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なぜ伝わらないのか

 学校現場で、子どもたちや保護者に接しているとどうもこちらの言うことが伝わらないと感じることがあります。
教員にとって至極当たり前のことがなかなか通じない。
例えば、私たち教員は、目標を持つことやそれに向かって努力することの素晴らしさは、疑いようのない真実であると思ってきました。
その「当たり前」が通用しなくなっています。

生徒の心に響いた瞬間というのは目に見えませんが、その場の空気で感じ取ることができるものです。
伝わったという実感が湧いてこないのは、私たちの話が生徒の心に響いていないからでしょう。
最近の生徒は比較的おとなしくなり、あからさまに反抗することは減りましたが、何も言わずに黙って席についているだけで聞いていない感じが伝わってきます。
すべての子どもがそうだとは言いませんし、保護者の多くはそうした価値は大切だと思っているのも確かですが、そうした親はどちらかというと学校に協力的で、子どもの学力も高い傾向にあるように思います。
つまり、そうした保護者の子は現在の学校に十分適応できているということでしょう。

一つの規範が、ある集団において必要とされて選択された価値だとするなら、どんな規範にも何らかの価値が必ず含まれます。
そうした規範をその集団の構成員が受け入れようとするのは、構成員がその規範の妥当性を認めているときです。
学校でいえば、生徒が「努力」という価値を含んだ規範を受け入れるためには、生徒自身がその規範を必要なものと捉えていなければなりません。
また、「努力」することによって何らかの「よいこと」が手に入ると思えなければなりません。

しかし、「努力」が学習評価の向上につながり、自分希望する進学先の保障につながるという「よいこと」が与えられるのはクラスの中の一部でしかありません。
今や、高校進学率は98.9%(2021文科省)にまで上昇しています。
ならば、かつての受験競争は緩和されたと思われるかもしれませんが、実際は生徒の「配分」の序列化が明確になっただけで、競争がなくなったわけではありません。

むしろ、高校に行けないことが一種のステグマ化しているとさえ言われています。
その競争からこぼれてしまったら「もう自分は何をやっても無理だ」と考えてしまいます。そういう生徒にとって教員の口から発せられる「がんばれ」という言葉には実感が持てません。

しかも、近年の高校進学は選ばなければどこかには合格できるほど緩くなっています。
私学でさえ、国の支援の拡充によって経済的負担はかなり軽くなりました。そうなると、頑張らなくてもどこかに入れると考える生徒がいてもおかしくはありません。
生徒の中には小学校低学年の算数からすでに躓いている子もいるのですから、いまさら頑張っても上位に食い込むことは難しいし、頑張らなくてもどこか入れると思うわけです。

私は努力することが無意味だと言っているわけではありません。
そうではなくて、「努力」する意味を広げることが必要だと思うのです。
数値に表れない、もっと根本的な意味で「努力」を考え直す必要があります。
例えば、私たちはつい、いい点を取った子を「よくがんばったね」と褒めます。
褒めることは認めることですから、悪いことではありません。
でも、私たちが褒めるのは上がった点数ではなく、生徒自身でなければなりません。
点数が上がった子が「先生、今度のテスト頑張ってたでしょ」と嬉々として言ってくることがあります。
そんなときは素直に「そうだね、よかったね」と同意してやればいいと思います。
でも、できれば「点数が上がったこともそうだけど、今のうれしい気持ちが頑張ったご褒美なんですよ」というメッセージも送ってやるべきだと思います。

努力は結果で測るものではなく、努力した行為そのものに価値があるわけです。
微妙な差のように思いますが、毎日顔を合わせる子どもたちにとって、そのほんの少しのニュアンスの違いは大切です。
結果は、努力によって変わります。
だから努力は必要です。
でも、努力を(点数をあげるための)手段だとしてしまったら、倍ほどがんばっても点数が上がらなかったときに自信を失ってしまいます。
頑張った分だけ自分の力のなさを恥じることになってしまうかもしれませんし、結果の出ない努力は無駄だと思ってしまうかもしれません。

そして、もう一つ考えておきたいのは、どんなに頑張ろうと思っていても頑張れない子もいるということを常に頭に置いておくことです。
誰かの努力を褒めるということは、それを聞いている頑張れない子の自尊心を傷つけていることでもあるのです。
そして、暗に「やっぱり点数が取れない自分は努力が足りないからだ。努力できない自分はだめだ」と感じてしまうこともあるのです。

それだけは、どんなときも忘れてはいけないと思います。

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