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夢の先の人生 第3話

 ボクはずっと気になっていることがあった。自分のからだの所在だ。本当にどうなったのだろうか。なんで、戻れないのか。薄々、もうだめなんだろうとは思っていたが、ちゃんと確認したかった。

 ネットで事件を調べてみたが、未だそんな事件はない。だけど、ボクがいなくなったら近所の人が、おかしいと思うだろうに、どうなっているんだろうか。ここからなら日帰りできる距離なので、行ってみることにした。ボクは自分が住んでいた家に着いた。そしたら、そこにボクがいたのだ。遠くから見ていたが、確かにボクだ。もしかしたら、誰かの意識がボクに移動して、そのまま生活しているのかもしれない。

 でも、考えてみたら、ボクもこのからだに移動して生活している。こんなことは、誰も言わないだけで、ちょこちょこあるのかも知れない。もしかしたら、このからだの主が、ボクのからだに入っているのかも知れないのだ。ボクは、自分のからだが死ぬことなしに、生活していることに、なんとなく満足感を得て、家に帰った。

 このからだはなぜ寝たきりになってしまったのだろうか。姉さんに聞いてみた。
「バイクで事故して、寝たきりになったのよ。」
「ボクは,なんでバイクなんかに乗っていたんだろうか。」
「よく不良仲間とバイクでつるんでいたわよ。」
「その連中は、またボクに寄ってくるんだろうか。」
「あの事故以来、誰も来ないから知らない顔してていいんじゃない。」
「そんなもんかな。」

 本当の仲間なら、絶対にまた来るだろう。でも、誰も来ないというんだったら、それだけの付き合いだったというわけだろう。なら、あんまり気にしなくていいのかも知れない。だいたい、ボクは今、大人しい髪型になっているし、染めてもいない。地味な服装しか着ていないから、たぶん、誰だかわからないだろうと思う。

 夜間の勉強は、なんか面白い。これが高校の勉強なんだ。まあ、大学受験のための勉強じゃないから、なんか楽しい。いろんな年代の方がいるんで、話もなんか楽しい。世代を超えた付き合いができるので、それも勉強になる。

 たまたま20歳以上の人があつまったので、飲みにいくこともたまにある。ボクはあまり飲めない方だ。でも、飲みにケーションとはよく言ったものだ。みんな本音がでて、より一層楽しくなる。まあ、そんなふうに楽しく夜学生時代を過ごしていった。だが、このからだの不良仲間がボクの前に突然現れた。

「よう、久しぶりやん。もう、からだは大丈夫なんか。」
「あなたはどなたですか?」
「何言ってるんだよ。オレだよ、オレ。」
「過去は覚えていないので。」
「やはり、その話は本当だったんだな。」
「また、楽しくやろうぜ。」
「今、高校に通っていて、アルバイトもしているんで、あまり、遊べないんだ。」
「そんなのやめちまえよ。」
「いや、楽しいからやめないよ。」
「性格も変わったみたいだな。」
「オレたちから逃れられると思うなよ。」
「どういうことなんだ。」
「脱退するなら、それなりの覚悟がいるっていうことだ。」

 なんかめんどくさいことになってきたな。今のボクは、こんなやつらと付き合いたいとは思わない。本当にめんどくさい。でも、夜学生の中で、そんなボクの苦悩を救ってくれた人がいた。彼らの上に君臨している人がいたのだ。だから、ボクには絶対手を出さないようにしてくれた。
「ありがとうございます。」
「いいってことよ。」
何かあったら、対応してくれるとのことだった。持つべきものは友人なんだということを悟った。その人もしっかり入れ墨が入っていた。その人にも、あまり気にするなと言われた。姉さんと同じだ。お蔭でなにごともなく、夜学生時代を過ごすことができた。彼の影響力は偉大だった。ボクは4年をかけて、夜学を卒業した。

 姉さんは2つ上だったが、彼氏はいないんだろうか。そんな話は全然したことがない。
「姉さんは彼氏、いるの?」
「いないわよ。」
「そうか。」
「何、何?意味ありげだね。」
「いや、特には。だって、結婚してもいい歳だろ?いるのかなって思っただけだよ。」
「あんたみたいなお荷物いるのよ。結婚なんてできないわ。」
「ボクのせいか。そりゃ、申し訳ない。」
「冗談よ。」

 まあ、毎晩、3人での夕食も楽しいし、これが一家団欒なんだと思っていたので、各々独立して、これがなくなってしまうんだろうと思ったら、淋しくなった。でも、いつかは独立しないとな。

 ボクは今、就活中だ。今まで肉体労働しかしてこなかった。ほかに何ができるのだろうか。でも、頭を使った仕事もしてみたいと思っていたが、できるものだろうか。その頃から、いろいろな会社を受けてみたが、あまりしっくりいく会社がない。自分で作ってしまうのも手かも知れないと思ったが、いったいどんな会社を起ち上げたらいいのかわからない。そんな矢先に、アルバイトをしていた酒屋のおやじにこんなことを言われた。
「知り合いの会社で、事業を引き継いでくれる人を探しているんだけど、どうだい?」
「ボクでかまわないんですか?」
「一度、行ってみるか?」
「じゃ、お願いします。」

 てなことで、その会社に行ってみることになった。ずっと、大企業の下請けをしている工場だった。社員は8名ほど。社長はもう80歳を越えている。もういい加減に仕事を辞めたいそうだ。でも、会社を引き継いでくれる人がいない。社員も職人さんばかりで経営なんかしたがらない。ボクはなんとかしてやろうと思ったが、社長とはひ孫くらいの年齢差がある。

「社長、必要なこと教えてほしい。なんとか、やってみるから。」
「やってくれるなら、なんでも教えてやろう。」
そんなことで、ボクはその社長について、いろんなことを学んだ。会社の職人さんとも、飲みに行って仲良くなった。でも、彼らに給料を渡すにしても、これくらいの売上ではたいして渡せない。もっと何か違った何かをしないと。

「最近、貴志ったら、目の輝きが違うわね。」
「本当にそうね。」
母親と姉さんは、そんな会話をしていたらしいが、ボクは全然知らなかった。下請けの仕事はだんだん減ってきていた。だから、全然給与を上げてあげれない。じゃ、独自のブランドを作るしかないだろう。

 ボクの仕事はそのブランドを見出し、売り出すこと、世に広めること。そうすれば、彼らの生活ももっと楽になるはずだ。ボクは金属雑貨でのブランドを起ち上げてみようかと思った。いくつかの案を職人さんたちに話しして、試作してもらった。何回か、試作してもらってなんとか納得するものができたので、それをもって一人で百貨店に乗り込んだ。

 そこでは、丁度、展示会があったので、置いてもらえることになった。なんて、ラッキーなんだ。それから、ネットも立上げ、ネット販売も始めた。ネットをはじめたら、外国からの問い合わせがちょこちょこ来るようになったので、英文のネットも立ち上げた。すると、外国からの引き合いが多くなってきたのだ。

 ヨーロッパでは、結構人気の商品になったきたのだ。おかげで、製造が間に合わない。8人の職人さんがそれぞれ1日3個がせいぜいだ。つまり、8種類の商品が1か月で、60個づつ。あっという間に、1年待ち、2年待ちの人気商品になってしまった。おかげで、みんなから文句を言われたが、大変な状況になってしまった。

「頑張っていろいろ考えてくれたけど、これじゃ首を絞められているみたいなもんじゃ。」
「うれしい悲鳴だけどな。」
「暇より、よっぽどましだ。」
「もっと人を入れてくれないと、これ以上つくれないよ。」

 まあ、そんなこんなで、2年ほどでえらい話になってしまった。社長は、それでええって言ってくれたけど、本当によかったのかな。

 社長はもう引退するって言い始めた。まだ、もっと教えてもらえないとやっていけないと思っているのだけれど、もう、何もいうことはないって言う。ボクは社長に就任することになった。若干、26歳だぞ。

 どんなに忙しくても、1日1時間以上の残業はしない。週に2日はちゃんと休む。週に1回はみんなで飲みにいく。これだけは続けようと思っている。
「貴志が来てから、忙しくなったけど、楽しいわ。」
「あんまり無茶苦茶せんしのお。」
ボクは自分より、2まわりも3まわりも上の職人さんたちと楽しくやれたらそれでいい。

 いつも、職人さんたちとワイワイやっている居酒屋に、新しいアルバイトの女の子が入った。大学生だという。なかなか、可愛い人だけど、ボクとは違う世界の人だと思ったので、さほど気にしていなかった。
「貴志クン、生2丁、注文してね。」
「は~い。」
「ついでに串カツ盛り合わせと刺身盛り合わせも追加。」
「了解っす。」

 ボクは居酒屋では、職人さんの下働きをしまくった。いつも仕事で頑張ってくれるので、この時くらい楽しんで欲しかった。そんなボクの気持ちを彼らは分かってくれていた。だから、この時間は本当に楽しんでくれた。

「いつも年配の方のお世話、大変ですね。」
「いや~、そうでもないっすよ。」
アルバイトの女の子、佳代さんはボクに気を使ってくれる。まあ、ボクは週1の世話焼きを楽しんでいたから、そんなに大変とか思っていなかった。

 まあ、会社は、今やほとんど営業をしなくても、口コミでたくさんの需要があったが、職人さんの後継人を探して、育てる必要があった。社長も年だったけど、職人さんたちも割といい歳だからね。求人を出したけど、なかなか人が応募してこない。確かに地味な仕事だからね。

 8人の職人さんに8人の後継者がついてくれればいいのだけれど、社員は一気に倍になると会社の利益は大丈夫なんだろうか?ボクは必死に計算してみたが、なんとかなることがわかった。内部留保も必要だけど、設備投資も必要だけど、生活が楽になるように人件費も引き上げてあげよう。なんとか、会社運営のことについて、できるようになってきた。でも、応募はなかなか来ない。

 そんなとき、突然、電話があった。
「あの、女でも大丈夫ですか?」
「えっ」
「やっぱり、だめですか?」
「金属加工ですが、いいですか?」
「はい、やってみたいんです。」
なんか、こんな仕事は男の仕事と思っていたけど、女の子でもいいか。

「職人さん、女の子でも教えてくれる?」
「女の子か!まあ、男でも使いもんにならんこともあるし、見てみようか。」
「ありがとう。一度、見学してもらうね。」
「おおよ。」

 見学当日、彼女は一人でくるはずだったが、2人の友人も連れてきた。そんなサプライズもいいとするか。うちの職人さんの説明で一通り話を聞いた彼女たちは、ぜひやってみたいと言い出した。昼からちょっと実作業をしてもらって、本当にやりたいのかを見てみることにした。なんせ、金属だから重たい。体力は必要だ。見た目は華奢だけど、案外、体力はあるみたいだ。3人ともにやる気になっている。

 ボクは職人さんたちと話をして、ひとまず、見習いで来てもらうことにした。取りあえず、1カ月やってもらう。それで、どうするのか決めることにした。1週間すると、だいたい彼女たちの意欲が見えてきた。本当にやっていきたいことがよくわかった。職人さんたちからも筋がいいとお墨付きをもらった。1ヶ月後、正式に彼女たちを雇うことした。なんか男だけの職場が華やかになってきた。職人さんたちもうれしそうだ。

(つづく)

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