見出し画像

聞こえるじゃん! 第2話

 人の声が聞こえるってことは、便利なようで、そうでないこともある。会社で、人事考課の時なんかは上司の声なんかは、聞きたくない。

(青木は、今回、あきらめてもらおう。)

あきらめるかってんだ。

人事面談では、しっかり食い下がった。

「ボクはこんだけ実績を上げているんです。なのに、この考課はひどくないですか。」
「そう言っても、周りのみんなも同じように頑張ったから、仕方がないんだ。」

まあ、こう言っておけば、たいがいあきらめるしかないよな。

なんて上司だ。

「だけど、今回はボクの方が成績は上なのは明白ですよね。みんなの営業成績は、あそこに貼ってますから。」

しまった。そうだった。

「だけどね、今回はね、・・・」

言い訳なんかできないぞ。どんなにいい加減な査定をしていたのかが、よくわかった。こんな上司の元では、いつまでたっても、給料なんか増えないや。それなら、こちらもいい加減に仕事をするだけだ。

 最近、休日はよくインターネットでゲームをしている。そのゲームの中で知り合った人と、チャットで話ができるから、結構おもしろい。本来、いろんなクエストをやっていって、いろんな敵を、それも一人で倒したり、チームを組んで倒したり、みんなで成長して、最後の強敵を倒してゲームは終了するみたいなやつだ。いわゆる、RPGというやつだ。当然、ゲームの中ではゲームのキャラクターになっているので、男か女かわからない。それに年齢すらも、わからない。どんな人が、そのキャラクターになりきって、遊んでいるのか、興味はあるけど、知らなくていいことだ。所詮、ゲームの中の知り合いってことだけだからね。

 でも、そのゲームの中で、特に仲良くしている人が、ちょっと気になりだした。ボクより、先にやっていたみたいで、ボクよりレベルはかなり上だ。だから、いろんな局面で助けてもらえることが多いし、いろんなアイテムをくれたりする。

「そんな、悪いよ。こんなすごいアイテムはもらえないよ。」
「いいって。もう、それを装備するレベルじゃないしね。」
「ホントにいいの?悪いね。」
「そのレベルになったら、使ってね。」
「あざーっす。」

 ゲームの中で、拾えるアイテムならいいが、実際にお金をかけて購入したアイテムなら、気が引ける。ボクはそこまでゲームにのめり込んでないから、お金をつぎ込むことはしない。でも、その人はたまに有料アイテムをくれたりする。まあ、性格的に優しい人なんだろう。いろいろとチャットで話をする限り、まったりできるんで、気が合うかもしれない。いったい、どんな人なんだろう。ボクは気になりだした。

 ボクがゲームに参加すると、すぐに声をかけてくることが多い。

「待ってたよ。」
「ごめん、今日はそんなにできないんだ。」
「そっか、わかった。」

ボクらは、狩場へ行って狩りをした。

「いつもありがとう。」
「早く、レベルが近づいたら、もっと楽しめるよ。」
「そうだね。」
「あ、」
「どうしたん?」
「雨が降り出した。洗濯取り込んでくる。」

こっちも降り出した。ということは、近くに住んでいるのかな。それとも、偶然か。

「なんとか、間に合った。」
「こっちも雨が降り始めたよ。」
「えっ、もしかして、近くに住んでる?」
「かも・・・」
「一度、会おうか。」

えっ、向こうから言ってきた。ボクも会ってみたい気がする。でも・・・

「いや、この世界だから楽しいんだと思うよ。」
「そっか。」

なんか、残念がっている気がした。

(会いたい。)

えっ、聞こえる?それにボクでいいのかな。

「でも・・・」
「でも?」

(会ってくれるのかな?)

期待されてる。

「近くなら、会ってもいいかもね。」
「よかった。」

(よかった、会ってくれそうだ。)

 なんか、かなり嬉しそうだ。ボクらは、互いに近所の駅を言い合った。そしたら、まったく同じということがわかった。本当に近所に住んでいる。すっごい、偶然だ。

「じゃ、今度の日曜、その駅前に11時でどう?」
「OKです。」
「で、目印は?」
「てか、お酒飲める歳?」
「あ、うん。」
「じゃ、夕方どう?18時とか。」
「わかった、いいよ。」
「で、目印はどうする?」
「黒のキャップをかぶっていくよ。」
「じゃ、こちらは青いキャップで。」

 いよいよ、バルサ(あ、キャラクタの名前ね。)に会うことになった。ボクのキャラクタの名前は、マックスだ。お互い、本当の名前は知らないけど、このキャラクターの名前で十分だ。

 当日、ボクは黒のキャップをかぶって、駅前で待った。青いキャップの人はどこだろう?ちょっと待っていると、割と背の高い、スタイルのいい、青いというか、紺色のキャップをかぶった人、女性?を発見した。ボクが176だけど、どっこいどっこいだ。女の人なら、かなり背が高い。マスクしてるし、サングラスしてるし、男か女か、わからない。でも、ボクの方に近づいてくる。

「マックス?」
「バルサ?」

声は女性だった。

「じゃ、予約してるから、行こ。」
「うん。」

バルサはボクの方をあまり見ないで歩いていく。ボクも遅れないようについていく。足が速いな。路地を入ったところに1軒の居酒屋があった。こんなところに、へえ~、洒落てるな。店を入ると、すぐに個室へ案内された。

「こんなところに、こんな雰囲気のいい店があったんですね。」

バルサは何も言わず、キャップをとって、サングラスを外し、マスクもとった。えっ???ボクは凝視してしまった。そこにいるのは、紛れもない山口佳純さん本人だ。(山口佳純さんは女優さんだ。)マジか。びっくりした。で、隣にいる人は誰?

「ごめんなさい、びっくりしたでしょ。」
「はい。でも、よくオフで会おうと思いましたね。ゲームの中なら、ずっと分からないままだったのに。」
「私の気まぐれね。なんとなく、会いたくなったの。あ、こちらはマネージャーの小林恵子さん。」
「どうも、はじめまして。」
「ごめんなさいね、どうしても佳純があなたに会いたいっていうから、今日は同席させてもらうわ。」
「いえ、女優さんですから、そんなものかと・・・」
「でも、バルサでいいですよね。」
「そうね、マックス。」

 このお店は彼女の御用達みたいで、何も言わないでもどんどん料理や飲み物を持ってきてくれた。ボクたちは、ゲームの話題に終始した。その方が気が楽だろうと思ったからだ。彼女も楽しそうだった。でも、彼女のキャラクターはアマゾネスっぽくて、めちゃ強いけど、本当はこうなんだよな。横で、小林さんはニコリともしないで、ボクらの話を聞いて、一人で食事をしている。それで、いいんだろうか。

「マックスは、サラリーマンなの?」
「そうです。営業やってます。」
「パソコンとか、わかる?」
「まあ、普通の人よりはですけど、大丈夫ですよ。」
「じゃあ、今度私のパソコンで教えてほしいとこあるんだけど。」
「いいですよ。」
「ありがとう、今度、お願いね。」

(よかった、マックスは信頼できそう。)

そう思ってくれるとうれしいな。こういう人は、絶対秘密にしてあげないと、いけないんだよな。

「ねえ、ほんとの名前と年齢、聞いてもいい?」
「青木健太郎と言います。26歳です。」
「青木さんね、私は本名だし、年齢も公表している通りよ。」

と言っても、年齢は知らんし。今度、ネットで調べておこうっと。

 ボクらは結構長い時間、ゲームの話をしてた。彼女はボクのように、実際に会ってもいい人かどうか、ゲームの中でいろんな人と話をしていたらしいけど、ボクのように話ができる人はいなかったらしい。でも、結構楽しく話ができた。彼女も満足気な様子だった。でも、いつも小林さんはお地蔵さんのように隣に座っているんだろうか。ボクはそっちも気になった。

「今日はありがとう。」
「いえいえこちらこそ。」
「また、お会いしましょうね。」
「そうですね、よろしくです。」

帰り支度をしていたが、一向に会計する様子もない。

「あの、お会計は?」
「あ、いいの。メグがやってくれたから。」

えっ、いつの間に?でか、メグって、小林さんのこと?恵子(ケイコ)だったよな。

「そんなわけにはいかないでしょ。せめて割り勘にさせて下さい。」
「ホントに大丈夫だから。」

ボクは彼女に押し切られてしまった。

 帰りは駅まで行って、別れた。でも、なんとなく、帰ったらすぐに、ゲームでつながりそうな気がしてたが、やはり、その通りだった。

「やっぱり、来ましたね。」
「そっちもね。」

ボクは決してゲーマーというわけじゃないけど、彼女と楽しむ、唯一の手段として、利用しているって感じだ。

 ボクの人生で、女優さんと知り合いになれるなんて、ほんの一握りの可能性もないと思っていたというか、そんなことさえ考えてなかったけど、こんな夢みないたなことが起こるなんて、いまだに信じられない。それも、今を時めく山口佳純さんだ。ボクの周りからは、絶対羨ましがられるだろう。

 ゲームを終えてから、山口佳純さんを調べてみた。年齢は29歳。ボクより、年上だ。でも、テレビで見るより、綺麗な人だったな。身長、170センチ、やっぱり、背が高かった。今更ながら、ボクは芸能人と知り合いになったんだって、うれしくなった。でも、これは絶対に内緒なのだ。誰にも言わないようにしないとな。

 うぉおおお~!!!だんだん、気分が高揚してきた。ボクは女優さんと友達になったんだ。こんなことって、絶対に普通はあり得ないはずだ。ボクはなんて幸運なんだろう。スゲ~ぞ、自分。考えれば、考えるほど、めっちゃうれしい。時間が経てば経つほど、その想いは増してきた。

 とにかく、ボクは山口佳純さんのことをもっと知ろうと思った。今からじゃ遅いかもしれないけど、ボクは彼女が出ているドラマや映画を録画した。休みにまとめて見ようと思った。怖い役だったり、可愛らしい役だったり、しっかり演じ分けていると思った。でも、素の本人の方が、素敵な気がした。

「最近、いいことあった?」
「えっ、別に何もないですけど。」

会社の先輩だ。よく、見てるもんだ。でも、言いたい。とっても、言いたい。

「もしかしたら、彼女でもできたかと思ったんだけど、当たってない?」
「当たってないですよ。」

ああ、言いたい~!!!

「おっかしいな、オレの直感は外れたこと、ないんだけどな。」

そうですよ、ほとんど、あたりですよ。でも、彼女じゃない・・・ですよね。

「ボクに彼女だなんて、あり得ないでしょ。」
「まあ、そうかもな。」

肯定するな。否定しろ。

 だけど、まさか、ボクがあの人気女優と付き合うなんてことはないよな。今はゲーム友達ってだけだよな。でも、度々、例の居酒屋でおしゃべりを楽しんだ。結構気さくで楽しい人だ。ボクはあえて、仕事のことは聞かなかった。

「マックスは、私が出てるドラマとか、見たことある?」
「ありますよ。」
「どう?」
「すごいですよ、ボクなんか、すっかり、茜ミクのとりこですもん。」

茜ミクは、今やっているドラマの役どころだ。

「そうなん?」

嬉しそうだ。

「どのドラマでも、こんだけ引き付けられるんだから、バルサはすごいですよ。」
「うれしいな。」

(私、やっぱり、マックスが好きかも。)

えっ、ほんとに?あかん、顔に出る。今は聞こえんでもいいのに。

「あのね、ボクはマジックできるんだ。」
「ほんと?見てみたい。」
「いつもは宴会の余興とか、取引先の接待でやっているんだけど・・・」
「見たい。やってみて。」

よかった、興味はこっちに引き付けた。

「このサイコロ、好きな目を・・・」

何回やっても、絶対に外さない。バルサはかなり興味深々だし、楽しがってくれた。

「実は、まだほかにもあるんだけど、準備してないから、また今度ね。」
「そうなんだ。でも、すごいね、全然わかんないよ。面白かった。」

よかった、喜んでもらえて。

 家に帰ってからも、バルサのことが気になった。本当にボクのことが好きなんだろうか?まさかな。ただのゲーム友達だよな。

「ねえ、マックス。」
「なに?」
「今度、友達も呼んでいい?」
「例の場所に?」
「そう。」
「いいけど。」
「でね、あのマジックやってほしいの?」
「じゃ、別のバージョンも持っていくね。」
「ほんと、うれしい。きっと、みんな喜ぶわ。」

 ところで、友達って、どんな方々なん?なんて、聞けなかった。まさかな。だけど、そのまさかだった。有名な俳優さんたちが、バルサを入れて4人も来ていたのだ。

「はじめまして、ボクは・・・」
「マックスでしょ。」

バルサは、ボクをマックスって紹介していたらしい。

「あ、はい。」
「よろしくね。」

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?