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恋愛SF小説『レディランサー アグライア編』9

アグライア編9 15章 ジュン

いくらかの痛みと違和感は残っていたけれど、それは覚悟の上だったし、気分は爽快だった。

こんな展開になるとは思っていなかったけれど、自分では止められなかった。何年も我慢していたものが、とうとう爆発したのだ。

ジェイクにぶつかって、よかった。あたしの気迫勝ち。

それに、勝ち負けを言うのはおかしいけれど、ネピアさんの思い出にも勝ったという気がする。ジェイクは辺境に出てきても、ネピアさんを捜しに行くことはせず(こっそり、調査くらいはしたかもしれないが)、あたしの元に留まり、あたしと暮らす道を選んでくれたのだ。

メリュジーヌに忠告されていたので、あらかじめ、処女膜の切除処置は済ませていた。女はいつ何時、そういうことになるかわからないから、準備だけはしておくように、と言われたのだ。メリッサに頼んだら、すぐに内密で医療室を手配してくれた。

どうせ、学校時代の同級生はみんな、大学入学前に処置を済ませている。あたしもいずれそのうち、と思いながら、後回しになっていただけ。

世界が晴れ上がった。ついにジェイクを征服した、という感じ。ずっとあたしを子供扱いしていたけれど、とうとう降参させたわけ。

(ちゃんと、あたしを愛してくれていたんだ。責任感とか、親父への義理立てばかりじゃなくて)

嬉しくて、つい顔がゆるんでしまう。バイオロイド女性に手を出したのも、あたしをあきらめようと苦しんでいた結果なら、許してあげられる。

もちろん、二度とそんなことはさせないつもり。人間の女性と、ちょっとくらい気分転換するのはまあいいとして(どうしても浮気するなら、あたしにわからないようにしてほしい)、バイオロイドの女たちには、それぞれ自立して幸せになる道を選ばせないと。

人間は、バイオロイドに対して責任がある。彼らが自立するまで、支えなくてはならない。たとえその先で、バイオロイドが旧人類を圧倒することになったとしても。
 
一つ残った問題は、エディのことだ。

あたしだって、エディの善意と好意はよくわかっている。でも、それが純粋な恋愛感情でないこともまた、わかっている。どうしても、罪滅ぼしという側面がつきまとうのだ。エディが仲間を失って苦しまなかったら、軍を辞めて放浪することも、あたしに出会うこともなかっただろう。

どちらにしろ、ここまであたしの人生に関わらせてしまった以上、あたしにはエディに対する責任がある。エディの意志を確かめ、それに添って対応しよう。

人工の陽光が都市を照らす朝、あたしは浄水場の施設見学に行く大型車の中で、エディに話しかけた。

「ねえ、あたし、あんたに確かめたいことがあるんだけど」

「うん、なに?」

と金髪のハンサムはにこにこしている。疑うことを知らない子犬のようで、こちらの胸がきゅんと痛くなる。ルークとメリッサも一緒だけれど、彼らは前の運転席区画にいるから、真ん中のオフィス区画にはあたしとエディだけ。

「これまで、はっきり聞いたことないと思うんだけど、あんた、あたしのことが好き?」

エディは戸惑ったらしい。

「えっ、どういう意味?」

ほんと、間が抜けている。ハンサムなだけに、余計、無防備さが際立つのだ。

「友達のままでいいのか、それとも、あたしと結婚したいくらい好きか、って聞いてるの」

エディは不意を突かれたようで、見るも気の毒なくらい狼狽した。

「それは、その、なぜ、急にそんなこと……」

空手で鍛えた立派な体格をして、おどおど、びくびくするんだから。でも、こういう気弱なところがあたしは好き。頭脳明晰で何でもできる優秀な男だから、そのことが逆に、エディの負い目になっているのだ。

「はっきり答えてよ。それによって、あたしも対応を考えるんだから」

と宣告したら、すっかりうなだれて、悲愴な顔になってしまった。まるで、振られることが確定したかのように。

「好きだよ……愛してる。世界で一番。初めて会った時からずっと、きみを追い続けてきた」

なんだ、ちゃんと言えるではないか。

「ただ、今はきみが大変な時期だから、告白なんかしたら、重荷を増やすだけだと思って……騎士でいられるなら、それでいいと……だけど、きみがはっきりさせたいなら、言うよ。きみと結婚できたら、どんなにいいかと思ってる」

そうか。ジェイクやナイジェル、みんなの言った通りなのか。罪滅ぼしの気持ちが底にあっても、その上に恋愛感情が重なってしまい、すっかり溶け合っているのなら。

シドの事件の時、エディが死んだと思った時の後悔と絶望は忘れていない。もう二度と、あんな思いをするのは嫌だ。

だから、エディがあたしを愛しているなんて、知りたくなかった。昨夜までは。ナイジェルが言うように、ただ愛させておいて、何も報いないのでは、あまりに冷酷すぎる。

それにしても、そうまであたしを思ってくれているのなら、もっと早く告白してくれればよかったのに。シドやティエンのように。あっちは図々しすぎるし、こっちは遠慮深すぎる。ジェイクだって、あたしがぶつからなければ、本音を出してくれなかった。男って本当に、厄介な生き物だ。

「それじゃ、今夜返事をするから、部屋で待ってて。夕食の後に、あたしの方から行く」

と言って、話を仕事の方に切り替えた。宙吊りにされたエディは、いかにも不安げで落ち着かない様子だったけれど、夜まで精々、どきどき、そわそわすればいいのだ。意気地なしの罰である。

あたしだってこれまで、あれこれ悩んできたのだ。だって、男から告白してくれないと、女は動きようがないではないか。

これまで、いろんなお姉さんたちに忠告されてきたことを、あたしも女の基本だと思っていた。

『自分を、高嶺の花にしておくのよ』

『追うんじゃなくて、追わせるの』

『そうでないと、男は図に乗るんだから』

それなのに、こちらが気にかけている男ほど、引っ込み思案なのだから。

まあいい。とにかく、こちらの腹は決まった。あとは、去るか残るか、彼ら自身に決めさせればいいのだ。

***

昼間の青いスーツを脱いで、シャワーを浴び、女らしいサーモンピンクのワンピースに着替えた。それから、同じ階にあるエディの部屋に行く。

あたしがどこで夜を過ごすか、ビルの管理システムにも、警備責任者のエイジにも丸わかりだけど、エイジはたぶん、余計なことは言わずにいてくれるだろう。

エディをあたしの部屋へ呼ばなかったのは、ジェイクと鉢合わせさせないためだ。

ジェイクには、今夜は一人で寝ると伝えておいた。昨日の今日で、まだ痛みが残っているから、と。

それでも、ふらりと、お休みのキスでもしに立ち寄るかもしれないし。あたしが留守なら、行く先がエディの部屋とわかっても……押しかけてはこないだろう。

実際には、あたしが医療室で〝前処置〟を受けた時、想定していた相手はジェイクではなかった。ジェイクの部屋から出ていく女性を見かけて、我慢しきれずに怒鳴り込んでしまうなんて、あたしの予定表にはなかったことだ。

今となっては、幸運な巡り合わせだったと思う。あれがなければ、あたしは当たって砕ける勇気が出なくて、ジェイクに告白しないまま、手放してしまっていたかもしれない。

昨夜は幸せだった。どんな空想より、素晴らしかった。大きな手でブラウスを引き裂かれた時は、鋭い快感が走ってしまい、それだけで気絶しそうだったほど。

あたしは恋愛体質じゃないと自分で思っていたけれど、それは、ただ、我慢が常態化していただけなのだろう。

それでも、エディに対しては、幾つもの負債がある。エディがあたしに望むことなら、大概のことは叶えなければと思っていた。

ズボンの上から愛撫したくらいでは、到底足りないとわかっていたのだ。男に強姦寸前までの行為をされるなんて、どれだけエディの自尊心を傷つけたか。

あいつは、自分が強いと思っているマッチョ野郎なのだから。

強いことを当然と思っているからこそ、自分が受け身の立場に立たされるなどという屈辱、認められないのだ。

その自意識を、あえて傷つける必要はないとあたしは思う。もしも傷ついてしまったら、そこから立ち直るしかないけれど。

エディは昼間のスーツ姿のまま、上着だけ脱いで、そわそわしていた。

「何か飲む?」

と、すぐさまお茶を淹れかねない態度なので、

「いいから、座って」

と一緒にソファに落ち着かせた。贅沢な夕食を食べた後だから、もう何も入らない。

「今更言うまでもなく、よくわかってると思うけど、あたしと一緒にいたら、この先、いつ命がなくなるかもしれないよ。それでも後悔しない?」

するとエディは、苦笑する。

「その場になったら、死ぬのは怖いと思うよ。みっともなく、じたばたするかもしれない。でも、きみを好きになったことは、絶対に後悔しない」

では、あとはなるようになる、ということにしよう。

「それじゃ、今から、あんたをあたしのものだと思うことにするけど、それで文句ない? 一生、あたしのものと思っていい?」

するとエディは、青い目を見開いた。意味が通じなかったかと思ったら、壊れた機械のように、がくがく首を縦に振る。

「もちろん、もちろん、ずっときみのものだよ……一生、きみに付いていく」

この、お人好しの大間抜け。他の女性を選んでいれば、もっと平和な人生だったのに。

あたしなんかを好きになったばっかりに、明日はまた大ショックを受ける羽目になる。

でも、それであたしに愛想を尽かすのだったら、その方がエディのためだ。さっさと中央に帰ればいい。

その前に、せめて今夜だけでも、いい夢を見てもらおう。今日まであたしに優しくしてくれた、そのお礼。

あたしはエディの顔を両手で挟み、引き寄せて、唇にキスをした。何度も繰り返し。ジェイクの場合より身長差が少ないから、やりやすい。エディはぼうっと、されるままになっている。

こら、それでも男か。あたしがここまで動いたんだから、少しは自分から何かしてよね。

「一緒にお風呂に入る?」

と尋ねたら、ぎょっとした様子。

「あの、まさか、そんな」

何がまさか、なのだ。キスだけで満足だとでも?

「明日も命があるって保証はないんだから、今日のうち、できることは全てしておきたいの。それとも、あたしとお風呂に入るのは嫌?」

「そんな、まさか、とんでもない。だけど、ぼくはその、約束を。親父さんと、約束したんだ。きみとは、節度ある付き合いをするって」

親父も、余計な気を回していたらしい。

「そんな約束、もう無効だよ。辺境まで来てしまったんだから、市民社会の常識なんか、気にしなくていいの。というより、エディはあたしと結婚してくれるんでしょ? それって、最大限に真剣な決意じゃない?」

エディは可哀想に、泣きそうな顔になった。

「結婚、してくれるの。ぼくと」

「エディさえその気なら、ね」

もはや、息が止まりそうな顔。

「もちろん、もちろんだよ」

と、声までひきつっている。

「じゃあ、これの続きをしよう」

あたしはもう一度、エディにキスをした。エディは惚けている。自分が極悪詐欺師になった気分。

「ねえ、いつまで受け身でいるつもり? ティエンだったら、自分からあたしを抱き上げてくれると思うな」

意地悪く言ったら、ようやく焦った様子になった。

「頼むよ、そんな恐ろしいこと言わないで!! 他の男とは、握手だってして欲しくないんだから!!」

それからようやく、あたしを腕の中に抱きしめてくれた。それでも、震えているのがわかる。そんなに緊張しなくていいのに。

エディが経験不足だって、ぎこちなくたって、あたしがエディを嫌ったりするはずないんだから。

***

我ながら、ずいぶん非道な真似をしていると思う。エディをこんなに喜ばせ、夢中にさせてしまうなんて。

でも、エディはあたしが〝初めて〟だと信じた。昨日の今日だから、前処置をしてあったとはいえ、まだいくらか痛いのは本当だし、慣れるまでには至っていないから、当然だ。

昨日は、あたしの方が無我夢中でジェイクにしがみついていたけれど、その経験のおかげで、今日はだいぶ冷静でいられた。

だから、さりげなく、誘導するとはわからせないで、エディを誘導できたと思う。エディはタイミングがつかめず、もたもた、おろおろしていたから。あたしが要所で巧く誘導しなかったら、どうなっていたことか。

「ああ、ジュン」

エディはあたしを抱きしめ、不器用なキスを肌に滑らせ、うわ言のように何度も繰り返した。愛してる、ぼくは幸せだ、生まれてきてよかったと。

まったく、間抜けなんだから。あたしなんかに、いいように扱われて。二股かけられていると後で知ったら、どんな顔をするだろう。

エディが傷ついて泣くかもしれないと思うと、こっちの方が泣けそうになってくる。

だから、あたしの方からエディを捨てることはしない。エディがあたしに愛想を尽かして、去っていくまでは。

エディは満足すると、力尽きたようにあたしの横に倒れ込んだ。あたしもしばらく、動けそうにない。エディは若いだけあって、技術はないけど馬力はある。

(相手が二人って、結構大変かも……)

ジェイクの時はあたしが受け身で、エディの時は導く側。どちらもいい。快感は受け身の時の方が深いけれど、相手を誘導するのは、ゲームに似たスリルがある。

そのうちエディも慣れて、能動的になり、あたしをうっとりさせるようになってくれるだろうし。

でも、悪くすると、どちらにも呆れられて、早々に見捨てられてしまうかもしれない。俺たちはおまえの飼い犬じゃない、とか何とか。

そうなったら、それでいい。

寂しくなるだろうけど、本当は、あたしなんかと付き合わない方が幸せなのだもの。あたしは、連帯する女たちがいれば、それでやっていけるだろう。

***

翌朝になると、あたしは自分の部屋に戻って身支度をした。

オレンジゴールドのドレススーツ、金のネックレスと大粒エメラルドのイヤリング。薔薇の香水を一吹き。戦場に臨む気分で、みんなの集まる食堂に行く。

ジェイクはもう来ていて、中央のニュースについてユージンと話していた。ルークとエイジ、メリッサもじきに揃う。

エディも、照れた顔でやってきた。何でもないふりをしようと努力しているものの、誕生日かクリスマス直前の子供みたいに、浮かれてそわそわしている。メリッサなら、この変化を見逃さないだろう。

「おはよう」

あたしはみんなに笑顔を振りまいてから、つかつかジェイクの元へ行って手を伸ばし、金茶の髪をオールバックにした彼の頭を、あたしの方に引き寄せた。

「昨夜は、一人にしてごめんね。寂しかった?」

と言ってから、彼の口の端にキスする。

室内の全員が(エイジは別として)、唖然として凝固するのがわかった。それからあたしは、愕然としているエディの元へ行き、

「今夜はジェイクの部屋に泊まるから、一人にするけど、許してね。明日にでもまた、埋め合わせするから」

と唇にキスして言う。

皆の視線が、あたしと二人の男の間を行ったり来たりした。エディがようやく、理解した顔になっている。

「ジュン、まさか……まさか、きみ……」

「そう。あたし、あんたたち二人とも、自分のものにしたいの。文句ある?」

腰に手を当て、にこやかに部屋中を見渡した。ジェイクは消え失せたい顔をしているし、エディは蒼白になってしまった。エイジは疲労したように額を押さえ、ルークは言葉もない様子。メリッサは、何か懸命に計算しているらしい。

みんな、あたしが辺境の毒にやられて、魔女になったとでも思うかな。

聞き覚えのない笑い声が響いたと思ったら、それはユージンである。珍しい、というか初めてだ。彼が声を上げて笑うなんて。

「そうきたか。いや、若い子は怖い。両方取るとはな」

救われた思いで、彼に向き直った。そう、笑い飛ばしてくれるのが一番だ。

「それって、褒めてるの?」

「ああ、感心してる。メリュジーヌが聞いたら、喜ぶだろう。それでいい。そのくらいでないと、辺境では生きていけない」

そういう反応とは思わなかったけれど、構わない。あたしはもう開き直っていたので、大威張りで言った。

「男は昔から、何人でも、好きな女を侍らせていたでしょ。英雄豪傑なら、何百人集めても文句は言われなかった。それなら、あたしに男が二人いたって、どうってことないでしょ。エディ、あたしを誰かと分け合うのに耐えられないのなら、中央に帰って構わないよ」

人生経験を積んできたジェイクはともかく、純情なエディには、乗り越えられない障壁かもしれない。

二人の男が心配顔で互いの反応を探っているうち、メリッサが実際的な心配を始めた。

「ジュンさま、このことはまだ、外部には公表しないで下さい。今はいけません。人気上昇中なんですから、ファンの夢を壊してはいけません。誰と付き合っても構いませんから、ここだけの話にしておいて下さい!!」

あたしはふふんと鼻で笑った。

「宣伝するつもりはないけど、いずれは知られるよ。あたし、演技は下手だし」

メリッサは、両手を唇の前で合わせた。

「とにかく、メリュジーヌさまに報告します。わたしはてっきり、エディさんだとばかり……まあ、ちょっと、微妙なものを感じてはいましたが……まさか、両方とは……ああ、でも、いいのかもしれない。元々、エディさんとの噂はあったわけだし……複数の男性と付き合えるのなら、他の男性も希望を持てるかもしれないし……ファンには、逆に喜ばれるかも……」

納得が早いな。さすが、有能な秘書。

最近、理解できるようになったのだが、メリッサは〝オタク気質〟なのである。自分が男性相手に恋愛するよりも(恋愛経験が皆無ではないらしいが)、誰か崇拝対象を見つけて、信徒のように、のめり込む方が楽しいらしい。

その対象が、以前はメリュジーヌだったようなのだけれど、今はあたしにシフトしているらしい。

そうして、趣味と仕事が一致している時、メリッサは最大級の有能さを発揮する。情熱がありながら、冷静な計算もできるという、願ってもない秘書である。

「あたしとしては、これ以上、相手を増やすつもりはないけどね」

と答えた。ティエンは弟のようなものだし、彼には責任を負っている女たちがいる。他に、新たな恋愛対象が現れるとも思えない。大事な男が二人いれば、それでもう十分すぎるくらい、十分だ。

「メリュジーヌの反応が楽しみだね」

もしも反対されたら、その時のことだ。あたしがあたしの幸福を追求して、何が悪い。『何でもあり』が、辺境の大原則ではないか。

***

「まったく、信じられん。俺と過ごした翌日に、すぐさま……」

ジェイクは不機嫌にぶつくさ言っていたが、だからといって、エディと喧嘩するつもりはないらしい。

エディはあたしに騙された被害者のようなものだし、元々、ジェイクはエディを弟分として可愛がっていたのだ。ことによると、あたしよりも可愛いと思っているかも。

男同士の絆というやつは、時によって、女には入り込めないくらい堅い。

あたしはセンタービルの自分の部屋で、二人の男を前にしていた。屈強な長身のジェイクと、すらりとしたハンサムのエディ。

二人とも、あたしに腹を立てて立ち去る代わり、おとなしくあたしの部屋にやってきた。

あたしたちは、今後の計画を立てなくてはならない。男二人に女一人で、どうやって安定した関係を保っていくか。

エディはしばらく、茫然自失の態だった。怒るというよりは、あきらめ半分で悲しんでいる。

「話がうますぎると思ったんだ……ジュンがぼくを愛してくれるなんて……ジェイクの次だったんだ……それならわかる……仕方ない……」

別に、どちらが一位で、どちらが二位というものではないんだけど。ジェイクに対する思いと、エディに対する思いは、少し色合いが違う、それだけのこと。二人とも、あたしにとっては大事な存在だ。

「たまにはいいでしょ、逆ハレムも。世の女性に、夢と希望を与えると思わない?」

と、あたしは笑ってみせた。エディは惨めな顔だ。

「そりゃ、きみがゼロより、二分の一の方がずっといい……いや、十分の一だって構わない。そもそも、きみを独占しようなんて、身の程知らずの考えだったんだ……」

と自分で自分を慰めている。エディは元々ジェイクを尊敬しているから、ジェイクに当たるつもりはこれっぽっちもない。

ジェイクは既に、自棄のようにして開き直っている。

「で、どうしたい。何かルールを作るのか。何日おきに、どっちの部屋に泊まるとか」

「ううん、あたしの体調や気分があるから、そういう機械的な決め方は無理。でも、どちらにも不公平にならないように配慮するから、それでいいでしょ」

ジェイクは皮肉で言った。

「3Pにしようとは言わないのか?」

エディが悲痛にうめいた。可哀想に。

「それは無理だな。あたし、一度に一人しか相手にできないもの。あんたたちだって、そんなの嫌でしょ。あたしを挟んで向き合うなんて」

エディはもう、泣きそうだ。

「ジュン、頼むから、女の子が露骨なこと……」

と手で顔を押さえている。そうは言っても、一度は三人で、きっちり話し合っておかなくては。

だいたい、もうそろそろ、〝女の子〟扱いはやめてもらいたい。年齢はまだ若いけれど、あたしはこれでも、人を率いる立場になったのだから。

「あたしはあんたたち二人とも、伴侶にしたいの。側にいてもらって、あたしを支えてもらいたい。できたら、一生」

そのうち関係がこじれて、エディかジェイクのどちらか、あるいは両方があたしから去ってしまうかもしれないけれど、その時はそれでいい。

去ってほしくはないけれど、あたしの側に置いておいて、無駄に死なせることになったら、その方がもっと辛い。

二人とも、気の重い顔で息を吐く。

「まあ、おまえに支えが必要なのは、わかってるよ……」

「それも、一人でなく、何人も……ぼくがその一人に入れてもらっているなら、もう、それで……」

二人とも、頭では理解しているのだ。あたしの立場の苛酷さは。

でも、ここから逃げたいとは思わない。せっかく、有効に戦える場を得られたのだ。ママの夢、ベリルやペトラの思い、大勢のバイオロイドの運命を、あたしが何とかできるかもしれない。

「あたしって、ものすごく贅沢? わがまま? 付き合いきれない?」

「仕方ない……惚れた時点で負けなんだ」

うわあ、ジェイクの口からそんな言葉が聞けるなんて。思わず、にやけてしまう。あたし、いつから惚れてもらっていたんだろ。

「ぼくらの側が、大幅に負けてますよね」

と沈鬱なエディ。

「そうかなあ。勝ち負けの問題? とにかく、これであんたたち二人が、あたしの最大の弱点だと敵に知られることになるんだから、しっかりしてよね」

すると、

「敵って誰なんだろう」

と不思議そうなエディ。どうやら、ショックのあまり混乱しているらしい。

「ぼくらは最高幹部会の下にいるんだから……惑星連邦が敵になる?」

「そうじゃないよ。あたしたちの理想を妨害する者が敵なの。だから、最高幹部会も敵になりうるし、場合によっては、惑星連邦もそう。市民社会の、保守的な市民たちがね」

「潜在的には、世界中が敵ってことか」

とエディは悲しげに言う。

「その代わり、世界のどこに味方がいるかわからないよ。きっと〝リリス〟も同じ理想を持っていると思うし、ハニーさんやカーラさんも、アレンたちもそうだと思う。この現状は変えなければならないって、市民の大多数はきっとわかってる」

それに、口には出せないけれど(ここでの会話は、エイジやメリッサがそのつもりになれば、聞くことができる)、アイリスともきっと手を結べるはず。

今はどこにいて、どれだけ仲間を増やしているのだろう。〝連合〟が敵になるとしたら、アイリスと同盟するしかない。

「アレンだって、双子の両方を同時に愛せたら、あんなに長いことカティさんを苦しませなくて済んだんだ。あたし、彼はきっと、カティさんとアンヌ・マリーのどちらも抱えてやっていけると思うよ。あんたたちも、仲良くあたしを共有してよね」

今はアレンとカティさん、二人でうまく組織を運営している。できれば早いうち、子供も欲しいそうだ。アンヌ・マリーを起こす前に。

「そのうち、ティエンも加わるんじゃないだろうな」

と疑う顔のジェイク。自分は同時に、十人近い女性と付き合っていたくせに。辺境に来てからも、たくさんの女性のお誘い、まめに受けていたこと、知っているんだから。

もっとも、ジェイクに嫉妬されるのは嬉しい。全然嫉妬されなかったら、愛情を疑ってしまうものね。

「まさか、ナイジェルを呼んだりしないよね……」

と、全然わかっていないエディ。そのうちチェリーの小説を読んだら、何か気がつくだろうか。

「とりあえず、二人いれば足りると思うな」

と、あたしは答える。最高の男が二人。あたし、恵まれている。女でよかったな。

「ジュン、親父さんがこのことを聞いたら、卒倒するかもしれない……」

とエディに言われ、

「そうかもね」

と笑ってしまった。親父はたぶん、あたしがエディと普通に結婚することを期待していただろうから。

でも、それはいずれ理解してくれると思う。たぶん、ドナ・カイテルが皮肉な一言で、親父を納得させるのではないだろうか。

『あなたが、強い娘に育てたからでしょ』

とか何とか。今となっては、ああいう女性が親父の支えになってくれたことを、感謝するべきかもしれないと思う。もしも親父に敵が現れたら、ドナ・カイテルが容赦なく叩き潰してくれるのではないだろうか。

そもそも、あたしは、普通ではない夫婦の元に生まれ育った。ママの姉妹であるアイリスが聞いたら、きっと笑うだろう。そんなことで悩むなんて、人類は不自由ねって。

アグライア編9 16章 エディ

ジュンはまったく、まぶしいくらい晴れやかで、美しい。毎朝、華麗な衣装で現れて、ぼくとジェイクの双方にキスしていく。

「おはよう。今日は、どっちが〝あたし当番〟だっけ?」

警備隊長のエイジは可能な限り、ジュンに付き添うし、それに加えてぼくかジェイクのどちらかが、日替わりでジュンに付いて歩く。メリッサも、大抵は同行する。誰が付くかは会議や視察などの予定に連動して変わるので、土壇場での変更もある。

ユージンもメリッサも、ルークもエイジも、ギデオンのような旧来の幹部たちも、《ヴィーナス・タウン》の姐御たちも、

(この娘なら、男の二人や三人、奴隷にしても当然だろう)

と納得してしまっている。

メリッサから報告を受けたメリュジーヌも、笑って『二人の男』を認めたそうだ。元々、ぼくが奴隷だったところに、もう一人の奴隷が増えたというだけの話。

ジュンとしてはおそらく、

(あたしに惚れてくれた男に、何か報いてあげなくては悪い)

という気持ちなのだろう。

もしかしたら、ぼくに対してもジェイクに対しても、熱烈な恋愛感情というより、寛大な哀れみを抱いているだけなのかもしれない。だからジュンにとっては、その慈愛の対象が一人でも二人でも問題ないのだ。

どのみち、惚れているのだから、ジュンと二人きりの時間が持てるのは、舞い上がるほど嬉しい。他の晩はジェイクの腕の中だと思うと、余計に燃え上がってしまう。

彼と比較して、下手とか早いとか思われているのではないか、そう想像すると怖じ気づいてしまうけれど、ジュンはからから笑う。

「あたしがあんたを好きだと言っているんだから、他にどんな保証が必要なの? 学習能力は高いんだから、技術はすぐ上達するよ」

心配なのは、親父さんがどう思うかだ。

やはり、世間には噂が洩れていく。センタービルの下級職員も、ぼくたちが接触する他組織の男たちも、ジュンの態度の変化には気づいて当然だ。何しろ、人前でも堂々と、ぼくたちにキスするようになったのだから。

「ジュン・ヤザキは、側近の男連中を全員、自分の奴隷にしているんだとさ……」

「毎晩、違う男が寝室に呼ばれるらしい」

「まだ若いのに、最高幹部会に買われるだけのことはあるわけだ」

「やっぱり魔性だな」

「メリュジーヌの弟子だけある。男どもは片端から精気を吸われて、捨てられるんだとさ」

それは誤解だ、乱脈などではなく、たった二人だけのことだと、親父さんが卒倒する前に説明しなくては。

そうしたらジュンが、楽しげに言う。

「大丈夫だよ。それは、ドナ・カイテルに説明してもらうことにしたから」

親父さんの誘拐犯として逮捕され、中央の隔離施設にいるドナ・カイテルに連絡を取り、事情を説明したというのだ。

「親父はほとんど毎日、彼女に通話してるんだ。彼女が刑期を終えたら、一緒に暮らすんじゃないかな」

ジュンはもう、彼女に嫉妬しないのだろうか。最初は、変装して尾行するほど、親父さんのデートを監視しようとしたのに。

「もちろん、ちょっとは悔しい気もするけど、仕方ないよ。誘拐するくらい、親父が好きだったんだもん」

今の自分なら、ドナ・カイテルを逮捕したりせず、そのまま違法都市に残してきたのに、とジュンは言う。

「あの頃は市民社会の枠に囚われていたから、犯罪者は逮捕するもんだとしか考えられなかったんだ。親父さえ取り戻せれば、それでよかったのにね」

その枠を、ずいぶん軽々と飛び出してしまったものだ。ジュンのお母さんが超えたのとは、逆の方向に。

***

「どうせなら、お披露目をしよう」

とジュンが決めたのは、魔性の噂に飽きたからだと思う。最初は面白がって聞いていたが、ついに食傷したのだ。見境のない女吸血鬼のように思われることに。

辺境には、市民社会のような法律も制度もないが、ぼくたちが『結婚』という言葉で関係を公にすれば、それで面白半分の噂話は消える、と考えたらしい。

ぼくたちは話し合い、違法組織の幹部たちを招いて、パーティを開くことにした。いつもの小規模な親睦会ではなく、千名近くを招待した、大きな催しになる。

ぼくらはこれまでもジュンの側近として、親睦会に出席してはいたが、接待側の一員として、隅に控えていただけだ。

それが今回は主役になり、まばゆい金色のドレスを着たジュンの両脇に、フォーマルスーツ姿で立たされることになる。センタービルの一番広いパーティ会場を、三つ使っての大宴会だ。

照れるし、緊張もするが、これで故郷の家族も、少しは安心できるのではないだろうか。

親父さんとバシムには、ジュンとジェイクと三人で報告した。ドナ・カイテルからあらかじめ説明を受けていたこともあり、親父さんは冷静だったと思う。

「まあ、めでたい……ことなんだろう。きみたちが、それでいいというのなら」

難しい顔ではあったが、祝福してくれた。末永く、娘をよろしくと。

本当なら、親父さんたちにも出席してもらうところだが、軍と司法局に軟禁されている身には変わりないので、報道される映像だけで我慢してもらうことになる。

違法組織の情報部門だけでなく、中央からも放送局の取材班が押し寄せるから、ニュースでもたっぷり放映されるはずだ。

招待者の顔ぶれは、いつもより幅広くしたので、中央から〝現地調査〟に来ている学者やジャーナリスト、偵察任務の司法局員、軍人たちも混じっていた。彼らの半数は、女性である。

違法組織の幹部だけだと男性が多いので、おかげで女性比率が上がって、会場が華やかになる。

当日は、センタービル全体が麗々しく飾り立てられた。花火こそ上げなかったが、人間とバイオロイドがの混成楽団が切れ目なく音楽を演奏し、あちこちに花やリボンが飾られ、職員たちがシャンパングラスを並べて接待に動き回り、次々にやってくる正装の客たちを案内する。

「てっきり、お相手はエディさんだと思ってたんだけど」

「両方とは、驚いた」

「でも、オウエン氏とも似合ってる」

「一人の男では、とても支えきれないんだろう」

という声が聞き取れた。ぼくとジェイクが並んで立てば、どうしてもぼくが見劣りすると思うが、それは仕方ない。これからもっと経験を積み、実力をつけて、貫禄を増せばいいのだ。
 
「ジェイク・オウエン、エディ・フレイザー、この二人を改めて、わたしの伴侶として紹介させて頂きます。三人で協力し、皆様の応援を頂いて、この《アグライア》を発展させていきますので、これからも、どうぞよろしくお願いします」

とジュンが簡単に挨拶して、お披露目の会を始めた。

都市の発展を願い、〝結婚〟を祝して、会場に溢れる客たちが乾杯する。伝統的な結婚の形式からは少し外れるが、違法都市としては、これで十分なのではないだろうか。要は、多くの人に、ぼくらの決意を知ってもらえばいいのだ。

あとは祝福の言葉、贈り物の披露、雑談、料理、音楽、ダンス。外から雇った歌手やダンサーたちが入れ代わり立ち代わり、会場を盛り上げる。

ぼく個人としては、見世物の立場に慣れず、笑顔がこわばりがちだったが、それはジェイクも同様だっただろう。しかしジュンは、ゆったりとしてにこやかだった。

「おめでとうございます」

という言葉を受け、

「ありがとう」

と返しながら、素早く適切な外交をこなしている。

「あの件ですが、うちの秘書が後でご報告しますので」

とか、

「もしご祝儀を頂けるのなら、あの件は、大目に見て頂くことでどうですか?」

とか。

既に顔なじみの、他組織の幹部たちは、噂の段階で納得していたらしい。

「これで、話が分かりやすくなった」

「違法都市の流儀に馴染んだ、ということだな」

「辺境に腰を据えた、という覚悟の表明でもある」

と、おおむね歓迎の様子。

中央のジャーナリストたちは、もちろんこの大ネタを撮影し、回線経由で市民社会に届けている。ぼくらは何枚も写真を撮られ、コメントを求められた。

それでも、内心で心配していたような、寝室に踏み込むタイプの下世話な質問はほとんどなかったので、ほっとする。かろうじて、笑みを保てるような質問が多かった。

どちらが第一の夫で、どちらが第二なのか、とか。

互いに嫉妬はないのか、とか。

第三、第四の男が現れたら、認めるのか、とか。

たぶん、ジャーナリストたちは、事前にメリッサに警告されていたのだと思う。総督閣下の機嫌を損ねるような質問をしたら、二度と招待いたしません、とか何とか。

《ヴィーナス・タウン》支部からは、アマリア以下、女性幹部が七、八人来ているので(女性比率を上げるため、女性の部下たちの同伴も頼んであった)、彼女たちからも祝福を浴びた。

「おめでとう、個人的には残念だけど」

「浮気したくなったら、いつでも声をかけてね」

というお言葉には、有難く微笑むだけにしておく。

ジュンは事前に、ハニーさんにも挨拶し、祝福されていたようだ。女はやはり、伴侶がいると安定すると。

《ヴィーナス・タウン》は基本的に男子禁制で(シェフやデザイナーなど、わずかな男性専門職がいるだけだ)、内部の女性たちは、恋愛したければ組織外でのみ、男性と付き合うらしい。しかし、創業者であるハニーさんだけは、男性の恋人を本拠地の最奥に隠しているらしいのだ。

その男性が背後に控えているからこそ、安心して仕事に打ち込めるのだという。まだ紹介してもらったことはないが(敵持ちなので、顔をさらしたくないという)、たぶんぼくのように、補佐に徹することを決めた、地味で実務的な男性なのだろう。アンヌ・マリーに対するアレンのような。

男優位の辺境で、そういう覚悟ができる男は、たぶん貴重なのだ。

ユージンも、そういう資質があるから、メリュジーヌに抜擢されたのだろう。彼女もおそらく、男の多い最高幹部会で、色々な苦労をしてきたに違いない。

そのユージンはジュンの晴れ舞台を隅から眺めて、黙っていた。暗色のサングラスには、溢れんばかりの花や、グラスを持つ人々、踊る男女が映っている。

「今日くらいは、どうですか」

と、ぼくは彼にシャンパンのグラスを手渡した。彼にとっては職務時間中だから、いつもなら酒は飲まないと知っているが。

「そうだな。まあ、一口なら」

ぼくたちが《アグライア》に到着するまで、彼が相当な辛抱強さでジュンの世話をしていたことを、ぼくは理解している。

「改めて、お礼を言います。色々と、助けてもらいました」

と言ったら、苦笑している。

「ちょっとだけ、味わったよ。娘を嫁に出した父親の気分てやつを」

もしかして、ユージンにも娘がいる……いたのだろうか。ジュンを、その娘に重ねていたのだろうか。

だが、過去は詮索しないのが辺境の礼儀。

「まだ、いてくれますよね」

既にユージンの負担は、かなり軽くなっていると思う。だが、ルークとエイジがいずれ中央に帰ってしまうことを考えれば、ジュンを補佐する陣容はまだ不足だ。

「まあ、もう少しはな。だが、そう長いことではないだろう。改革は成功している。きみたち二人が、ジュンを支えられるはずだしな」

いや、まだ足りない。辺境では、安心など有り得ないのだから。

***

お披露目と前後する数日間に、ジュンのオフィスには、各組織からの贈り物や、その目録が積み上げられた。ジュンの誕生日の時もそうだったが、贈り物の豪華さを見るだけで、ジュンの地位が安定したことがわかる。

湖で使うための豪華クルーザー。乗馬用の馬。珍しい宝石。地球時代の古典絵画。

大通りに面した大型ビルを丸ごとというのは、《キュクロプス》以外の大組織の最高幹部たちだ。

メリュジーヌからは、ジュンの乗艦にするようにと、大型の新鋭艦を一隻。 
 
 市民社会の結婚とは少し違うとしても、辺境では珍しい慶事なのだ。中央のニュース番組でも、トップ扱いだった。ジュン・ヤザキが《エオス》の元クルー二人を、同時に夫にしたと。

好奇の目で見られるのは何だが、ジュンがぼくらとの関係を世界に発信してくれたことは、やはり嬉しい。

ジュンが堂々としているなら、ぼくだってそうすればいい。

郷里の母と姉には前もって連絡し、お祝いの言葉を受けていた。辺境から市民社会への通信は、本来、違法なのだが、司法局が特例扱いで中継してくれるので、動静はまめに知らせている。今頃はきっと、親戚や知人たちからの、好奇心満々のお祝い通話が殺到しているだろう。

艦隊勤務の父はおそらく、

(女の一人さえ、一人で支えられんのか)

と、苦い顔をしているだろうが。

「パパだって、ほっとしているわよ。意地があるから、そうとは言わないけど」

と姉のアリサが笑って言う。

「あれで、ジュンちゃんの大ファンなのよ。こっそりニュース映像を集めていること、間違いないわ。ただ、夫が二人というのは、しばらく悩むでしょうね」

それは、仕方ないのだ。ジュンは非凡だが、ぼくは平凡なのだから、一人では支えきれない。珍しい経歴を持つジェイクだって、ジュンと比較したら、やはり凡人だろう。

だが、世界は天才や豪傑だけで構成されているわけではない。たくさんの凡人が、少しずつ貢献して歴史を作っているのだ。堂々と、凡人の人生を送ればいいではないか。

はるか離れた違法都市のティエンからは、祝福のメッセージを添えた豪華な花束が来た。おまけとして、趣味のいいジュエリーが添えられている。

『ジュン、おめでとう。きみが永遠にぼくの女神であることは、変わらない。今はとりあえず、彼らに預けておく』

負けず嫌いの奴だ。通話してこないのは、笑顔を保つ自信がないからか。少なくともこれで、奴にもわかっただろう。ジュンにとって、奴とぼくでは、存在の重さが全く違うのだと。

(何年経っても、おまえの出番はないぞ)

こちらは俄然、闘志が湧いてくるから、ライバルというものも、いていいのかもしれない。

中央のナイジェルとチェリーからも、お祝いの通話が来た。ナイジェルだけなら無視するのだが、チェリーが一緒では、笑顔で応対するしかない。

「エディお兄ちゃま、結婚おめでとう。今はまだ無理だけど、そのうちきっと会いに行くわ。一般市民が《アグライア》に行けるようになったら、絶対行くから待っててね!!」

チェリーが楽しい学校生活を送っているようなので、こちらは安心だ。ナイジェルが後見人みたいな顔をして横にいるのは、不愉快だが。

「まあ、精々、ジュンに飽きられないように頑張るんだな。きみの後釜なんか、いくらでもいるだろう」

という態度は、いつもながらのこと。

「そっちこそ、何か悪さをしたら承知しないからな」

チェリーが同席しているので、チェリーに対する悪さ、とは言えなかったが。

「ナイジェル、チェリーの力になってくれてありがとう。二人でこっちへ来る時は、歓迎するからね」

とジュンは優しい笑顔だ。なぜこんなプレイボーイに肩入れするのか、いまだにわからない。

アレン・ジェンセンとカトリーヌ・ソレルスからも、通話申し込みが来た。アンヌ・マリーの築いた組織だが、何とか二人で維持しているという。

「きみたちを見て、励まされたよ」

アレンが赤毛の美女の肩を抱いて、笑顔で言う。

いや、こんな状態、手本にしてもらって、いいのかどうか。

「いま、カティが妊娠しているんだ。双子でね。子供が生まれて落ち着いたら、アンヌ・マリーを起こすよ。そして、彼女を説得する。愛する相手を、一人に限定する必要はないんだ。きっと三人で、いや、子供たちも含めて、うまくやるよ。アンヌ・マリーもおそらく、子供が欲しいと言うだろうし」

「うん、きっとうまくいく。カティさん、いい顔になってるもの」

とジュンは微笑んでいた。

「手助けすることがあったら、あたしたちで手伝うし」

「ありがとう。きみが友人扱いしてくれるおかげで、他組織からも、それなりの敬意を受けられる。助かっているよ」

ジュンの名前は既に辺境で、かなりの重みを持つようになっている。《ヴィーナス・タウン》との提携が実現したことも大きい。

「子供が生まれたら、あなたの名前をもらっていいでしょう? 男の子と女の子の双子なの。男の子の名前はアレンのお父さまからもらうけど、女の子はジュンにするわ」

とカティさんは幸せそうだ。二人とも、郷里の家族とこっそり連絡を取り、親不孝を謝罪したという。

「いずれ、中央との行き来がもっと増えたら、孫を抱いてもらうこともできるよ」

とジュンは言う。

そういう未来のために、ぼくはぼくで、ジュンの補佐をしていけばいいのだ。一生、それを期待すると、ジュンが明言してくれたのだから。

   アグライア編10に続く

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