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夢の先の人生 第5話(終)

「ただいま。」
「ただいま、帰りました。」
「お帰り。」
「やっとね。」
はいはい、そういうことです。

 ただ、ボクは気になっていることがあった。背中の入れ墨だ。これを見て、どう思うんだろう。これについては、なかなか言い出せなかった。
「貴志、入れ墨の話はしたの?」
姉さんも、ボクの様子からそれに気が付いて聞いてきた。
「まだ。」
「ちゃんと、話しておきなさいよ。」
「うん。」

 入れ墨イコールヤクザとか、不良とかのイメージが強すぎて、これを彼女に言うのに、気が引けて仕方がなかった。でも、いつまでも黙っているわけにはいかなかった。
「話があるんだ。」
「なんですか?改まって。」
「実は・・・」
「ん?」
「入れ墨って、どう思う?」
「タトゥーですね。ヨーロッパでは入れている人、多いです。私の父もしてます。」
そういえば、タトゥーはファッション化してるって聞いたことがあった。
「そっか。ボクもタトゥーしているんだ。」
「見せて下さい。」
ボクはシャツを脱いで、背中を見せた。
「うわあ~、すごいですね。でも、カッコいいです。」

彼女の反応に、気が抜けた感じがした。いままで、どうしようかと気に病んでいたボクはなんだったのだろうか。
「かっこいい?」
「日本では、こんなかっこいいタトゥーをするんですね。」
「君が嫌がったらどうしよかと思ったよ。」
「嫌がる?なんで?」
「日本ではタトゥーからヤクザを連想させるからね。」
「そうなんですか?今は、ファッションですよ。気にしなくていいです。」
「ありがとう。」

 これで何も問題がなくなったと思っていたボクだったが、ある日姉さんがこう言った。
「この前ね、見たことない男の人から、オレが貴志なんだって言われたわ。」
「えっ、何それ?」
ボクがそうであるように、そいつもボクと同じなんだろう。でも、これは反則だ。今の人生を生きていくべきだろうに。
「なんかよくわからない。でも、気持ち悪いわ。」
「そうだね。気を付けた方がいいよ。でも、なんかあったら、ボクが対応するよ。」
「わかった。その時は連絡するね。」
まさか、こんな時にこのからだの持ち主が現れるなんて。

 しかし、そいつと対面するのは、すぐだった。姉さんから連絡が来たので、ボクはすぐさま、駆け付けた。
「おお、来たな。どうだ?オレのからだを乗っ取った気分は?」
「この人、おかしいんちゃう?」
「オレは姉貴に言っているんじゃない。こいつに言っているんだ。」
「姉さん、こいつはボクに任せて、一旦帰ってくれる?」
「どうして?一緒にいるわよ。」
「お願い。あとで、話をするから。」
「わかった、あんたに任せるわ。」
姉さんには帰ってもらった。

 ボクはそいつと話をするために、茶店に入った。
「どういうつもりだ?」
「おまえ、うまいことやっているみたいだな。」
「あんたの後を継いで、なんとかここまで頑張ってきたんだ。」
「そこから、今度はオレが引き継ぐよ。」
「おまえはおまえの新しい人生を行けば、いいじゃないか。」
「こんなヤツ、どうしようもないから、元のさやに戻るだけだよ。」
「そんなことなんか、できやしないだろ?」
「そうだ、実際は戻れない。だから、おまえが成功した分、オレに貢げっていうことだ。」
こいつ、なんてやつなんだ。
「嫌なら、全部バラしてもいいんだぜ。」
「そんなこと、誰が信じるか。」
「少なくとも姉貴は、ちょっと疑問に思っているみたいだぜ。」
「絶対、おまえの好きにはさせない。」
「そうなら、おまえは築いてきたものは全部ぶっ壊してやる。」
本当に、なんてヤツなんだ。
「毎月、100万でいいんだ。そうすりゃ、何もしないさ。」
「ボクの給料は30万なんだ。そんなに払えるわけないだろ。」
「何言ってんだ?社長だろ?」
「でも、社員たちと同じ給料にしている。」
「じゃ、もっと多くすれば済む話だろ。」
こいつ、本当に最低だ。
「まあ、考えておけよ。明日また連絡するよ。」

 あいつがボクの今のからだに移動してきたら、どうなるんだろう?でも、その気ならすでにやっているだろう。ということは、今の自分から出られずにいるということだろう。しかし、面倒臭いことに巻き込まれたな。姉さんにはなんて言えば、いいんだろう。
「どうだった?」
家に帰ると、居の一番に姉さんからの質問だ。
「なんかよくわからないことで、脅迫されたよ。」
「やっぱり。なぜか知らないけど、うちのことよく知ってて、気持ち悪いって思ったわ。」
姉さんには本当の話をしておこうかな。
「なんでも、あいつは元ボクで、それをバラされたくなかったら、月100万円よこせだって。」
「気持ち悪~い。絶対、お金なんか渡しちゃだめよ。」
「当たり前さ。そんなことするわけない。」
「いったい、どういうつもりなんだろうね。」
「よくわからない。いずれもしても、これは脅迫なんで、一度、警察に相談してくるよ。」
「そうね、それがいいわ。」

 姉さんはボクを疑わない。よかった。とにかく、警察へ行って、ことのすべてを話することにした。警察では、とりあえず話は聞いてくれた。でも、実際に問題が起こらないと動けないとのこと。まあ、そんなもんだろう。

 翌日、アイツから連絡がきた。
「どうなんだ?決心したか?」
「決心も何もないよ。そんなことはしない。」
「じゃあ、いいんだな?」
「何がだ?」
「すべてバラしてやるぜ。」
「姉さんは信じてなかった。単に気持ち悪がっていたよ。」
「そんなことはないはずだ。」
「どこで、うちのこと調べたんだろう?って言ってたよ。ボクもそう思うし、かあさんも信じないよ。」
「なんだと、覚悟しておけよ。」

 だいたいにして、こんな不思議なこと、誰も信じないって。その後、姉さんのとこにも、母親のところにも現れて、言いまくったらしいが、二人とも信じなかったし、警察に連行されていったらしい。
「世の中、気持ちの悪い人もいるものね。」
「だけど、怪我させられなくって、よかったよ。」
「本当ね。」

 それから、性懲りもなく、うちの近くでウロウロしていたんで、母親が通報した。おかげで、再度連行されていった。警察から、今度、このようなことをしたら、刑法にて処罰するとの話を聞いて、しぶしぶ諦めたみたいだった。本当は彼も、こんな不思議なことの被害者なんだろうけどね。

 それから、ボクとシルヴィーは、シルヴィーの両親に挨拶するため、フランスへ旅立った。
「貴志さん、あのね、実はまだ、私の両親にこの話をしていないの。」
「えっ、なんでまた?」
「今回の帰国で、びっくりさせたかったの。」
「そうか、わかった。ボクも協力するよ。」
「ありがとう。今回は仕事で社長と一緒にフランスに帰るとだけ、伝えているのよ。」
「なるほど。うまく、サプライズになればいいね。」
「わかってくれて、ありがとう。」

 フランスに着くと、ボクらは彼女の家に向かった。彼女にとって2年ぶりだ。
「ただいま、帰ってきたわ。」
「お帰り~。会いたかったわ。」
「お帰り。元気でなによりだ。」
「そちらは?」
「私の会社の社長の貴志さんよ。」
「いつも、シルヴィーさんには、お世話になっています。」
「いえいえ、娘のことをありがとう。」
「迷惑かけていませんか?」
「全然、そんなことはないですよ。」
「今日は、貴志も泊まってもらっていいわよね?」
「もちろんだとも。」
「大歓迎さ。」
「ありがとうございます。」

 その晩、彼女が帰ってきたことで、近くの親戚たちが集まってきた。彼女のおじさん夫婦やお兄さん夫婦、おばさんまで、総勢、20人ほどになった。さすがにボクもこの人数に緊張していた。みんな彼女の久しぶりの帰宅を喜んでくれていた。

 食事も半ばに差し掛かった時に、シルヴィーはボクに合い図した。いよいよ、その時だ。シルヴィーが立ち上がって、こう言った。
「みんな、聞いてほしいの。」
「今日は、みんなに集まってもらって本当にうれしかったわ。」
「で、みんなに報告があるの。」
「いったい、何なんだ?」
「実は私、結婚するの。」
「わぁ~、おめでとう。」
すごいことになった。みんな立ち上がって、おめでとうの嵐だ。
「で、お相手は誰なんだい?」
「ここにいるじゃない。」

 また、みんなから歓声があがった。ボクも彼女と共にもみくしゃにされた。それからはみんなのテンションは大きく変わった。こんなに喜んでもらって、本当によかった。更に、ボクの家にネットのテレビ電話でつないだ。彼女が翻訳してくれたけど、多分、日本では何やらわからないけど、彼女の翻訳でかろうじてという感じだろう。30分くらいつないでいたので、こちらの大盛り上がりの雰囲気は分かってくれただろうと思った。

「何?結局、仕事でこっちに帰ってきたんじゃないのね。」
「そうなの。ごめんね、サプライズなの。」
「そうだったのか。でも、本当におめでとう。」
「ありがとう。」
「貴志さん、彼女をよろしくね。」
「毎年、帰ってきてね。」
楽しい夜は時間が早い。かなり遅くまで盛り上がっていた。

「サプライズ、うまくいったわ。」
「よかったね。」
「ありがとう、本当にありがとう。」
彼女もとっても喜んでくれていた。

 翌日はシルヴィーのお気に入りの場所などに連れていってもらった。シルヴィーのやりたいことなど、たくさんあったはずなのに、あっという間に終わってしまった。ボクはシルヴィーの両親に、今度日本を案内することを約束して、二人で日本へ旅立った。

 日本に帰ったボクらは、例のテレビ電話の話で盛り上がった。母親も姉さんもよろこんでくれた。

 実は、こんな時ほど、ボクは不安になっていた。元々ボクは、今のからだのボクではなく、田舎坊主だったはずだ。なのに、こんな幸せでいいのだろうか。とはいうものの、ここまでの実績は、全部自分の努力の結果じゃないのか。それでも、こんなふうに移動してこなかったら、こんなことにならなかったはずだ。今の状態をいったいどのように考えるべきか、ボクは迷ってしまった。だいたいにして本当にこれが現実なんだろうか。まだ、夢の中にいるんじゃないか。考えれば、考えるほど、ボクは落ち込んでいってしまった。

 シルヴィーはすぐにボクの異変に気が付いた。
「貴志さん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。」
「私に言えないことなの?」
「そんなわけじゃないけど、これは自分で解決する問題だから。」
「わかったわ。でも、どうしても難しいなら、話だけでも聞くわよ。」
「ありがとう。その気持ち、うれしいよ。」

 多分、これがボクの夢・・・いや、その先にある人生なのだ。もっと、自信を持って歩んでいけばいいんだ。ボクはそう思って、この先、シルヴィーと一緒に歩んでいこうと思うのだ。

(おわり)

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