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旅の終わりに 第3話

 とにかく、あの女のそばから離れてしまいたかったので、くるまを走らせた。連絡先の交換などしてなかったので、二度と会うこともなかろう。俺は公園の駐車場にくるまを止めて、寝ることにした。人の善意を無茶苦茶にするやつもいるもんだ。改めてそう思った。

 翌朝、俺は更に北上を続けた。のんびりした田舎の方がいい。まだまだ、お金の方は大丈夫だ。のんびり行こう。

 数日後、俺は切り立った崖から海を見つめていた。水平線が上下に分ける海と空。下を見ると、波が水しぶきを上げている。潮風は気持ちいい。しばし、見ていたい気持ちになる。

 ふと、数十メートル横にいる女性の醸し出す感じがあまりに、マイナス・オーラなので、嫌な感じがしていた。あまり、関わりに合うとろくなことにならないと思っていたが、俺の正義感が許さない。

「あの、おひとりですか?」
彼女はびっくりしたように俺を見た。その目には涙が光っていた。
「余計なこと言ったかな?」
「いえ、そんなことないです。」
「よかったら、聞くよ。」

 しばし、黙っていたが、ぽつりぽつり話し出した。
「私、もうだめなんです。」
「何をやっても、うまくいかなくって、楽しいことなんか、何もないんです。」
「会社でも問題が起これば、すべて私のせいにされるし、違うって言っても誰も信じてくれない。彼氏は、私のお金を持ってどこかに消えてしまうし、私には悪いことしか、起こらないんです。それなら、いっそ・・・もう、死んでしまいたい。」
「それでここに?」
「はい。」
「じゃ、リセットしてみたら。」
「リセット・・・ですか?」
「そう、リセット。」
「どういうことですか?」
「今の会社も辞めて、住むとこと変えて、心機一転、やり直すんだ。」
「そんなこと・・・」
「何も気にすることはないんじゃないかな。あとはリセットする勇気があるか、ないかだけだよ。という俺は無職だけどね。」

 彼女の顔はしばらく、曇っていた。でも、決心したかのように、明るくなった。
「やってみます。」
「それがいい。がんばってね。」
「はい。」
「ところで、駅までだったら、送るよ。」
「ありがとうございます。」
そんな訳で、俺は駅まで、彼女を送った。

「じゃ、がんばって。」
「すっきりしました。ありがとうございました。」
俺もなんかいいことしたという感じで、心が晴れやかになっていた。あの変な女からも完全に吹っ切れることができた。さて、今夜はどこに泊まろうか。

 久しぶりにホテルの泊まることにした。最上階のラウンジでちょっとお酒なんて、気取ってみたりして。たまにはいいもんだ。ジャズピアノが流れて、そんな雰囲気の中、ゆっくり、お酒を頂く。俺はタバコは吸わない。だから、禁煙席で飲んでいると、めちゃ好みの人がひとりで飲んでいるのを目撃した。どうしよう、でも、飲んだ勢いだ、話しでもしてみよう。

「おひとりですか?お邪魔でなければ、お話ししませんか?」
彼女は俺を見ると、ニッコリ笑って、こう言った。
「いいわよ。」
やったぜ。
「どちらからいらしたんですか?」
「さあ、どちらでしょう?」
「そんなことはどうでもいいか。」
「そうね。」
「ずばり、俺の好みなんで、声をかけさせて頂いたんです。」
「そうなんですか?」
「ずっと、気になっていたんですが、どうやらひとりそうだったので。」
「今から誰か来るかもしれませんよ。」
「その時は身を引きますよ。」
「あら、そうなの?」
「俺の出る幕じゃないでしょ。」
「だいじょうぶ、ひとりよ。」
「ありがとう。」

 俺たちはそのまま2時間ほど話しがはずんで、その日は別れた。翌日、朝食で今度は彼女から同席をお願いしてきた。
「どうぞ、いいですよ。」
「ありがとう。」
俺も彼女も洋風バイキングだ。昨日の続きのように、小一時間ほど話しが弾んだ。

「今日はどちらまで?」
「足の向くまま、気の向くまま。」
「じゃ、お供させて頂けるかしら。」
「どうぞ、いきましょう。」
ということで、俺のくるまに便乗して旅行を楽しむことになった。
「こんなかわいらしいくるまに乗っているなんて、意外。」
「そうかな。まあ、外見はあまり気にしないので。」
「その意外性が素敵ね。」
そんなものかな。
「じゃ、行くよ。」
「は~い。」

 俺はくるまを走らせた。彼女は割と活発な恰好で助手席に座っている。まあ、俺は飛ばす方じゃないし、ましてやこのくるまじゃ、スピードは出ない。俺のペースで元気に走ってくれれば、OKだ。

 彼女はそんなにスピード狂って感じじゃないようだ。ゆったり走る俺の運転に文句はなさそうだった。さあ、今日はどうしようかな。俺は彼女と旅というより、ドライブを楽しんだ。昼はドライブインで食事をし、あとはドライブと景色を二人で楽しんだ。

「さて、今夜はどうします?」
「もう少し行くと、〇〇市だから多分ホテルとかあると思うので、適当にあたってみますか?」
「わかりました。じゃ、探してみますね。」
「よろしくです。」
彼女はスマホで宿泊サイトを探してくれている。道はいいし、夕方の景色は、またそれはそれでいい感じだ。

「ん~、なんででしょうかね。」
「どうしたの。」
「なかなか、空いてないんです。」
「俺はどんなんでもいいですよ。」
「ではもう少し探してみますね。」
「お願いします。」
なにかあるのかな。この時期、満室になるなんてね。

「あ、あった。」
「よかったね。」
「でも、どうしましょう。」
「んっ?」
「ダブルだけなんです、空いてるの。」
それも困ったもんだな。じゃあ、もう少し探してもらおう・・・

「でも、ここでいいですよね。」
へっ?いいの?まあ、椅子とかあるだろうし、俺はそこでもいいか。
「わかりました。」
「じゃ、取っちゃいますね。」
「お願いします。」
「完了です。」
ほんとにいいんかな?俺は半分うれしい気持ちと困った気持ちで複雑だ。まあ、とにかくホテルの場所をナビにセットしてもらって、そこへ向かった。

 くるまを置いて、ロビーへいくと、彼女が受付をしてくれた。
「先ほど、予約を入れた佐々木ですが。」
「はい、承っております。」
ふたりで13000円だった。安いね。
「部屋は605号室になります。」
「ありがとう。」
俺たちは部屋に向かった。だけど、なぜかその部屋はかなり大きかった。

「こんな部屋であの値段?」
「私たち、ラッキーだったのね。」
「これって、スィートルームかな。」
「多分、そうですね。」
彼女は晩と朝の食事付きをお願いしてると言っていた。この部屋で食事までついて、あの値段か、ラッキーでしかないな。

 とにかく、荷物を置いて、食事をしにいくことにした。彼女が選んだのは、フレンチのコースだった。さすがに飲み物は別途だったけど、とにかくラッキーずくめだ。
「本当についてたね。」
「全然空いてなくてどうしようかと思ったら、こんなところが取れてよかったわ。」
「それにこの料理、最高だね。」
「あなたと一緒にいてよかったわ。」
「いやいや、君がラッキーレディなんじゃないかな。」
「そうかしら。」

 俺たちはゆっくり話をしながら、コースを満喫した。彼女は本当に感じのいい人だ。こんな友達がいるとうれしくなってしまう。友達?彼女かな。彼女の彼氏になる人は、幸せなんだろうな。まあ、俺はあんまり将来のことなんか考えていないし、また、お金を貯めて、こんな旅を満喫するんだ。

 部屋に帰ると、ふたりで外の夜景を見入った。
「今日は楽しかったわね。」
「ほんとにそうだね。ホテルではこんなラッキーなことも起こるしね。」
「ねえ。」
「んっ?」
「私、あなたに恋しちゃったみたい。」
えっ?そうなのか。
彼女は俺の腕に絡んできた。
「あなたはどうなの?」
俺だってまんざらではないけど、困ったな。
「俺は適当な生活してるから、君には合わないかもね。」
「何か勘違いしてない?」
「どういうこと?」
「この旅の間だけよ。」
だよな。この先ずっとかと思ったわ。
「そっか。」
その夜、俺たちはふたりで楽しんだ。

 翌朝、ふたりで朝食に行き、まったりした時間を楽しんだ。
「私ね、そろそろこの旅を終わりにしなくちゃいけないの。」
「うん、わかったよ。今日までありがとう。」
「こちらこそ。」
「じゃあ、駅まで送っていくよ。」
「ありがとう。」
そんなわけで、彼女と別れて、また、一人旅になった。

 さぁ~て、今日はどうしようかな。俺はアテもなく、単にくるまを走らせて、景色を楽しんだ。でも、こんな旅もたいぶマンネリ化してきたな。俺はくるまを降りて、観光地を散策することにした。俺にとって、景色を楽しむってことは、一番の癒しなんだな、これが。そう思いながら、のんびり時を過ごした。

 だいぶ経ってから、くるまに戻ると、なんか様子がおかしい。もしかしてと思ったら、やられてた。荷物がくるまの中に散乱していた。といっても、そんなにないけどね。でも、一部のお金を置いていたから、それは全部なくなっていた。ドアの鍵は壊されていたので、ロックはかからない。まいったな。とりあえず、警察に届けておいた。旅の途中なので、ドアを直さないとな。

 近辺の修理業者を探すと、すぐに見つかった。時間もそんなにかからないで、直してもらったけど、高くついた。こんな町は早くでた方がいい。直ったくるまで、走り出した。思ってもないところで、散財してしまったから、旅も短くなってしまいそうだ。まあ、途中で先立つものがなくなったら、また、バイトで帰るまでなんとかしなくっちゃな。

 俺は残ったお金を計算して、まだもう少し先まで行けそうなので、このまま旅を続けることにした。適当なところにくるまを止めて、海岸線を歩いていたら、海釣りをしているおっちゃんに出会った。

「こんな砂浜で何が釣れるんですか?」
「今はカレイだな。」
「そうなんですか。」
「どうだ、いっちょやってみるか。」
「いいんですか。」
「おう、ここに竿があるから、やってみ。」
「ありがとうございます。」

 釣りなんて、久しぶりだ。おもりとルアーで投げ釣りだ。どうやってやるんだっけ。
「できっか?」
「なんとか。」
俺は糸を押さえて、思いっきり振り投げた。思いのほか、飛んだみたいだ。
「お、兄ちゃん、やるな。」
「あとは、ゆっくり引いていけばいいんですよね。」
「そいだ。当たりが来るまでゆっくり引きな。」

 俺は見よう見まねで、おっちゃんのやっている通りに引いていった。まあ、そんなに甘くはない。十数回は、投げて引いての繰り返しだった。その間におっちゃんは、2匹のカレイを釣り上げていた。

「さすがですね。」
「いや~、これで、晩飯に困らんで済むわ。」
「よかったですね。」
おっ、俺も来たかな。かなり引く。
「お、兄ちゃんも、ついに来たな。」
「はい、そうみたいです。」
なかなか引く。これは大きいのかもしれない。でも、海の抵抗もあるんだろうな。案外小さいかも。

「ゆっくり、引けよ。」
「大丈夫です。」
ついに姿を現した。
「おっ、でっけ~な。」
「ほんとですね。」
砂浜に上がってきたカレイは、40cmはある感じだ。まあ、こいつの手ごたえを感じさせてくれたので、俺はもう満足だ。

「これ、持って帰って下さい。」
「何言ってるんだ。おまえが釣ったんだ。」
「いや、俺、旅の途中なんで、持って帰っても、どうしようもないんで。」
「なんや、そげか。なら、俺んちこいや。」
「いえいえ、そんなわけには・・・」
「どうせ、泊まるところもまだ決めてないんだろ。」
見抜かれてる。
「ははは、そうなんです。よくわかりましたね。」
「じゃ、決まりだな。うちに泊めてやる。今晩はカレイ三昧だ。」
「ありがとうございます。」

 それから、俺らは1匹づつ追加して、5匹のカレイを持っておっさんの家へと向かった。
「今、帰ったど。」
「お帰り~、あら、お客さん?」
「こいつも釣ってきた。今晩、泊めっからよ。」
「急に申し訳ございません。青島っていいます。よろしくお願いします。」
「これ見てみ、5匹の大漁だ。」
「すっご~い。本当に大漁ね。」
「この兄ちゃんが2匹も釣ったんだ。」
「いや~、すごいのね。」
「いえいえ、見よう見まねです。」

 このおっちゃんの奥さんが捌いてくれるみたいだ。俺はおっちゃんから誘われるまま、奥の部屋でビールを頂くことになった。おっちゃんはよくしゃべる。まあ、釣りをしていたときから、しゃべっていたが、酒が入ってくるともう止まらない。まあ、今日はお世話になるんだから、相手しないとな。そのうち、奥さんが出来上がった料理を持ってきてくれた。カレイ三昧とはこのことだ。いろんなカレイ料理を食べさせてくれた。

「ただいま。」
「お、やっとマリコが帰ってきたな。」
「どうしたの。今日はすごいじゃない。」
「この客人が釣り上げたのよ。」
「すごいじゃない。あ、初めまして、マリコです。」
「青島です。よろしく。」
「ということは、青島さんも釣ってきたということね。」
この家は、こういうことが度々あるんだろうな。

「釣られてしまいました。」
「釣ってやった、はははは。」
このおっちゃんは年金暮らしで、一人娘のマリコさんは会社勤めをしている。話によると、晩飯に1匹か2匹、なにかしら釣ってくるのだという。たまに意気投合した人も連れてくるみたいだ。だから、この家族はそれが当たり前になっているみたいで、みんな人見知りをしない。

「で、兄ちゃん、何しとん?」
「お金をためては旅をしている自由人ですよ。」
「だども、いつまでもそんなことばかりしてられんやろ。」
「まあ、そうですね。」
「マリコ、この人どうだ。」
「また、始まった。青島さん、ごめんなさいね。」
「いえいえ。」
「お酒飲むといつもそれなんだから。」
「こんないい男、なかなかおらんど。」
「はい、はい。」
なかなか、楽しい家族だ。

 そのうち、おっちゃんは寝込んでしまった。
「さあ、お風呂沸いたから、とうさん、ほっといて入って下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
いや~、食事からお風呂までよばれることになって、ありがたい。思わず、長湯してしまった。

 出てくると、マリコさんが台所で待っていた。
「はい、どうぞ。」
ありがたい、お水だ。
「どうもすみません。」
「うちのとうさん、いつもあんなだから。」
「いいおとうさんですね。」
「ありがとう、付き合ってくれて。」
「いえいえ。」
「でも、青島さんはずっと旅しているんですか?」
「派遣でお金をためて、旅三昧です。」
「そうなんですか。そんな生活もいいですね。」
「まあ、いつまでそんなことを続けられるやら。」
「彼女はいないんですか?」
「こんな生活しているやつに彼女なんか、いないっすよ。」
「そうかな。」
「そうですよ。」
「でも、魅力的なんで、いい寄る人は多いと思いますよ。」
「いや~、そんなことないですよ。」
「そうですか。」
でも、当たっているかも。

 翌日、起きると俺の衣服はちゃんと洗濯されていて、枕元にあった。あのあと、やってくれたのかな。申し訳ないな。
「おはようございます。」
「おはよう、ゆっくり寝れました?」
「ありがとうございます、洗濯までしていただいて。」
「洗濯乾燥機に入れておくだけだから。」
「さあ、頂いて下さいね。」
「おとうさんは?」
「もう、仕事に。」
「そうなんですか。」
ちゃんと、お礼言ってないな。困った。
「ほんと、お世話になりました。おとうさんにもお伝えください。」
「そんな、気にしないでください。」

 朝は、和食を用意してくれていた。俺はこの方がいいときもあるので、うれしかった。マリコさんが会社にいくというので、俺が送っていくことにした。
「すみませんね。」
「いえ、そんなことないですよ。」
「次の旅で、またこちらに来られるときは、ぜひ寄って下さいね。」
「ありがとうございます。」
「はい、これ、連絡先。」
マリコさんから紙切れをもらった。
「わかりました。ありがとう。」
俺はマリコさんを会社の近くで降ろし、別れを告げた。

 そろそろ、フトコロが淋しくなってきたな。一旦、帰るとするか。帰るとなると、もう寄り道をせずに帰る方だから、あっという間に、家に着いた。この旅だけのために買ったくるまはこれでお別れだ。また、しばらく働くか。

 俺はいつもの派遣会社に連絡を取った。
「また、お願いします。」
「例のところが待ってるけど、どうする?」
「あそこか。担当は木島さんですか?」
「そうです。」
しっかり、待ってるんだな。どうしよっか。あそこは時給がいいからな。結構、融通がきくしな。そうなると、木島さんの問題だけだな。

「ほかに時給のいいとこはないの?」
「今のところ、ないですね。」
「ちょっと、考えさせて。」
「わかりました。」
2、3日、考える時間が欲しい。ずっと、木島さんの相手するのは、たまらんよな。それに俺もそろそろ正社員の口も考えないといけないかな。

 翌日、木島さんから電話がかかってきた。
「帰ってきてるんだら、来てよ。待ってるんだから。」
おいおい、この電話、教えやがったな。
「まだ、後片付けしているんです。」
「いつから来れるの?」
「派遣会社に話を通して下さいよ。」
「いいじゃない。そんな仲じゃないでしょ。」
いえいえ、そう思っているのは、あなただけですから。とにかく、ここでは明言を避けた。まいったな。

 俺はくるまを手放して、しばしの生活費と家賃を払った。仕方がない、木島さんとこでお世話になろう。まあ、顔なじみの人もたくさんいるし、仕事の要領もわかっている。仕事はしやすいんだけどね。問題は木島さんだけだ。もう少し休みたかったけど、早速、出社することにした。

(つづく)

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