されていたおかげでそんなに込み合っていなかったが、お守りがおいている窓口には人だかりができていた。
 額縁に飾られているお守りの中に鳥形のお守りを見つけて、思い出す。

「私、おじいちゃんにお土産にお守り買うんだった!」

 思わず声にしてしまった心の内に、二人は驚いた。
 良かった。
 二人が居なかったら、私はとんだ変わり者になっていた。

「向こうで待ってるよ」

 菜乃花の笑い声に、ゆいはついていく。
 私は人混みに近づくと、意を決して一歩踏み込んだ。揉まれながら先頭にたどり着くと、念願のおじいちゃんおばあちゃん守を受ける。そしてすぐに、吐き出されるように人混みから追い出された。
 端に避難していた二人は、おみくじを広げて一盛り上がりしているようだった。

「なんて書いてたの?」
「その前に、自分の開きなよ」

 話に割って入り、言われるがまま、おみくじを広げる。 

「なんだって?」

 読み終わる前に、菜乃花が覗きこんでくる。

「友を頼れ、だって」
「頼られても困るわ」
「なにを頼れば良いか分かんないから、頼もうにも頼めないわ」

 なんて言って、菜乃花と笑い合う。
 一笑いしたところで、私と菜乃花はおみくじをお財布にしまった。それをゆいは首を傾げて見ていた。

「結ばないんですか?」
「私は大丈夫」
「右に同じく」

 どうやら始めて見た光景らしい。
 ゆいは先輩に合わせるべきか、自身のやり方を貫くべきか、私たちとおみくじ結び所を交互に見て、迷っているようだった。

「悪くないんだし、持ってれば良いじゃん」
「結び行く? 待ってるよ?」

 投げやりな言い方をする菜乃花の言葉を宥めるように、私は笑って提案する。「良いんだよ」と念押しすると、ゆいは私の目をじっと見たあと、勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 叫ぶように言って、ゆいは結び所に駆けていく。

「悪いから良くしてってお願いするときだけ、結ぶんでしょ?」
「まあ、良いじゃん。気分が晴れることの方が大事だし」

 ゆいは思ったよりも早く戻ってきた。多分、気を使って急いだのだろう。ついていけば良かっただろうか。なんて思いながら、笑顔で迎える。
 私たちは菜乃花を先頭に、来た道を戻る。
 すれ違う人たちの手に破魔矢を見つけながら、なんとか話を膨らませた。道すがら露店を見つけて、ゆいを振り返る。

「クロワッサンたい焼き、どこの買う?」
「あ、空いてるところで良いです」

 苦笑で頷いて、また菜乃花と話始める。
 気を使わせてばかりだと思うと、だんだんと話を振れなくなっていった。

「あ、あそこ空いてるよ」

 クロワッサンたい焼きを焼きながら呼び込みをしている露店を見つけて、ゆいに話しかける。ゆいは「そこにします」というと、菜乃花はすぐに「待ってるわ」と返した。私は菜乃花につられるかたちで、露店と露店の隙間に避難する。
 ゆいが戻ってきても三人の距離は変わらず、相変わらず菜乃花とだけ話していた。
 それをはじめて、「あの」というゆいの声が遮る。

「私、こっちの方が近いので」

 そう言って大阪天満宮駅を指すゆいに、ここから天満駅までの距離を思った。

「ごめんね、朝、遠回りさせたね」
「いえ! 私も一人じゃ分からないなと思ったんで」

 とんでもないと首を振るゆいに、私は苦笑しか返せなかった。
 なんだか気まずいまま、別れてしまった。
 菜乃花はすぐに背を向け、天満駅まで歩き出す。出遅れて、ついていく。

「なんか、ついてきただけってなっちゃったね。良かったのかな」
「女三人じゃ、そうなるでしょ」

 私の不安も一蹴して、菜乃花は「クレープ食べたい」と言い、私たちは近くの露店に向かった。

「もっと話しかけてあげればよかったのかな」
「しょうがないよ、当然の結果なんだから」

 待っている間も悩む私を、菜乃花はまた一蹴する。
 それでも、私はやっぱり三人で盛り上がりたかったな、なんて思う。
 きっと、これは人生勉強なんだ。
 なら、お願いすれば良かった。

 だって天満宮は、勉強の神様なんだから。


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