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【超短編小説】 あなたはなにも悪くない。

 あの時、喫茶店であなたは聞いた。

「俺のどこがダメなんだ」

 私は分からないと返した。

「他に好きな人ができたの」

 あれから1年も過ぎた今、私は一人で誕生日を迎えようとしている。
 告白はしていない。彼には相手がいたから。割って入る気もなかった。

【誕生日、おめでとう。少しフライングしたけど】

 あなたからきた久しぶりの連絡に、どうしてか涙が滲んだ。
 あの時、私はあなたをキープすることはとてもズルくて、あなたを傷つける行為だと感じた。それは正統性からくるものではなく、純真さから来るものでもなかった。ただ、私にそれが出来なかった。
もともと人に嫌われるのが苦手だ。嫌われるくらいなら嫌う方が良いと思う。酷いことをされるくらいなら、私が酷いことをする。だから、私から別れを切り出した。
 あなたを嫌いになったわけじゃない。あなたのどこかが悪かったわけでもない。他に好きな人がいることがばれて、あなたに罵倒されて別れようと言われるのが怖かった。
 少し散らかった一人暮らしの狭い部屋。間接照明だけが私を照らしていた。
 スマホが光るだけで、すごく眩しく感じた。

【まだ一人だって聞いたから。よかったら、電話しない?】

 日付が過ぎる少し前。
 まだ友達からのおめでとうメールも来ていない。

【もう一度、話がしたいんだ】

 寂しさに響く言葉だと思った。
 だから、どう返していいのか分からなかった。
 好きの気持ちは消えていない。どちらとも。そして私はまだ、彼の方が好きだ。だけど、この寂しさに耐えるのは、もう限界だった。
 甘えたい。その好意に。
 見込みのない恋なんて手放して、あなたの腕に飛び込みたい。
 スマホが音をたて、震える。あなたからの着信。
静かになるのを待って、私はスマホを握った。

【ごめん。私まだ】

 あなたに嫌われるのが怖いんだ。

【好きなんだ】

 どちらかだけを愛せる気がしないから、嘘でも、あなたの気持ちに答えられない。

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