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居心地の良い場所 第1話

「あの、お願いします。私を助けて下さい。」
いきなりそう言われて、俺は振り返った。

「はぁ?俺?」
「そうです、あなたです。」
「他を当たってくれよ。」
「だって、誰も私を助けてくれないんです。」
「俺だって、いっしょだよ。」
「お願いします。」
こいつ、どう見ても田舎から出てきたって感じの服装で、髪型も古臭い。

「どうしてほしいんだ?」
「何か、食べさせて下さい。」
「はぁ?」
俺はあきれた。こいつは乞食か。初めて乞食なんて見る。まあ、おにぎりでも渡せば、こいつから逃れられるかな。そう思って、コンビニへ歩き出した。

「あっ、ちょっと待って下さいよ。」
「そこで待ってろ。」
俺はすぐそこのコンビニに入ると、おにぎりを2個とお茶を買って、そいつのところに戻った。

「はい、これ食え。」
「ありがとうございます。」
「じゃ。」
「えっ、ちょっと待って下さいよ。」
「まだ、なにかあるの?」
「一緒に連れていって下さい。」
「はぁ?なんで?」
「泊まるところがないんです。」
「で、俺んちに泊まるってか?」
「お願いします。」
何言ってんだ、こいつは?公園かどこかで、寝るんじゃないのか。

「おまえなんか、泊めれねぇよ。」
「お願いします。」
困ったなぁ。今日は彼女は来ないはずだから、まあ、大丈夫でしょ・・・

「ちぇ、早く来いよ。」
「ありがとうございます。」
まあ、これはヒッチハイカーを拾った程度のことだということだなって、自分で納得するしかあるまい。

 俺は自分のマンションまで、10分ほど歩き、エレベーターを待った。
「ここですか?すごい大きな建物ですね。」
「さあ、乗って。」
エレベータに乗るよう、催促したが、なかなか乗らない。仕方がないから、俺が先に乗った。

「これは、いったい・・・」
「早く乗らないと閉まるぞ。」
「あ、はい。」
そいつはまるで初めて乗るかのような驚きを見せた。ド田舎に住んでりゃ、本当に初めてかもな。

「すっごーい、上がっていってるぅ。」
本当に初めてだった。こんなやつもいるんだな。

 俺の部屋は9階、降りると俺の部屋までの距離で夜景が見れる。
「うわ~、すっごーい。きれい。」
「本当に御上りさんなんだな。」
「えっ?」
「どうせ、ド田舎から来たんだろ?」
「まあ、そんな感じです。」

 俺はドアを開け、中に入った。
「入れよ。」
「はい、ありがとうございます。」
俺んちは2LDK。一人用の狭いマンションは嫌いなんで、広めの2LDKだ。
「わぁ~、きれいなお部屋。」
「ここに座って、そのおにぎりを食べな。」
「あ、はい。ありがとうございます。」

 袋からおにぎりを取り出したのはいいけど、なかなか食べない。
「あの、これ、どういうふうに取り出したらいいんでしょう?」
「はぁ?そんなこともわかんないの?」
「まず、これを引き抜いて、②を開けて、③を開けたら、食べれるでしょ。」
「すっごーい、こんなふうになってるのね。」
こいつ、こんなことも知らんのか。本当にド田舎に住んでいたんだな。

 明かりの下で、よくよく見ると、めっちゃ汚れてるやん。こりゃ、掃除せんと大変だ。裸足の足は汚れているし、よく見れば、廊下は足跡がついている。これ、誰が掃除するんだ?俺やんけ。ちょっと、がっくりだ。

 とにかく、こいつが全部食べ終わるまで、待ってやろう。俺って、優しいかも。
「御馳走様でした。とってもおいしかったです。」
「じゃあ、その汚い身なりをなんとかしないとね。」
「あっ、ごめんなさい。汚れましたよね。」
当然だろ。そのまま動くな、頼むから。

「俺は優しいから、お風呂に入れてやる。どうせ、今着ているもの以外に着るものないんだろ?」
「ですね。」
「ちょっと、動かずに待ってろ。」
「はい。」
なかなか素直やん。

 でも、もしかして泥棒だったりして・・・俺は大急ぎで風呂上りに着れそうなものを見繕って、持ってきた。ちゃんと、座っていた。ちょっと、ほっとした。
「これを風呂上りに着てもらう。あ、触るな、汚れる。」
「ごめんなさい。」
割と素直やん。

「ちょっと、待ってろ。風呂、沸かしてくる。」
「はい。」
俺は台所のリモコンをオンにした。
「ピッ!」
「あとは、10分ほどで入れるから。」
「えっ~?なんで?」
「何が?」
「だって、薪とか火をつけてないでしょ。」
何言ってるんだ、こいつは?
「そんなもの、ある方がおかしい。」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ。」
俺は、洗面所のところに、服とバスタオルを置いておいた。

「ところでおまえ、どこからきたんだ?」
「よくわからないです。」
「はっ?なんで?」
「だって、私が知っているところが、どこにもないんですもの。」
なんだ?こいつは?やっぱり、ド田舎から来たんだろう。でも、その田舎の名前だけでも聞いてみようっか。

「でも、その場所の名前はあるだろう?」
「ありますけど、・・・」
「言ってみろよ。」
「じゃ、言います。神田です。」
「カンダ?」
「でも、私の知っている神田じゃないんですもの。」
そんなわけないだろ?こいつやっぱりおかしいのかもな。

「ピー、ピー、ピー」
「なんの音ですか?」
「風呂が沸いた音。」
「ええ?いったいどういうわけなんですか?」
こんなことも知らないなんて、どう考えてもド田舎出身だ。

「最近は全自動なの。」
「そんなことができるんですか?」
「今はこれが普通なの。さあ、こっちにきて。」
俺はこいつを連れて、風呂場に行った。
「どう?ちゃんと湧いてるでしょ?で、ボディソープとシャンプーはこれを使って。コンディショナーはこれ。」
「はぁ?」
「着替えはこっちの籠にいれて、これを着て、バスタオルはこれを使って。」
俺はドアを閉めて、雑巾を取りに行って、さっきの足跡をふき取った。

 ついでに掃除機をかけていると、びっくりしたような顔をして、そいつが顔を出した。
「なんの音ですか?」
「掃除機!えっ?前を隠せ。」
「あ、すみません。」
こいつ、羞恥心ってないんか?こっちがびっくりするやんけ。

 だけど、こんなところを彼女に見られたら、終わっちゃうだろうな。でも、絶対なにもないっていっても、分かってもらえるかな?本当に人助けだもんな。

「あの、石鹸、ないんですか?」
また、素っ裸で出てきた。俺はそいつの方を見ずに、こう言った。
「石鹸の代わりが、ボディソープなの。わかった?」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」
こいつ、本当にいかれてるんじゃないかな。

 俺はビールとつまみを取り出して、テレビをつけた。もしかして、どこかにこいつのニュースが流れていないかな?

 しばらくすると、
「うわー、すっごい、これ、テレビっていうんですよね。」
ようやくそいつは俺の思っている通りの服装で、でてきた。

「色付きのテレビなんて、あるんですね。」
「それに、こんな大きなテレビを持っているなんて、よっぽど、お金持ちなのね。」
「こんなん、小さいほうだよ。」
「えっ、なんでこんなに薄いの?」
「だから、普通だって。」
まさか、ブラウン管のテレビしか知らんとか。本当は新手の泥棒かも。

「ところで、名前も年も聞いてないな。」
「あっ、ごめんなさい。私、前田正子(まえだまさこ)、21歳です。」
「なんでそんな若いのに乞食なんか・・・」
「だって・・・」
でも、古臭い名前だな、最近は「子」なんてつけないよな。

「あなたは?」
「俺は田中航(たなかわたる)。」
「30歳くらい?」
「あほぬかせ。26だ。」
「ごめんなさい。案外、若いのね。ひとりで住んでいるの?」
「まあね。」

「で、今日はいいとして、明日以降はどうするつもりなのかな?」
「目途がつくまで、お願いします。」
「あほか!俺はそんな善人ちゃうで。」
「お願いします。」
それで済めば、なんでもOKでしょ。だけど、絶対無理。俺の彼女が明日は来る。

「悪いけど、明日は無理。」
「どうしてですか?」
「彼女が来る。」
「じゃあ、私は妹ということにして下さい。」
なっ、なんと。
「そんなわけにいくか。」
「ご兄弟の話を彼女にしてますか?」
「それはしてないけど。」
「じゃあ、OKですよね。」
こいつ・・・。そんな簡単じゃないぞ。
「それに、家のことは、全部私がします、いいでしょ?」
こいつ、絶対、居座るつもりだ。

「あなたは家政婦を雇ったと思って下さい。お給金はなしでいいです。」
「絶対、俺の彼女には、妹ということにしとけよ。」
「大丈夫、任せて下さい。」
なんか押し切られたような気がする。うまくいくのかな。なんか不安。
今日は仕方がないので、タンス部屋として使っていた部屋に、あまっていた布団を持っていって敷いた。

「私、本当のこと、言いますね。」
「本当のこと?」
「そうです。私は恐らく未来に来ちゃったんだと思います。だって、昭和28年じゃないんですもの。」
「はぁ?昭和28年?」
「そうです、どうなっているんですか?」
「そんなん、俺に聞いてもわからんやんけ。」
「ですよね。いったい、どうなっちゃったんだしょうか?」
こいつは本当に過去から来たのか?昭和28年って、いったい何年前なんだ?

「少なくとも、今は令和元年、その前は平成、その前が、昭和だ。」
「だから、過去から来てしまったんですよ、私。」
あとから調べたことだが、昭和28年に21歳ということは、今では、89歳ということになる。

「わかった。その話はまた今度にしよう。今は俺の妹ということで、話をちゃんと合わせてくれよ。」
「大丈夫です、わかってます。」
俺はちょっと不安を感じていたが、こうなりゃ、今後のことをちゃんと確認しておきたいと思った。

「明日、俺は仕事だから、朝から出るけど、おまえはどうする?」
「部屋の掃除とか、洗濯とかしておきましょうか?買い物はどうしましょう?」
買い物はできるのかな?それに、女物の衣服もいるだろ?余計な出費だ。

「じゃ、これで、自分の服を買って、適当に食事の買い物もしといてくれ。」
「わかりました。」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「任して下さい。ちゃんと、やりますから。」

 だが翌朝、俺はこいつに起こされた。
「あの、台所の使い方がわかりません。教えて下さいますか?」
「ああ、そうだったな。」
俺は寝ぼけ眼をこすって、台所にいった。

「ここに鍋とかフライパンとかを置いて、これを回すと火がつく。火加減はこれをゆっくり回すと、弱くなるし、最後まで回すと消える。」
「お湯は、このポットに水を入れて、ああ、水はここのレバーを上げればでるから、下げたら止まる。で、ポットをここにセットして、このボタンを押せば、勝手に沸くし、勝手にとまる。」
「すごい、便利なんですね。」
「今じゃ、当たり前なんだけどね。」
「あと、これが冷蔵庫。冷やすものはここに入れる。冷凍が必要なものは、ここに入れるし、野菜は野菜室に入れる。」
「画期的ですね。こんなのがあるんですね。便利になったものです。」
「まだ、4時じゃん、もうひと寝入りしてくるわ。」
「はい、お休みなさい。」
昨日のうちに教えていけば、起こされずに済んだ。あほな俺。

 6時半、起床。よく考えれば、外に出て何かあったら大変だし、お金をまるまま使われるのもしゃくだし、とにかく、外出はやめてもらって、家の中だけにしてもらって、俺は会社へ行った。

 夕方、彼女にLINEで連絡を取った。そしたら、・・・遅かった。まさか、もう俺んちへ行っていたとは・・・

 なんでも、今日は外回りで早めに終わったんで、買い物して、俺んちに行ったらしい。で、自称、妹の正子に遭遇したらしい。大丈夫だったんだろうか?でも、LINEの内容からして、問題なかった感じだ。大筋、そういうことだと分かっていても、実際に彼女に会うまで、ドキドキだ。俺も早めに仕事を終えて、帰途に着いた。

「ただいま。」
俺はかなりドキドキしながら、ドアを開けた。
「おかえり~。」
二人はにこやかに出迎えてくれた。なんとか、うまくいったんだな。かなり、ほっとしたわ。

「今日はほんとにびっくりしたわよ。こんなサプライズだなんて。」
「お兄ちゃんの彼女さんをびっくりさせようと、黙ってたのよね、お兄ちゃん。」
「あっ、ああ。」
そういうことになっているんだ。

「話を聞いたら、着の身着のままで出てきたから、着るものがないっていうじゃない。じゃあということで、二人で買い物に行ってきたの。」
それで、そんな服を着てるのか。

「正子ちゃん、すらっとしているから、なんでも似合うわ。」
「お姉さん、よして下さいよ。」
なんか楽しそう。よかったんだよな。

「んでね、今日は二人で何か作ろうってことになって、こんなに作っちゃったのよ。」
「正子ちゃん、お料理上手ね。」
「やだ~、お姉さんったら。それほどでもないですって。」
「よかったな。」
ちょっと、顔が引きつっている、俺。

 まあ、そういうことで、晩御飯はなんか、楽しく過ごせることができた。
「お兄ちゃんたち、うらやましいなあ、私も彼氏、欲しいなあ。」
「正子ちゃんなら、大丈夫、絶対、いい彼氏ができるって。」
「そうですか?うれしいです。」
「はははは。」

 その夜、俺は彼女を送って行った。
「かわいい妹さんじゃない。あの子だったら、私の妹にしてもいいなぁ。」
「そうか。あんなのでいいのか。」
「そりゃ、男の側から見たら、また、感覚が違うと思うけど、可愛らしいわよ。私、一人っ子だし。」
「そうだったね。」
めちゃくちゃ、褒められてるやん。全然、ボロ出なかったってことだな。

 家に帰ると、すっかり片付いていた。
「お帰りなさい。ばっちりでしょ?」
「ああ、完璧だ。ありがとう。」
なんで、礼を言っているんだ、俺。

「って、本当に居座るんか?」
「いいでしょ。だって、この未来で頼るとこないんですもの。」
「自分の実家に行ってみれば、どうだ?」
「行ったわよ。でも、すっかり変わってしまって、全然分からないんだもん。」
そうりゃそうだろ、何十年もたっているんだからね、って、このままじゃ、本当に居座られてしまう。大体、俺に妹なんかおらんし。

「彼女さん、あかりさんって言うのね、とってもいい人。私も気に入ったわ。」
「もう、それ以上関わるなよ。」
「それは無理よ。だって、お兄ちゃんの彼女さんだもん。」
妹気取りになってやがんの。困ったもんだ。

 確かに過去から来たんなら、どこにも知り合いなんて居らんし、うまく、自分の肉親に会えたとしても、信じてもらえんだろう。かと言って、このままだと、いずれ彼女にばれる。その時が、・・・とても恐ろしい。

 だって、あかり以外の女と、ずっと同居していることになるのだからね。なにもなかったと言っても、信じてもらえないだろうし、まず間違いなく、破局を迎えるだろう。そう思うと、やっぱり、出て行ってもらわないとだめだ。

「だけど、そのうち出て行けよ。」
「そんな冷たいこと言わないで。この世界にいる間だけ、お・ね・が・い。」
どんなに頭下げられたって、ぜって~、無理だぜ。でも、しばらく、仕方ないか。

(つづく)

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