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夢の先の人生 第4話

 なんやかんやで男の応募もあった。それからはすぐに予定の8名に達した。男女で適当に競い合ってくれるから、技術の伸びも早いもんだ。どんなに人が増えても、週1の飲み会は欠かせない。会社としては、こんくらいの福利厚生費は問題ないだろうと思うのだ。

「貴志の会社、結構頑張ってるらしいやないの。」
「まだまだ、そんなことないよ。」
「売上は上がってるんでしょ?」
「まあ、そこそこね。」
「だったら、社長の報酬も多くていいんじゃない?」
「いや、みんなと同じでいいんだ。だって、みんなのおかげだからね。」
「あんたって、本当に欲ないよね。」
「これでも十分に暮らせるだろ。」
「確かにそうだけど。」
「だったら、いいじゃん。」
「まあ、問題なけどね。貴志の好きにしたらいいわ。」

 と、まあ、家族にはそんなふうに言われる。社長でも、社員と同じくらいの給与で悪いとは思わない。自分の給与を伸ばす時は、みんなの給与も伸ばすのだ。でも、ここ毎年、決算できちんと利益が出ているから、社員には決算賞与を渡してる。これが、みんなのがんばりに繋がっていると思う。

「貴志クンさあ、こんなに賞与出して、会社つぶれないのか?」
「全然大丈夫ですよ。」
「あんまり、無理すんなよ。」
「分かってますよ。ずっと、続けられる会社にしたいと思ってますから。」
「なら、いいんだけどな。」

 いつも、こんなふうに逆に心配される。しっかり、現金を貯めてるし、設備投資にも使っている。借金もなくなっているので、健全な会社になっている。

「社長さんは独身なんですか?」
「そういや、そうだな。」
「なんかもったいないですね。」
「だって、あんなに一生懸命で、男前だし・・・」
「今なら、立候補できるかもよ。」
「よして下さいよ。」
「ははは。」

 どうやら、職人たちの間でそんな話になっていたらしい。でも、ボクは会社に夢中で、それどころではなかった。

 毎週の居酒屋で、若い職人見習いたちが、ボクのことを「社長」と呼ぶものだから、今頃になって、居酒屋のみなさんがびっくりしていた。
「貴志クンって、社長なの?」
「いえ、そんなたいそうなものではないですよ。」
「こいつ、恥ずかしがってるけど、結構やり手の社長なのよ。」
「へえ、そうなんですか!」
「まあ、すげ~よ。」
 瞬く間に、ボクが実は社長だってことが、ばれてしまった。
「たった数年でうちの会社を、立て直しちゃったんだから、すごい社長だよ。」
そんならさぞかし高い報酬をもらっているんだろうって、勘ぐる人もいたけど、ボクの給料は社員に公開しているので、みんなと同じってことは、社員ならみんな知ってる。

 ある時、ボクはヨーロッパの展示会に、会社の製品を出店するために、一人でいくことにした。初めて、海外にいくんで、パスポートを取った。その時、ボクは初めて知ったのだ。あの家族でボクだけが養子だったってことに。でも、思春期じゃないし、いまさら、どうこうなるわけじゃなかったけど、一応、姉さんに聞いてみた。

「ボクは養子だったんだ。」
「知ってるよ。だけど、家族じゃん。」
「まあ、そうだよね。」
「でも、今まで知らなかったの?」
「うん、初めて知った。」
「まあ、何も変わらないと思うよ。」
「ボクもそのつもりだよ。」
「だけど、本当の両親ってどんな人だったんだろうって、ちょっと気になる。」
「やっぱり、そう思う?」
「たいがい、そうだろ。」
「そっか。でも、私は知らないよ。」
「じゃあ、おかあさんに聞いてみるかな?」
「教えてくれるかな?」
 母親はそのことには、触れてほしくないようだった。それなら仕方がないし、ボクは今まで通り、この家族が本当の家族だと思って過ごすことにした。

 ボクは言葉もわからないのに、ヨーロッパの展示会に行った。FAXで会場の図面をもらっていたんで、出店場所を確認しに行った。途中で、頼んでいた通訳さんと落ち合った。流暢な日本語を話す若い女性で、シルヴィーさんという名前だった。ポクは図面を見せて、場所を確認してもらった。それから、二人で商品を並べて、説明書を準備した。

「お一人で、言葉も分からないのに、大変だったでしょう?」
「いや~、なんとかなるもんだよ。」
「じゃ、私はいらないですか?」
「そんなことないよ。細かい話はできないしね。シルヴィーさんがいてくれないと、お手上げだよ。」
「わかりました。展示会終了まで、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、よろしくです。」

 日本語の会話ができるのは、本当にほっとする。彼女は、ボクがホテルから出てくるときから、ホテルに戻るまで、ずっと通訳してくれた。食事も一緒にしてくれたし、本当に心強かった。本当の社員のように、頑張ってくれた。最終日、夕食を共にしたあと、僕は今日までのお給料を渡した。当然、気持ち、上乗せさせて頂いた。

「あの、お願いがあります。」
「何かな?ずっと、助けてくれたし、なんでも聞くよ。」
「本当に聞いてくれますか?」
「もちろんだよ。」
「私、日本に行って、あなたのそばで働きたい。」
いずれは日本に行きたいと言っていたけど、そういうことか。
「わかった。一人なら、なんとか雇うことができるよ。それに、海外の営業では、君にいてもらわないと、ボク一人ではどうすることもできないしね。」
「本当ですか?」
「ああ、いいとも。」
「ありがとうございます。」
彼女はまだ大学生だったので、卒業を待って、日本にくることになった。

 家に帰ると、夕食時に話を切り出した。
「あのね、会社でひとり雇うことになったんだけど、うちの二階のあの部屋空いてるよね、そこに居候させるってのはどう?」
「急に、勝手に決めないでよ。」
「いや、まだ、提案レベルの話だけど。」
「出張から帰ってきてその話ってことは、外国人ね。」
「ええっ?おかあさんは、日本語しか無理。」
「大丈夫。ボクの通訳だったから、日本語がものすごく流暢だよ。」
「どこの人なん?」
「確か、フランス人だと思うけど。」
「もっと、大きなアパートとか、マンションとかのいいんじゃない?」
「日本に来て、たった一人だから、我が家みたいに和気あいあいできるほうがいいかなって思ったんだ。女の子だし、確かまだ23歳っていってたかな。お母さんも姉さんもすぐに仲良くなれると思うよ。」
「ん~、わかった。その話、乗った。」
「おかあさんの意見は聞いてくれないの?」
「大丈夫、私がサポートしてあげるから、お母さんは心配しないで。」
そんな訳で、我が家に居候してもらうことになった。まだ、ちょっと先の話だけどね。

 会社では、朝礼の時にみんなに話をしておいた。我が社に、外国人が入社するって言うと、みんな驚いたけど、日本語が達者だと聞いて、ほっとしていたみたいだった。まあ、これで、営業力は倍増する。

 いよいよ、シルヴィーがやってくる。ボクと姉さんで迎えに行った。飛行機は予定通りに着いた。彼女が出てきた。
「お~、ひさしぶり。」
「社長、おひさしぶりです。お世話になります。」
「こちらはボクの姉です。」
「お姉さんですか、よろしくお願いします。」
彼女は姉さんに抱き着いた。ちょっとびっくりしていたが、日本語がすごいので、何も問題なかった。三人で家に帰ると、シルヴィーは喜んでいた。
「私は本当に、日本の家に住めるんですね。」
中から母親が出てきた。
「おお、お母さんですか。よろしくお願いします。」
そういうと、母親を抱きしめたもんだから、かなりびっくりしていた。
「さあ、ここが日本のあなたの部屋よ。狭いけど、ゆっくりしてね。」
「そんなことないです。素晴らしいです。」
「よかったね。」
「社長、ありがとうございます。」

 その日の晩は4人でテーブルを囲んだ。姉さんも母親も何かしら嬉しそうだった。初めはかなり緊張していたけど、こんなに日本語がしゃべれるなんてと、気持ちもほぐれたようだった。一番、うれしそうだったのは、姉さんだった。妹ができたみたいに、喜んでいた。

 翌日は姉さんと二人で出かけていった。まあ、そんだけ打ち解けているんなら、ほっておいても大丈夫だろう。母親も娘がもう一人できたみたいに喜んでいるし、心配することはなにもなさそうだ。

 日本人は多分、外国人って聞くと身構えてしまうけど、うちの会社の職人さんたちも、ご多聞に漏れず、身構えていた。でも、彼女の日本語を聞くと、かなり安心したみたいで、ほっとしていた。

「社長が外国人を入社させるっていうから、びっくりしたけど、これなら大丈夫だな。」

シルヴィーはコミニュケーション能力がたけているので、心配なかった。社内で一通り、商品の製造過程をみて、かなり感動していたようだ。

 うちの商品の特徴を覚えてもらって、さっそく、二人で営業にいくことになった。初めの一年くらいは、二人で日本や外国を飛び回ったけど、途中から、彼女にお任せすることも多くなった。かなり、安心して任せられる。ボクはボクで、職人さんたちと次の商品開発だ。

 毎週末の飲み会も、かなり溶け込んでいた。だから、職人さんたちとも仲がいい。
「うちの社長、男前だし、独身だし、シルヴィーちゃん、どうよ?」
「いや~ん、はずかしいです。」
「その気あるん?」
「でも、社長ですし・・・」
「そんなこと、気にしないで、アタックあるのみだ。」
「でも、だめだったら、一緒に働きにくいでしょ。」
「そんなこと、気にしているなんて、あんた、日本人やな。」
「そう思ってくれます?ありがとうございます。」
なにやら、職人とそんな話をしていたが、ボクは全然知らなかった。

 ある時、姉さんからこんなこと言われた。
「ねえ、あんた、シルヴィーの気持ちに気が付いているの?」
「何、それ?」
「まったく、鈍感な弟を持つと苦労するわ。」
「シルヴィーがなんで、誰も知り合いのいない日本に来たと思っているの?」
「それは、ボクの会社に入りたいって・・・」
「口実よ、口実。」
「どういうこと?」
「まったく、どうしようもないわね。」
「ん?」
「ん、じゃないわよ。シルヴィーはあなたが好きなのよ。」
「えっ、そんなこと、一度も・・・」
「言うわけないでしょ。気付いてあげなさいよ。」
「ほんとなん?」
「で、あんたの気持ちは?」
「頑張って仕事してるし、いいやつだと思って・・・」
「そういうこと聞いているんじゃないの。好きか嫌いかを聞いているの。」

そういうことか。きれいな子だし、いい子だし、だけど、奥手のボクには、ちょっと、言いだせない。
「そういうことね。」
まだ、何も言ってないし。
「分かったわ。取り持ってあげる。」
「あの、姉さん。」
「もう、もどかしい。私に任せなさい。」

 その晩、ボクらが揃ったときに、姉さんに呼び出された。
「ふたりとも、話があるから、ここにお座りなさい。」
「なんですか、お姉さん。」
「あんたたちはお互い好き同志なんだから、いい加減、ちゃんとおつきあいしなさい。」
彼女は一瞬で、顔が真っ赤になった。
「お姉さん、そんな・・・」
「はい、貴志からちゃんと言いなさい。」
まいったな。
「初めて会ったときから、ずっと好きだったんだ、ボクと付き合ってほしい。」
「ほれ、あんたは?」
「ありがとう、私も大好き。」
それを聞いていた母親も、飛び出してきた。
「おめでとう。」
彼女はますます、顔を真っ赤にして、もう言葉もでなかった。

 いままで、上司と部下だったら、いつも二人でどこでもいけたのに、意識しちゃったら、もうだめだ。いったい、どうすりゃいいんだ。とにかく、慣れないと、何にもできない。照れてしまって、顔も見れないし、手もつなげない。会社でいったいどうすりゃいいんだ。

 でも、そんな様子は、会社では一目瞭然だったみたいで、すぐにみんなにバレた。飲み会ではもう大変だった。
「貴志、ようやくかよ。」
「やっと、その話をしたんだな。」
「おめでとう!!」
「キスはしたんですか?」
「あっちの方は?」
もう、先に帰りたいくらいだ。ああ、はずかしい。飲み会の帰り、みんなが気を使ってふたりにしてくれた。

「ああ、はずかしかった。」
「貴志さん、本当に私でいいんですか?」
「君でなきゃ、だめってことだよ。うちの家族も祝ってくれているし、問題ないでしょ。」
「ありがとうございます。」
「君のご両親にも会いにいきたいな。」
「是非、会って下さい。」
彼女はボクの腕に抱き着いて、家までの帰りを歩いた。

(つづく)

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