見出し画像

夢の先の人生 第1話

 小さい時は、誰でも夢を見ると思っていた。

 ボクは田舎に住んでいる。ここらへんの田舎にしては、小さな家に住んでいる。両親はいない。ボクが中学3年の時に、二人とも亡くなった。峠の道を軽トラで走っていて崖から落ちたらしい。ボクが実際に見たわけじゃないから、詳しくは知らない。

 ボクの兄弟はいない。つまり、ボクは中学卒業間近から、ひとりぼっちになってしまったから、ひとりでこの小さな家で暮らしている。親戚もいないから、ボクを引き取ってくれる人もいなかったので、ひとりで生きている。畑で見よう見まねで野菜を作って、近所の人からお米やお肉を分けてもらったりして、なんとか生きている。

 ボクは小さい時から、いつでも夢が見れた。誰もがみんなそうだと思っていた。でも、みんなが、夢は寝ているときにしか見れないって、言うもんだから、じゃぁ、ボクが見れている夢はなんで、昼間に見えるのか、不思議でならなかった。

 ボクの見れる夢は、自分でない人になれること。ん~、ちょっと違うかな。自分なんだけど、自分でない考えをして、自分でない行動ができる・・・どう説明していいのかわからないや。とにかく、自分でない人になっている夢を見る。昼間でも。ボクがぼ~っとしてしまうと、いつの間にか夢を見ている。だから、ぼ~っとしていることが多い。

 昼から畑仕事していて、ぼ~っとしてたら、夜になっていたとか、しょっちゅうだ。でも、その間、ボクは夢を見ている。この前の夢は面白かった。行ったことのない都会で、でっかいビルの上の方にエレベータで上がって、パソコンを操り、見たこともない資料を作っている。自分が何を言っているのか、ちゃんとした日本語なんだろうけど、理解できない言葉をしゃべって仕事をしている。ボクはいったいどんな仕事をしているのだろうか。さっぱり、わからない。

 でも、見たこともないものばかりだし、こんなふうに生きていけるんだなぁって感じていたよ。夕方になると、颯爽と上着をきて、そのビルから飛び出して、仕事仲間と食事をしに行く。お酒を飲んで、多少、酔っ払いながら、でも、理性的に仕事の話をしている。

 ハッと気が付くと、当たりは真っ暗。ボクは昼から畑仕事をしていたはずなのに、何にも進んでいない。あ~あ、今日もやっちまったな。まあ、誰に怒られる訳でもないから、まあいいっか。

 とにかく、毎日夢を見る。そんなんだから、しなくちゃいけない仕事がなかなか進まない。おかげで、野菜を枯らしたときもある。だから、ボクは自然栽培にすることにした。こうしたら、あんまり手入れをしないで済むけど、ん~、っちょっと、小さいが何とか野菜が取れる。

 今朝は歯磨きしているときに、夢をみた。ボクはカッコいいくるまを運転している。本当はまだ免許なんてもっていないけどね。でも、運転はとても上手なんだ。大きな広い道路を、すごいスピードで走っている。遅いくるまはバンバン追い抜いてく。心地よい風を浴びて、気持ちいい運転だった。と、想ったら、もうお昼だ。ボクはぼ~っとして、ずっと歯磨きをしていたみたいだ。

 まあ、一日に1回とか、2回とか、夢を見ることはしょっちょうだ。こんなんもあった。

 ボクはコンビニ強盗の一味になっていた。3人で襲った。気分的にはこんなことしたくはなかったけど、夢だから仕方がない。なんか、もたもたやっているうちに、パトカーがやってきて、ドジなボクは捕まってしまった。警察って、まじ、殴るんだね。リアルに痛かったけど、夢だから、目が覚めるとどこも怪我していない。痛いとこもない。

 ある時は、なんか女を手玉に取るイケメンになっていたりした。でも、その女性の一人が悲壮な顔で、ボクに迫ってきた。まあまあ落ち着けって言ったけど、彼女はいきなりナイフでボクを刺したのだ。いて~、めちゃ、いて~。手で押さえても、血が止まらない。あまりのリアルさにびっくりして、我に返った。ボクはいつもの通り、なんともない。やっぱ、夢なんだね。

 そう思っていたけど、これが夢じゃないことに気付いたのはもっと後のことだった。

 中学を出てから高校にも行かないで、農作業をやっていたけど、いろんな夢を見てたので、ボクはいろんな社会学習ができていた。はじめは何が何だかわからなかったことも、分かるようになっていた。そんな時だった、これが夢じゃないってことに気が付いたのは。

 ボクは他人の意識に入り込んで、密かにその他人と同化していたのだった。今まで、その人が考え、からだを動かしていたのだが、ボクにもそのからだを動かすことができることに気が付いたのだ。

 あるとき、夢のボクは、スリで、電車の客からサイフをすっては、中身を抜き取り、そのサイフを元に戻すことをしていた。だから、ボクは心の中で叫んだ。「そんなこと、しちゃだめだ。」彼はびっくりしていたが、しっかり、サイフをすろうとしたので、ボクはその手を止めた。つまり、そいつがからだを動かすことと、ボクがそいつのからだを動かすことが同時に起こったので、からだは固まった。

 そんなことがあって、ボクは確信した。いままで夢と思っていたことは、人の意識に入り込んでいたんだって。そのうち、強く念じれば、特定の人の意識に入り込んでいけることもわかった。こんなことできるのって、多分、ボクだけなんだろうな。

 だけど、自分からやろうと思わなくても、勝手に誰かの意識に入り込んでしまうのは、本当に困ったものだ。今までは夢だと思っていたから良かったのだけれど、それが他人の意識だと分かったときから、嫌になってきた。ボクの気持ち通りに考え、動くならいいのだが、絶対にそんなことはない。やきもきしちゃうので、つい手を出してしまいたくなるのだ。

 だから、勝手に他人の意識に入ってほしくないのに、いったいどうなっているんだろう。小さい時からずっとだったんだ。何か意味があるんだろうか。ボクにはよくわからない。

 そういえば、ボクが他人の意識に入り込んでいるとき、自分はいったいどうなっているんだろう。あまり、そんなことは考えてもみなかった。畑仕事をしている時にそうなった場合は、多分、そのまま畑に立ち尽くしていたみたいだし、寝ているときには、そのまま寝てたみたいだし、昼も夜もいつでも、そんな状態に突然なってしまう。そうなったら、ボクはずっとそのままの状態でいるみたいだ。まあ、夜にそうなるのなら、家にいることが多いから、問題ないけど、昼間は困ったものだ。恐らく、他人からみれば、ぼーっと突っ立っているんだろうな。

 ある時、山道を歩いていたボクは、その道を踏み外して崖から落ちた。でも、その瞬間、ボクはまた夢をみてしまった。その人は都会で仕事をしている女性だった。結構、事務仕事は気楽なんだな。

 いやいや、そんなどころじゃない。ボクは崖から落ちたんだ。早く戻らないと思ったが、戻れない。最近は自分の意識で自分に戻れたのに、なんで戻れないんだ。どうしよう。ボクはこのままこの女性の意識に仮住まいするのだろうか。仕方がないので、様子を伺うことにした。

 私は商社の事務をしている。田舎から出てきて一人暮らしをしている。事務は売上の入力を中心に雑多なことも多い。同じ部内に4人の女性がいて私はその一人。今日は売上が少ないせいか、入力があまりない。だから結構暇なの。営業部員が営業に持っていく販促物を用意するくらい。あとは4人でお話しをすることが多い。部長も今日は不在だから当然ね。この4人は仲がいい。だから、チームワークもいい感じ。本当に必要な時の推進力は抜群だと思うわ。でも、今日みたいにのんびりできるときは、完全に気が抜けているの。

 ボクは、だいたいそんな状況がわかってきたけど、まだ自分に戻ることができない。

「ねね、お昼、何食べる?」
「そうね、今日はあそこの食堂でもいく?」
「あそこのお弁当買ってこようか。」
「あそこの定食もいいよね。」

 この4人はたいがい外食らしい。いくつかの定番があって、そのパターンのどれかにするかで迷っているようだ。まあ、女の子らしいちゃ、らしいよな。ボクにしてみれば、そんなことより、自分のからだの方が心配だ。いったいどうなったんだろう。で、なんでもとに戻れないんだろう。困ったな。

「だれ?」
「突然、どうしたの?」
「男の人がなんか変なこと言ってる。」
「男なんてそばにいないじゃない。」
「でも、聞こえるの。」
「どうしちゃったの、ケイコ」
「わからないけど、聞こえるの。」
まだ、この人の意識に話しかけたわけじゃないから、聞こえてないはずだけどな。
「でも、聞こえてるのよ。」
えっ、まじか。
「そう、まじよ。」
「ケイコ、どうしたの?」
「誰か分からないけど、男の人が私に話しかけているの。」
「どこから?」
「そんなこと、分からないわ。」
「そうよね、近くに誰もいないしね。」
「初めて聞く声だから、会社の人じゃないわ。」

 この人はボクがしゃべりかけなくても、思っているだけでわかるみたいだ。
「どういうこと?」
多分、信じてもらえないよ。
「じゃ、私に話しかけないで。」
「ケイコ、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。でも、男の人に監視されているみたいで、嫌な感じ。」
「え~、いったいどこから監視してるん?」
「わかんない。」
困った。自分にはもどれないし、どうしたらいいんだろう。
「困った、困った、うるさいわね。」
まわりの女の子たちは、ケイコの言動にびっくりしている。

(あの、声に出さなくても、考えるだけで、ボクに伝わるから、そうしてくれる?)
(そうなの?)
(うん。)
(いったいあなたはどこから話しかけてきてるの?)
(君の意識の中にいる。)
(どういうこと?)
(ボクは崖から落ちて、意識が飛んで君の中に入ってしまったんだ。)
(なんで?)
(ボクにもわからない。)
(このままずっと、この状態なの?)
(それもわからない。ボクが自分に戻れれば、君はもとの状態にもどるんだけど。)
(それがいつになるのか、わからいということね。)
(そう、だからしばらくよろしくね。)
(よろしくって、だいたいあなたは誰?)
(ボクは江川秀一、○○県××村に住んでいるんだ。)
(そんなところから、来たの?)
(そういうことになるみたい。)
(ん~?私の意識と同居してるのよね?)
(その通りです。)
(つまり、もしかして私が見えるものは、あなたも見えるってこと?)
(そうです、その通りです。)
(もしかして、私がコップを持てば、あなたもコップを持っている感覚があるってこと?)
(はい、その通りです。)
(え~っ、困るわ。それじゃ、トイレにも、お風呂にも入れないじゃん。)
(はい、一緒に入っている感じです。)
(どうしようもないの?)
(ボクにはどうしようもないです。あっ、そういえば・・・)
(そういえば、なによ?)
(ボクが寝ている時は、あなた一人です。)
(そっか、それじゃ、いつ寝るの?)
(多分、あなたと一緒かも。)
(ばっかじゃない。それじゃ、意味ないじゃん。)
(ですよね。)

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?