私の価値観
大事な価値観を伝えたいと思い、このnoteを書くことにしました。
熱量込み上げすぎて、目頭熱くしながら書いたので感情が暴走している部分もありますがご了承ください🤦🏻♀️
このnoteを書く目的、それは
" 自己開示することで価値観に共鳴してくれる人を探すため🌟 "
そんな私の過去は、
・心の声を聴いてくれる人が近くにいない
・代わりに人生を生きてくれるわけでもないのに、
周囲から「辛いのは今だけだよ」と無責任な言葉が飛んでくる
・周りに悩みを相談しても、
「私が行きたい方向となんか違う」と思う
・周囲の目が気になり、窮屈な思いをしている
(もはやこの状態が普通で窮屈さに慣れを感じるほど)
今日はこんな過去をもつ、自分の価値観と紆余曲折ある人生を綴ります。
~ 超簡単に自己紹介 ~
◆年齢:24歳(2024年 現在)
◆住まい:静岡県
◆性格:感受性豊か✖行動派✖束縛嫌いの自由人
◆趣味:邦ロック/ドラム/友達と遊ぶ/月イチでライブに行くこと⚡
音楽への愛は話すと日が暮れてしまうので↓こちらへ(♡)
https://note.com/lively_koala488/n/nac57e916df8c?sub_rt=share_b
~ 私の価値観とは ~
私にとって「夢中」とは、
"時間があっという間と感じるくらい熱中し、
楽しさの余韻が続いている状態" です。
私が定義する「夢中」という言葉には、
「楽しい」という要素が含まれています。
イメージ感はこんな感じ💭
体験している時は楽しいな〜と感じながらも1つのことに熱中している。
一区切りがついたら、楽しかった~!と思い出しながら余韻に浸る🛁
正直この状態に入ったら無敵ですね、マリオのスター状態🌟(笑)
この状態を皆さんにもぜひ体感して欲しい。
ほんとに最高なんですよ???
みんなに見てほしい!!!あの景色!!!
すみません、取り乱しました・・・。
だからこそ、私の生きる目的は
"自分の心の声に従えず、毎日に楽しさを感じられていない対象を
心の声に従い、今という時間を夢中に楽しいと思いながら生きる状態にする" こと。
この目的にたどり着くまで、本当にいろんなことがありました・・・😿
なので年表にしてみました。
~ 大まかな人生年表 ~
◆小学生
親の仕事の関係で地元と離れた保育園に通っており、知り合いは誰一人いませんでした。
でも友達作りに困ったという印象はなく、当時から周りの状況を見て「空気を読む」ことが自然とできていた気がします🤔
◆中学生
この頃は人気者のしぐさや言葉使いを真似して、好かれたがっていた時代。みんなのことがとにかく羨ましかったな~。
友達といることが大好きで、思い出すのは必要以上にプリクラを撮ったことと、顧問の愚痴を四六時中言い合ったこと(笑)
女の子は共感してもらえるかもだけど、
愚痴話は本当に仲良くなれる(笑)
今友達と遊ぶのが趣味なのもこの頃からな気がします。
◆高校生
中学とは打って変わって、高校生活は全然楽しくなくて🤦🏻♀️
週一で料理をするという部活、特に楽しいこともない。
何の役に立つのかもわからない勉強は身が入らず成績は落ちこぼれ。
そんで志望大学の試験にも落ちまくる。
なんとか滑り止めの大学には合格。
ここで滑り止めを選んだら、試験のストレスから解放される・・・!
でも、妥協で入った場所でやってける?本当にそれでいいの?と葛藤する毎日。
ある日、「挑戦する機会があるなら全部試してみなよ」という母からの一言で、志望校の最終試験を受けることにしました。
試験日は卒業式の次の日。
みんな卒業証書と花を抱えて希望の表情に満ち溢れれている中、私は一人で図書館で勉強をしていました。
寂しさと不安で集中なんてきたもんじゃない前日でした笑
当日は「どうにでもなれ!」という気持ちで試験に臨み、無事合格通知をもらうことができました。
やればできるじゃん自分!と初めて思えた出来事でした。
◆大学生
オレンジデイズで見たキャンパスライフに憧れて大学生になることを決めた私(笑)
イメージとはかけ離れており、学業はかなり過酷でした。
まってまって、ドラマで見てたんとちゃう!ってツッコミました。
でもなぜか楽しかったんですよね。
初めて聞く方言が飛び交う環境。
周りには同じ目標を目指す仲間しかいない。
車の運転ができるようになって、友達だけで旅行に行く。
お酒が飲めるようになって、試験後にお疲れ様会をする。
初めてアルバイトをして、ウキウキした気持ちで明細を開く。
毎日が新鮮で、羽が生えたみたいに自由になった感覚でした。
毎朝、今日もなんだか楽しみだな!と目覚め、大学に行ったら仲間に会える。
2時間の通学時間なんてへっちゃらでした(笑)
私が目指した理学療法士は国家試験は、
筆記試験、実技試験、病院実習、卒業論文、就職試験と多くの試練がありました。
自分でもよく乗り越えたなと思うほど笑
中でも辛かった試験は、500問以上の問いの中から3問、先生から一問一答形式で質問される。
いやいや、覚える量と出題数の差どゆこと?ってね。
答えられなかったら不合格、受かるまで再試験。
しかも不合格者は全員の前で名指しされるから、一発で誰が落ちたかわかるのもまた地獄。
会場に入る直前に泣きべそかいてから入室するほどハンパない緊張感だったんです🥲
ある意味 濃密だったけど振り返ると最高に楽しかった。
いろんな「はじめて」を仲間と経験した大学生時代は宝物になりました。
~ どん底ストーリー ~
過酷な日々を乗り越えて無事国家試験に合格。
資格を活かして働き始めたはいいものの、入社から半年で自分の限界のピークがくることに。
・得意なことを十分に生かすことができず、上司から注意される毎日。
・マニュアルも正解もない。
だから、なにが分からないのかも分からない。
・上司にアドバイスをもらい実践するも、別の上司には「その治療法は意義がないからやめろ」と言われる。
・好きだと心から言える分野ではない。だから休みを返上してまで勉強会なんかに参加してたまるかと反発心が生まれる。
・仕事の対象となる相手が常に後ろ向き
前向きになってほしいという思いで患者さんに声をかけるも「あんたは若いからそう言えるんだよ」の一言で跳ね返される。
毎日がつらくて、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、車を運転していても涙が出る。
しまいには、過呼吸になりパニック発作で倒れました。
手足がしびれて歩けなかったので、這ってリビングにいた母に助けを求めました。
「私が私じゃなくなっちゃうから、助けて。」
苦しくて苦しくて思い出すだけでも涙が出そうになります。
泣きわめく私の声を聞き、おばあちゃんまで駆けつけてきました。
でもそこで更なるどん底を見ます。
母と祖母は「絶対に逃げちゃだめ、きついのは今だけだよ。」
・・・終わった。
そう思いました。初めて、生きていることが辛くて窓から飛び降りようかな、なんて考えました。
これは"逃げ"なんだ、みんなが乗り越えている当たり前の壁も私は乗り越えられないんだ。
更なる負の沼に落ちていきました。
ご飯がのどを通らなくても、一睡もできなくても、休まず職場に行く。
一晩中泣いてパンパンに目を腫らして出社すると、どうした?とよく聞かれました。
「大丈夫です」と答えるのが精いっぱい。
全然大丈夫じゃないのに。
家族にも本当の声は届かない。
数か月間が過ぎ、会社に産業医の先生がいることを知り、勇気を出して相談しに行きました。
今の現状やパニック発作になったことなど、すべてを話しました。
伝えたことは聞いてはくれましたが、
結論
「もゆさんは、社会人として甘い。」でした。
「働いて1年そこらでしょ?もゆさんはまだ何も分かってない、とりあえず3年は続けみなよ。」
"とりあえず3年"
正直、もうその言葉は聞き飽きました。
でも何も言い返せない。
悔しくて悔しくて涙が止まらない。
どん底の渦中にいた私にはトドメを刺されたような感覚でした。
大人に話してもダメだ。そう思いました。
何のために私は働いているの?といつも考えていました。
この仕事は私がやらなくても成り立つのに、人生をかけて続けていくとは到底考えられない。
親からの期待、
ここまで支えてくれた家族への申し訳なさ、
ともに勉強してきた仲間との関係性、
仕事を辞めたいからといって、次のやりたいことも明確になっていない、
数々のモヤモヤが私の頭をぐるぐるしていました。
まさに、心と頭が乖離していました。
夢中で楽しい毎日が過ごしたい、心はずっと伝えてくれていたのに。
その声に気づいていたのに、頭がその声に従わない理由を目の前に差し出してきました。
~ 這い上がるストーリー(今も)~
「やりたいことを見つける方法」と検索する毎日。
そんな時に八木仁平さんという人に出会い、
"やりたいことをやって生きられるんだよ"と
初めて伝えてくれた人でした。
親や周りの大人とは違ったんです。
" この人の言ってることを信じてみたい "
それから「やりたいこと」に向き合い始め、這い上がりがスタートします。
自己理解をしたことで、
私にしかない強みがある!と知り、比較癖が強かった自分が「人は人、自分は自分」と思えた。
なんとなく好きなことは価値観が満たせるから好きなんだ!と知り、トライするときは価値観が満たせそうか否かで判断できるようになった。
心の声を聴いてあげられるようになり、
行きたくない遊びの誘いを断れるようになった。
できないことを必死に克服しようとせず、
強みをさらに伸ばすと決めたことで心が軽くなった。
一番は、
"やりたくない仕事をして自己犠牲をし続けていると気づけた" ことです。
てな感じで、今も私はどん底から少しずつ光のある方へ向かっています。
だからこそ、
みんなが心の声に耳を傾けられるようになったらいいのに!と思っています。
みんな、やりたくないことに時間使いすぎだよ!
私は世間のどうでもいいニュースに一喜一憂している人を見て、もっと自分がやりたいことに向き合ったらいいのに!
価値観を満たしまくって幸せを感じらたらいいのに!ウズウズ!!!ってなります。
時間は有限で、明日死ぬ可能性がゼロじゃないのに、やりたくないこと続けている時間なんてある?
休みの日に動画を見ながらゴロゴロしている父を見て、それって楽しい?って聞きたくなります。
仕事でも趣味でも、やりたいことがあるならやってみたらいいじゃん!
できない理由があるなら、
どうしたらできるか考えたらいいじゃん!
そう周りに伝えると、
たくさんの言い訳が返ってきます。
やらない理由です。(気持ちはわかります)
そういう人は、現実見ろよ・・・?って呆れた目で私を見ます。
諦めることは一番楽だから、ですよね?
でも、私は夢中に生きることに価値があると信じています。
私はここまで、散々心の声を無視してきました。
「資格は取った方がいい。」
「せめて3年続ければ楽になるよ。」
24年間、人と比較して自分を否定し、
相手の顔色や世間体を気にして相手のために…と第一に考えてきた。
" もう十分じゃない? "
私は私のために生きよう。
初めて自分に優しくしてあげられた気がしました。
必死に心の声に抗った24年間、その時間は長いかもしれないけど、ここから第二章が始まります。
自分を満たしまくる。
満たしたら、私から溢れた愛を周りに届けていく。
楽しみで仕方ないです🔥
これからは自分の心の声に従い、「今を夢中に楽しく」生きることを諦めたくない。
だから仕事を辞める決断をしました。
私は一日中、大好きな音楽を聴きます。
夢中な状態になれるからドラムを叩きます。
ネイルを塗ると作業をしていてもウキウキするのでそうします。
そんな私は、2024年4月から無職です。
「心の声に従い、今を夢中に楽しく生きる」
自分の人生をかけて体現します。
もし生計を立てられなくなったら、その時は笑ってください。
私に関わった人はもれなく「今を夢中に楽しく」生きてもらいます。
おせっかいし続けます。
~ まとめ ~
長々と話しましたが、要するに言いたいことは
私と一緒に「夢中」に生きよう🔥
ってこと✨
一緒に"心の声に従って"生きていきましょう。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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