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第79話 藤かんな東京日記③〜井川意高さんのトークライブに行く〜


地獄を味わった人がサザンを熱唱する

 2023年12月12日、井川意高さんのトークライブに行った。
 井川さんは大王製紙の元会長。仕事ができて頭もいい超エリートだったが、カジノにハマり、会社の金を106億円使い込み、刑務所で3年2ヶ月過ごした。そんな波乱の人生を送ってきた人だ。
 彼の懺悔録とされる著書『熔ける』を読んだ後、”不思議な人だな”と感じたのを覚えている。懺悔録のわりには媚びるような自己主張がなく、誰かに言われて渋々書いたようなそっけなさを文章から感じた。でもそれが彼に興味を持つ理由になった。いったいこの人はどんな人なのだろうと。
 それから彼のYouTubeやXを見るようになり、毎月トークライブをやっていることを知った。せっかく東京に来たのだし、興味のある人に会えるチャンスだからと、ライブに参加してみることにした。
 
 50名くらい入る代々木のライブハウスライブ。前から3列目の一番右端の席に座った。座席には封筒が1つ置いてある。中には井川意高さんの生写真が入っていた。

井川意高さん生写真

「魔除けやな」
 少し緊張がほぐれた。年末のスペシャルライブということもあり、ステージにはバンドセットが置かれていた。井川さんが歌を披露してくれるのだ。何を歌うんだろう。早く始まらないかな。
 ライブが始まり、半袖Tシャツ姿の井川さんが現れた。胸にプリントされているのは小池栄子だろうか。
 早速歌が始まる。曲はサザンオールスターズの『涙の海に抱かれたい』。スクリーンには小池栄子さん出演のPVが流れる。生バンドと一緒に歌う井川さんはとても楽しそうだった。
 106億もの借金を作って、刑務所も入って。地獄を味わった人が、目の前であんなにも楽しそうに歌っている。胸にグッとくるのもがあり、思わず泣きそうになった。「井川さん生きてくれてありがとう」と声に出したかった。まだライブは始まったばかりなのに。

井川さんが心に残った本は何?

「ご視聴ありがとうございました。平日の夜に安くない参加費を払って、僕のカラオケみたいな歌を聴きにくるなんて、みなさんはモノ好きですね」
 歌が終わった後、井川さんが笑って言った。少し手が震えている。緊張してるのかな。スピリタスが足りないのかな。スピリタスとは井川さんがいつも飲んでいるアルコール度数96の酒である。
 井川さんはスピリタスを1杯飲んで、トークに入った。時事ネタを10分ほど話して、観客からの質疑応答に入った。
「このライブはインタラクティブにやろうというのがモットーですので、なんでも好きな質問をどうぞ。以前は、月に何回セックスするんですか、と聞かれたこともありました」
 井川さんに対して少し怖いイメージを持っていたけれど、サービス精神もユーモアもある人で嬉しくなった。
 質問するかどうか悩んでいると、1人の男性が質問した。みんなの目線が彼にさっと集まる。こんなに注目されたら、ますます質問をする気が引ける。でもせっかく来たんだし、井川さんに直接質問できる機会ないし、どうしよう。そう思っているうちに1人目の質疑応答が終わった。
「では次、質問ある方どうぞ」
 ”ここで手をあげなかったら、帰り道で後悔するやろな”。心を無にして勢いよく手を挙げた。みんなが私に注目する。そしてマイクが渡された。
「井川さんが今まで読んだ本で、印象に残っている本はありますか」
 さっきの質問者は増税についての質問をしていた反面、自分の質問が間抜けに思えた。しかし井川意高さんがどんな人物なのかを純粋に知りたかった。
「2つあります。1つは村上春樹の『風の歌を聴け』。もう1つは三島由紀夫の『豊饒の海』の4部作です」
 この2作品に対してとても丁寧に説明してくれた。
 『風の歌を聴け』は読んだ当時は高校生で、感情がみずみずしかった。あの作品はまず日本語で書いて、それを英訳して、さらに日本語に直しているから、アメリカ文化的な乾いた感じがする。作中でパンケーキにコカコーラをかけて食べるシーンがあって、それが印象的だった。ということ。私もいつかパンケーキにコーラかけて食べてみよう。
 『豊饒の海』は三島の人生と連動させた作品であり、自分の命を一つの素材とした作品。三島ほど美しい文章を書く人はいない。彼はひらがなと漢字の比率も7対3になるように計算している。だがら井川さんもメルマガなどで文章を書くときはそれを意識しているそうだ。
「三島由紀夫のこの作品の話をすると、長くなるからイベントの大半の時間を使っちゃうんですよね」
 そう言いながらも4部作全てのあらすじを話をしてくれた。
「三島は右の活動家でした。けれど彼は自分の活動で日本が良くなったとは思ってないんじゃないか、腹切って自決したことさえも、自分の人生を作品に残すためにやったんじゃないかって言われてるんです。
 それを象徴しているのが題名の『豊饒の海』。豊饒の海って月のクレーターの名前なんですね。これ、名前と裏腹なんです。豊穣の海、つまり『豊かな海』って名前なのに、月面には硬い岩や石ころしかない。
 この4部作にはそういった暗示が散らばってるんです。私はそういった作品が大好きなんですね。この作品に感情を揺さぶられたというよりも、この構成美、様式美に心打たれました」
 私は好きな本の話にたくさん時間をとってくれた、井川さんに心を打たれた。ライブの帰り『風の歌を聴け』と『豊饒の海』をすぐさまネットで購入した。
 他の質問者の回答で印象に残ったものがある。
「2023年にやりのことしたことはありますか」
 という質問に井川さんはこう答えた。
「やり残したことって実はあんまりないんですよね。いいことも、悪いこともいつも全力でやってるつもりなので。もし今この瞬間に天井が落ちて死んだとしても、あれをやってなかった、あれをやっとけばよかったって思わないと思います。そういう意味では私はいろんなことに恵まれていて、幸せな人生を生かしてもらっていると思っています」
 これまで会ってきた人の中で「堂々としているな」「人間がでかいな」と思う人は大抵みんな同じことを言う。井川さんは嘘や偽りのない『本物』だった。
「それでは休憩に入ります。僕はお色直しをしてきます。今日『涙の海に抱かれたい』を歌ったので、小池栄子さんを招待してたんですけど、忙しいからって断られちゃいました。だからせめて僕のTシャツで登場してもらっています」
 粋な演出に胸を打たれたが、それより小池栄子を招待できることに度肝を抜かれた。

この世に憂いて『Merry Christmas』を歌う

 休憩が終わり、「今年はキッシンジャー国務長官や池田大作さん、伊集院静さんなどいろんな人が亡くなりましたね」とトークが始まった。
「”歴史の敗北”。これが今年のキーワードの一つのような気がします。人類は歴史も学んで進化していくものだけれど、ウクライナの戦争、中国の台湾侵攻、ガザの問題。日本だとクルド人問題、自民党の裏金問題。歴史から何も学んでないじゃないかって絶望感を感じます。ということでこの歌を歌いたいと思います」
 少ししんみりした空気の中、ジョン・レノンの『Happy Christmas』が始まった。
「If you want it, war is over now(あなたたちが望むなら、今すぐ戦争は終わる)」
 スクリーンに映される歌詞を読みながら、平和を願う歌だったのかを改めて気づいた。井川さんが渋いいい声で歌いながら、所々音を外すのも、心に染みてくる。
「若い頃はジョン・レノンのこと嫌いだったんです。彼はリベラルだし、綺麗事ばっかり言ってるので。でも大人になって好きになりました。イマジンも好きですし、彼の歌うような世界になってくれたらいいなと思いますね。12月になると、この歌を20回くらい歌ってます」
 どんだけ好きやねん。観客も笑っていた。
 その後、クイズ大会が始まった。井川意高にまつわるクイズが出題され、最も正解数が多かった観客には、井川さん似顔絵ステッカーの貼ってある特性スピリタスが贈られる。私がもしスピリタスと勝ち取ったら、手先の消毒液に使おうかしら。
 隣に座っていた男性が「僕、スピリタスすごく欲しいんです」と話しかけてきた。クイズの回答成績もかなりいい。「でもあれ、どうやって飲むんですか」などと話していると、最終問題も終わり、成績発表。最も正解数の多かった人は複数名いて、そこに隣の彼も含まれていた。成績優秀者同士でジャンケンをして、スピリタス獲得者を決めるらしい。
 残念ながら、彼はスピリタスを獲れなかった。代わりに井川さんの執筆した記事が掲載されている、サイン入りの雑誌をもらっていた。スピリタスよりサイン入り雑誌の方がずっと欲しかったな。下戸の私は。

百田尚樹が好きだからサザンの『蛍』を歌う

 ライブもそろそろ終了。最後に一曲歌ってくれた。
「私は日本保守党を支持していますし、百田尚樹さんが大好きです。百田尚樹さんといえば『永遠のゼロ』、『永遠のゼロ』といえばサザンオールスターズのこの歌です。夏の歌ですが、さっきクリスマスソングは歌ったので、いいですよね」
 曲はサザンオールスターズの『蛍』。歌を聴きながら、映画『永遠のゼロ』のシーンが頭に浮かんできた。
 井川意高さんは想像していた以上に魅力のある人だった。知識や経験が豊富なだけでなく、人間として豊かな人だった。そんな人が百田尚樹さんを「大好きです」というのだから、百田さんはやっぱりすごい人だなと思う。改めて彼のニコ生に出演させてもらったことを、奇跡のように感じた。
 井川さんも本物、百田さんも本物、サザンオールスターズも本物。本物には本物が集まってくる。こうして本物に触れる機会が得られたのだから、私も本物になっていこうと強く思った。
 帰り、スピリタスを獲れなかった隣の席に男性と駅で会い、方向が一緒だったため一緒に帰った。彼はなんと大学生だった。その年齢で井川さんのファンだなんて、さすが東京の大学生は違う。ライブ後の興奮のせいか、彼との話は盛り上がり、後日ご飯に行くことになった。

 約束の日。ご飯を食べながら、彼の大学生活のことをあれこれ聞いた。専攻やバイト、サークル。現役大学生と接するのが新鮮で、つい質問攻めにしてしまった。
「かんなさんは好きな男性のタイプはありますか?」
 直球な質問に一瞬たじろいだ。私に好意があるのだろうか。7つも年上やで。そういえば彼に私の年齢を伝えていなかった気がする。
「強い意志があって、ワクワクしてる人かな」
「僕、意志は強いです」
「お、おう。そうやな」
 それからも彼は「僕のこと子供にしか見えませんか?」「次また会ってくれますか?」と、こちらをドギマギさせる言葉を投げかけてきた。とても好青年で素敵な人だが、もし次会っても何の話をすればいいのだろう。井川さんや百田さんのような、日本を変えようとしている本物を知り、私もそうなりたいと思ってしまった今、大学生とスタバでデートをしている時間はない。
 ひとまずその日は、次会う約束をして別れた。しかし彼とはもう会うことはなかった。彼も将来『本物』になっていて欲しい。そんな先輩風を吹かせている時点で、私はまだまだ『本物』ではないようだ。

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