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占い師ケン 第4話

 未希さんは最小限の身の周りのものを持ってきて、オレたちは同棲をはじめた。一緒に住むというのは、いろいろと勝手が違ってくる。オレ一人ならよかったことが、だめだったりする。占い帰りの炉端はほぼなくなった。いつも未希さんと晩御飯を囲んだ。未希さんの要望は、そんなに気にならなかった。一か月暮らしてみて、オレは未希さんとの生活を満喫していた。

「そろそろ1ヵ月ね。どう、一緒に暮らしてみて?」
「こんなに楽しいとは思ってなかったから、最高だね。」
「じゃあ、本当に越してきていい?」
「もちろんだよ。」
「よかった。じゃ、そうするね。」

未希さんはこの一か月の状況によっては、別れるつもりでいたみたいだった。でも、彼女も気に入ってくれたみたいだった。

「ねえ、お世話になってる、スナックのママさんがいるんだけど、一度、未希さんを紹介したいんだ。」
「前に話していたゆうこママだっけ?」
「そうそう。」
「いいわよ。」
「じゃ、早速行こう。」

ということで、ゆうこママのところへ行った。

「こんばんわ。」
「ケンちゃん、いらっしゃい、あら、もしかして?」
「師匠、やっとですか。」
「うん、紹介するよ。未希さんだ。」
「初めまして、室田未希です。よろしくお願いします。」
「私が・・・」
「ゆうこママに、リンちゃんね。」
「紹介するまでもなかったみたいね。」
「ケンくんに耳タコで聞いてましたから。」
「ケンちゃんが一目ぼれして、最初は大変だったのよ。」
「一目ぼれって、どこで私を見たんですか?」
「あら、まだ言ってなかったの?」
「恥ずかしいから、その時の話はやめて。」
「いえいえ、教えて下さい。」
「本屋さんで見たらしいのよ。」
「本屋で?」
「それから、毎日、本屋さん通い。」
「ゆうこママ、もういいって。」
「それからは?」
「しばらくして、炉端で出会って、パスケース拾って・・・」
「なるほど、そういうことだったのね。」
「あとは、知ってる通りだわね。」
「まあ、今はあんまりしつこくすると、問題になっちゃうから、ここで、お悩み相談してたわけなのよ。」
「了解しました。」
「まいったなあ。」
「で、今はどう?」
「仲良く暮らしてます。」
「同棲してるんだっけ?」
「はい。」
「じゃあ、結婚も時間の問題ね。」
「まいったなぁ。」

 オレの部屋に帰ってから、ふたりで話をした。

「お金払ってこなかったけど、よかったの?」
「うん、いつも払わないんで。そのかわり、占いは無料でしてあげてるから。」
「なるほどね。」
「ねえ、未希さんはオレと一緒でも構わないの?」
「なんで?」
「オレ、本当にずっと一緒にいたいから。」
「で?」
「で、って。その、結婚してほしいんだ。」
「いいわよ。」
「ほんとに?」
「うん。」
「よかった。」

オレは滅茶苦茶ほっとした。でも、そうとなれば、未希さんの実家に挨拶に行かないといけないな。

「じゃ、未希さんとこに挨拶にいかないとね。」
「ああ、それはいいわ。」
「なんで?」
「先にケンくんとこ、いくわ。」
「わかった。」
「でも、そんなに急がなくてもいいわよね?」
「うん、構わないけど?」
「まだ、ふたりでこういうふうにしているのが、心地良いから。」

それもそうだ。

「うん、わかった、了解。」

世の中、30過ぎてから結婚する人が多いから、20代はこういうふうに楽しんでもいいのだとオレは納得した。

 オレの占いは、女性客がほとんどだけど、たまに男性客もくることもある。ある時、久しぶりに男性客がきた。30過ぎのその男性は、忘れられない人がいる。

「未だに、忘れられない人がいますね。」
「そうなんだ。」
「その人は、今は恋人がいて楽しく過ごしていますよ。」
「どこにいるか、わかるんですか?」
「この近辺だと思いますよ。」

この人の彼女は、・・・逃げたんだ。この人から。この人はDV?いや、間違いない。男のオレから見たら、問題ない人に見えるけど、その彼女にしてみれば、ひどいDVを繰り返していた。これは居場所を教えたらまずいな。

「この近辺か。じゃ、ここらへんにいたら、いつか会えるかも知れないんだな。」

しまった。余計なこと言ったな。この人の未来は・・・刑務所か。どうやら、その彼女が被害者みたいだ。

「あなたの未来は、その彼女ではないですよ。」
「違う彼女と付き合っている姿が見えます。時期は・・・6年後。」
「ふん、そんなことはどうでもいい。今はあの女に会いたいんだ。」
「あなたより先にあなたを見つけて、また姿を隠してしまいます。」
「何?」
「もう、やめた方がいいです。その人を追いかけない方がいいですよ。」
「そんなことはおまえの知ったことじゃない。」

だめだ、何言っても聞く耳を持ってない。この人の元カノって、いったい・・・

 オレの頭に浮かんだ顔は、・・・未希さん?そんな。この男は斎藤康之という。オレは絶対に未希さんを守らねば。その男の占いのあと、オレは店仕舞いをした。大急ぎで未希さんの会社の近くへ行った。定時が過ぎて、未希さんが出て来るのを待った。

「あれ、珍しいじゃん。迎えに来てくれたの?」
「ああ、そうなんだ。一緒にタクシーで帰ろう。」
「何、何?どうしたん?」
「帰ってから話すよ。」
「今は無理なんだ。」
「うん。」

 マンションの前に着くと、すぐにオレの部屋に入った。

「どうしたの?」
「斉藤康之って、知ってるよな。」
「さいとう・・・」

未希さんの顔色が変わった。

「そいつがオレの占いに来た。未希さんを探しているんだ。」
「で、なんて?」
「どうしても会いたいと言っていた。でも、彼はDVなのはわかったんで、大急ぎで迎えに行ったんだ。」
「ありがとう。」
「でも、困ったなあ。どうする?」
「・・・」
「とにかく、明日からオレは会社まで送るよ。タクシーでいいよね。」
「ありがとう。」

未希さんの顔は曇ったままだった。オレが未希さんの状態がわかればいいんだけれど、霧がかかってみれない。前にも言ったと思うけど、オレと同じ人生を歩く人は、オレもそうだけど、未来がわからない。なんとかして彼女を守らないと。

 翌日、オレは未希さんを連れて、タクシーで会社へ向かった。未希さんを会社のビルに送り届けたら、帰りの約束をして一旦帰った。しばらく、そんな生活を続けていた。ところが、斉藤は昼休みに未希さんが会社から出てくるところを狙った。未希さんは食事のついでに銀行に寄ったところに、斎藤に出くわして、そのまま無理やりくるまに乗せられ、連れ去られたのだ。

 オレは未希さんの同僚から、昼休みに銀行に行ったきり帰ってこないと、連絡を受けた。それでピンときた。スマホに連絡してみるが、電源が入っていない。当然、GPSでもわからない。こうなりゃ、お手上げだ。どこを探していいのかわからない。あっ、でも、斎藤を探せばいいんだと気が付いた。オレは斎藤の未来を見ることにした。どこかの山奥の別荘みたいなところに、女と一緒にいる。それが未希さんだと確信した。焦っているオレには、その場所がわからない。斎藤は未希さんになにやら暴言を浴びせているように見える。それに答えた未希さんを、殴る蹴るの暴行を加えている。くそっ。どうすればいいんだ。

 斉藤の蹴りが入った後、未希さんは動かなくなってしまった。斎藤も未希さんを揺さぶっている。でも、反応がない。やばい、やばい、やばい。その場所はいったいどこなんだ。何かヒントになるようなものは見えないのか。オレはかなり焦ってた。

 オレは斎藤のもっと先の未来を見た。斉藤は警察に捕まっている。罪状は・・・殺人??!待て、待て、そんなばかな。ニュースに女性が死亡と流れている。未希さんじゃない、絶対に違う。オレはそう願った。だが、そのニュースのテロップには、未希さんの名前があった。オレは未希さんの未来が急に見えたのだ。いままで、霧がかかっていたのに。やはり、未希さんの未来は男に殺される未来だった。

 こんなことで終わってしまうなんて、あんまりだ。オレの部屋にはまだ未希さんの痕跡がたくさんある。オレはもうどうしようもないことを悟った。

 それからどれくらい経ったんだろうか、ゆうこママから連絡がきた。

「テレビ見た?」
「知ってる。」
「本当に未希さんなの?」
「ああ。」
「なんてことなの。」
「手を尽くしたが、どうしようもなかった。」
「大丈夫?」
「今は。」
「なんかあったら言ってね。」
「ありがとう。」

 恵子からも連絡がきた。

「兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ。なんとか。」
「まさか、あんなことになるなんて。」
「うん。」

もう誰に何を言われても、力なく言葉を発することしかできなかった。

 その日の夕方、恵子が来た。

「しばらく、泊めてね。」

恵子は、恵子なりにオレを心配してくれているみたいだ。オレの身の回りのことをやってくれた。特に食事だ。オレは食べる気がなくなっているが、恵子に言われて、仕方なく食べている。

「恵子、ありがとう。恵子も自分のこと、あるんだろ?」
「大丈夫、しばらく、お兄ちゃんとこにいるって、みんなに言っておいたから。」
「すまんな。」
「おっさんくさぁ~、その言い方。」
「そうかもしれないな。」
「否定してよ。」
「なあ、出かけようか。」
「どこいくの?」
「おいで。」

 オレは恵子を連れて、ゆうこママの店に行った。

「あら、元気になった?」
「あ、あの時の?」
「恵子ちゃんだっけ?」
「はい、兄がお世話になってます。」
「師匠の妹さんですか。」

みんな、気を使って、未希さんのことには触れないでいてくれた。明るいみんなのおかげでなんとなく気が晴れてきた気がした。オレは前を向くことができた。

 さて、部屋の中の未希さんの所持品をまとめないとな。オレは未希さんの持ち物をまとめた。ダンボール箱に7つほどになった。その中に実家からの手紙が見つかったので、その荷物を送ろうと思ったが、先に連絡してみることにした。

「私、高山健と言いますが、室田未希さんのご実家でしょうか?」
「はい。」
「一度、お伺いしたいと思っているのですが。」
「来なくていいし、もし、未希の荷物があるんなら、処分して下さい。」
「いえ、近々、お伺いさせて頂きます。」
「来なくて結構です。」

いきなり、切られた。今の女性は、お母さんなのか?

 オレは手紙の住所に行ってみることにした。未希さんの実家は、ネットマップで見ると、結構大きな家だった。もう、何も言わずに荷物だけ送ろうか、いや、やはり一度面と向かって、挨拶してからだよな。オレは未希さんの実家に行った。

「こんにちわ。」
「はい。どちらさまですか?」
「先日、お電話させて頂いた高山健と申します。」
「ああ、来なくていいのに。」

この人はお母さんっていうほど、歳じゃない。

「失礼ですが、お姉さまですか?」
「未希の姉です。」
「私は未希さんと結婚するつもりで同棲していました。」
「そうなんですか。」
「で、未希さんの荷物があるのですが・・・」
「こちらに送らないでいいですよ。そちらで処分して下さい。必要ならもらって下さい。」
「本当にそれでいいんですか?」
「かまいません。」
「わかりました。」
「でわ、これで。」

そのまま玄関の戸を閉められてしまった。

 彼女は未希さんのお姉さんで、姉妹はとても仲が悪かったみたいだ。だから、未希さんの荷物も迷惑なだけだった。結婚の挨拶を後回しにしようとしていたわけだ。オレは未希さんの思い出は、すべて処分することにした。ずっとしがみついていても仕方がない気がしたからだ。

(つづく)

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