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アレスグート 第6話

 日本より物価が安いこの町では、当分収入がなくても暮らしていけそうだ。ホテルからスーパーマーケットが近い。日本でおなじみの店もある。割と温暖でアップダウンもない平坦な地形のようだ。白い建物が多い印象だ。

 だが、まったく言葉も知らないのに、大丈夫だろうか?なんてことは全然思わなかった。なんとかなるだろうって思った。町を歩くと信号がない。まあ、あんまり車が多くないのでなんとかなるのだろう。朝、晩はホテルで食事をし、昼は散策して外でランチする、そんな感じで過ごした。あまり、日本人なんて来ないのだろう。珍しそうにいつも見られている感じだ。

 ある朝、ホテルで朝食を頂いていると、なにやら騒がしい。厨房で騒いでいる。どうやら、怪我か火傷をしたらしい。医者はいないか?と大声を上げているらしい。この国でも野次馬はいるもので、人だかりになった。そこに、日本語が聞こえてきた。
「お医者様はいませんか?」
お、日本語だ。しゃべれる人、いるんだ。て、オレしか日本人おらんし、オレに言ってるのか?

「医者じゃないけど、治せる。」
オレはいつものように、答えてしまった。
日本語の主は、若い女の子だった。彼女は私に駆け寄り、事情を説明してくれた。それで、火傷をした人がいることがわかった。

「オーケー、通訳をお願いできますか?」
「なんとか、できると思います。」
「じゃ、火傷した人をベットのある部屋につれていきましょう。」
「はい、わかりました。」
通訳をしてくれた娘は、サラという名だと後でわかった。で、火傷をした娘は、サラの友達でマリアと言った。

 オレは、マリアにベットに上向きで横たわるように言った。サラは通訳してくれた。
「サラ、今から見ることを他の人には言わないでほしい。」
「はい。」

 サラはなんで?とは言わなかった。それくらい、マリアの両手の火傷はひどかった。氷で冷やしているものの、多分、痛みは引いていなかったのだろう。かなり我慢して、声を上げないようにしてるのが見てとれた。オレはマリアの両手を取った。ん、大丈夫。なんとかなる。マリアのすでに壊死している両手の皮膚を落とし、彼女の脂肪から壊死した皮膚を再生していった。充分な脂肪がある。

「信じられない!アンビリーバボー!」
多分、普通の治療では痕が残るだろうが、マリア自身の細胞なんで問題なく皮膚化された。完全に完了した時には、マリアは熟睡していた。

「サラ、絶対誰にもこのことを言わないでください。」
「おお、あなたは神様です。」
「誰にも決して言わないでください。私とあなたの秘密です。」
「わかりました。黙っています。」

 サラはマリアの側についていたいとのことだったので、オレはひとまず、食事の続きをしようと食堂に戻った。野次馬連中はオレが部屋から出てきたので、ダメだったのかというような悲観的な声を上げて、マリアの寝ている部屋になだれ込んだ。そのあとは、アンビリーバボーの連続だった。

 オレは食事の続きをしていると、コック姿の男の人がたくさんの料理を持ってきて、オレのテーブルに置く。はっ?なんじゃこれは?何言っているのかわからない。そこへサラが来てくれた。
「この人はロドリゴ料理長で、マリアの上司です。マリアを助けてくれたお礼です。」
「いや、こんなに食べれない。」
「みんなの感謝の気持ちです。」
「言葉だけでいいよ。」
「どうしても食べてほしいのだそうです。」
「じゃ、みんなで頂きましょう。」

 オレはだんだんことの重大さに気がついてきた。これがマスコミにばれたら、きっと日本へ流れてしまう。そうすれば、佐藤さんたちが飛んでくるだろう。
「サラ、お願いだから、みんなにここだけの秘密にしておいてもらってください。」
「そのように言いますが、多分、無理です。こんなに神ががりなことを見てしまったのだから。」
そりゃそうだよな。その場で火傷の痕も残さないで、治してしまったんだからな。

「サラ、お願いがあるんだけど、聞いてくれないか?」
「なんでしょうか?」
「オレを一人静かにできる場所に連れていってくれないか?」
「私、今から仕事終わりなので、一緒にいきましょう。」
「オーケー。」

 彼女は車で20分くらい走って、一軒の家に連れてきてくれた。周りは自然豊かなところで、雑踏とは縁のないところだった。
「ここは?」
「私の家です。」
「そうなんだ。ありがとう。」

 部屋に入ると彼女のお母さんが迎えてくれた。
「私の母のエミリーです。こちらは、えっと、マイゴットです。」
神様ちゃうし。
「ヒロシといいます。よろしくです。」
サラはしっかり今日の出来事をお母さんに話をした。あんなに内緒って言ってたのに、困ったもんだ。仕方がない。サラは自慢の紅茶をご馳走してくれた。

「君のお母さんはどこか悪いみたいだね。治そうか?」
「えっ、わかるんですか?」
「見たら、だいたいね。」
「ぜひ、お願いします。」
「治療が終わると寝てしまうので、ベットのある部屋じゃないと無理なんだ。」
「わかりました。」

 サラはリミリーにその旨を伝えてくれて、ベットの部屋に案内してくれた。オレはベットに腰掛けたエミリーの手を取った。足腰が弱っている。この筋肉の量だと、この体重を支えられない。それに多分リュウマチだと思う。

「サラ、エミリーの脂肪を使わせてもらうよ。目が覚めたら少々痩せているけど、びっくりしないように、おかあさんに伝えてくれる?」
「わかりました。」
サラが伝えている間に少なくなっている足腰の筋肉を脂肪から再生した。もう、彼女は寝込んでしまった。それから、上半身の脂肪も使って、インナーマッスルも増やした。あとは、リュウマチだけど、骨の関節と軟骨、こちらの悪いところは全部修復。全身の脂肪の調整をして、多分、20キロは痩せてしまったようだ。

「サラ、見たらわかると思うけど、多分20キロは痩せてしまった。ごめんね。」
「すっごい、どうしたら、こんなに一瞬で痩せれるの?」
「リュウマチは治っているし、普通に歩けるし、もう大丈夫だよ。」
「あなたは神様なの?本当にありがとう。」

 サラはオレに抱きついてきた。サラにも悪いところがある。
「サラ、君にも問題があるね。」
「えっ、私ですか?」
「ついでに治しちゃおうか。」
サラにおかあさんの横に寝てもらった。彼女は子供が産めない。子宮の病気だった。でも、こんなことはすぐに治せる。サラも眠りについた。

 オレはのんびりサラの入れてもらった紅茶をゆっくり頂くことにした。

 しばらくして、一人の男は部屋に入ってきた。その男はオレに向かって、いきなりどなりちらした。サラたちのいる部屋を確認すると、銃を向けて怒鳴ってくる。オレは片言の英語でサラと友達だと何回も言ったが、理解してもらえない。もう、本当に撃たれるかと思ったら、サラが起きてきて、事情を話してくれた。

「私のお父さんのカルロスです。彼はヒロシです。」
「よろしくです。でも、銃を向けられたときは、死ぬかもしれないと思ったよ。」
「ごめんなさい。お父さんがこんなに早くに帰ってくるとは思わなかったので。」

そこへエミリーが起きてきた。
「オーマイゴット!!!」
カルロスはびっくり仰天。当のエミリーも鏡をみて仰天。サラがちゃんと説明してくれた。そりゃびっくりしただろう、20キロも痩せたエミリーをみたんだからね。そのエミリーもあまりに軽やか動けることにびっくりなんだ。

「サラ、さっき君の病気も治したから、もう子供が埋めるんだよ。」
「そんな、まさか?」
生まれつき、子供が産めないと知っていたのだろう、家族みんな涙目になって喜んでいた。オレはカルロスの手に触らせてほしいと言った。こうなりゃ、何人でも同じだからね。でも、カルロスはどこも悪いところはなかった。

 お昼はサラの家にご馳走になった。夕方、ホテルに送ってもらって、マリアの様子を見に行った。

 マリアはまだ寝ていた。でも、火傷の痕は残っていなかった。オレは一旦部屋に戻り、シャワーを浴びた。ゆっくりしていると誰かがノックしている。そこには、元気になったマリアとサラがいた。

「ありがとうございます。こんなにきれいに治して頂いて。」
「治ってよかったね。」
「それに、最近太ったなと思っていたんですが、それも治して頂いてほんとにうれしいです。」
脂肪は治すのに使っただけなんだけどね。
「君の笑顔が見れてよかったです。」
「マリアが晩御飯をおごらせてほしいんですって。」
「それはありがたい。よろしくね。」

 晩はホテルから出て、レストランに行った。今日はいろんなことがあったし、いろんな人と知り合いになれた。サラとマリアは、仲の良い友人同士で高校からの幼馴染だそうだ。で、今も同じ職場で働いている。オレもなんとか言葉の壁を取り除くべく、少しずつポルトガル語を覚えているつもりだが、まだまだ言っていることすらわからない。サラの通訳には感謝している。連れていってもらったレストランは解放的で割と大きなホールという感じだ。アジア系の人は私しかいないようで、なんとなく注目されている気分だ。

「今日は本当にありがとうございました。」
「いや、できることをしたまでですよ。」
サラはマリアに自分の病気を治してもらったことも話したらしい。
「あなたは本当の神様ね。」
ここの人は何か変わったことをしたら、神様と思ってしまうらしい。
「私たちは本当に感謝しています。」
「いや、そんなに気にしなくてもいいですよ。」
「でも、なんでこんな田舎町に来ているんですか?」
「休日をゆっくりしたくて、あまり日本人に会わないだろうと思うここに来たんだ。他に意図はないよ。」
「でも、ここは観光地でもないし、特に行くとこもないでしょ。」
「それがいいんだ。」
「おもしろい人。」

 そんなたわいもない話で食事を楽しんでいたら、見知らぬ男がやってきた。なにやら問題がありそうな感じだ。サラとマリアがその男から話を聞いた。
「息子さんが原因不明の病で今にも死にそうなんですって。」
やれやれ、どこ行ってもこんなふうになってしまうんだろうな。でも、助けない訳にいかないよな。
「わかった。すぐに行こう。サラ、通訳お願いできるかな?」
「もちろんよ。私たち、一緒に行くわ。」

 オレたちは男の車の後について、その男の家に行った。彼の息子はベットの上で虫の息だった。おそらく、10歳くらいだろう。その息子の手を握った。寄生虫?!その子の体の至る所に寄生虫がいた。いったい、どこから入り込んだんだろう。小さな虫なので、気が付かなかったんだろう。取りあえず、虫退治だ。ところがその虫は毒素を持っていた。やっつけると毒素がばらまかれる。そうすると、体力のないこの子は死んでしまうだろう。生きたまま、オレが吸い取るしかない。

「サラ、この子に寄生虫が住み付いていて、毒素をばらまいている。体力が弱っているので、手術なんてできない。オレがすべて吸い取るから、それを吐き出すためにトイレを借りたい。」
「説明してみます。」

 すぐさま、OKの返事がもらえた。だけど、生きた寄生虫を吸い取るなんてしたことがない。だが、なんとか、虫はそのまま取り込むことができたのだが、あまりの気持ち悪さにこっちが倒れそうだ。ガンみたいにあちこちにいる。主に内臓周辺、筋肉にも隠れていた。それに頭の脳の中にもだ。

 虫は数百匹にも上った。取りあえず、一旦、出してしまわないとオレが持たない。トイレに連れて行ってもらい、一気に放出した。虫から出された毒も出してしまわないと、しんどい。ようやく、全部終わり、彼の元に戻った。これからがまた大変だ。弱っている彼には、脂肪などほとんど残っていない。肉付きのいい母親を見て、お願いした。

「ちょっと、お母さんの脂肪を頂くから、こちらで横になってほしい。それで、彼を助ける。」
サラはすぐにその説明をした。母親は快諾して、オレのそばで横になった。
「ちょっと、痩せて頂きますよ。」

 取りあえず、10キロほど頂いた。それですぐに彼の虫にやられていた内臓を修復した。脳の修復も行った。長いこと寝たきりだったのだろう、筋肉もかなり落ちていたので、こちらも修復した。栄養素も足りていない。とにかく、脂肪から必要な栄養素を再生した。ようやく、彼の体に生命エネルギーがみなぎってきた。これで、大丈夫だ。

「もう、大丈夫。彼は助かるよ。お母さんはスリムになってしまったけどね。」
「彼が起きたら、スポーツドリンクを飲ませてあげてね。それとしっかり食事を食べれせてください。」
サラの説明で、父親はたいそう喜んだ。母親も目が覚めたら、喜んでくれるだろう。

 翌日、小さな町はそのことで持ちきりになった。オレの居場所はすぐに日本に伝わるだろう。すぐにここを出ないといけないな。やはり、このような小さな町だと外国人も少ないし、目立ってしまう。国際都市の方がいいのかもしれない。

 オレは急用ができたことにして、サラとマリアに別れを告げた。名残惜しそうにしてくれたが、仕方がない。町からバスでスペインへ向かった。それから、フランス、ドイツへと旅立った。

 着いた町はニュルンベルグ。ヴェールダー湖とつながっているペーグニッツという川の近くのアパートを借りることにした。とりあえず、1ヶ月。ここの大家さんの娘さんは人懐っこくて、世話焼きだ。まあ、何も知らないオレとしては、すっごく助かる。買い物だったり、日常的に知っていれば便利なことは何でも教えてくれる。カミラさん、歳はオレと同じくらいかな。

 オレはカミラさんの部屋でコーヒーをご馳走になっていた。その時、テレビでポルトガルの人命救助した東洋人のニュースが流れてきた。すぐオレのことだとわかったが、知らん振り。

「すごい人がいるもんだね。」
カミラさんは英語でそのニュースの内容を話してくれた。オレってわかっているんで、でも、
「アンビリーバボー。」
なんて言っちゃって、その場をしのいだ。
「手を握るだけで治しちゃったんだって。きっと神様の生まれ代わりだね。」
「デマじゃないの?」
「違うと思うよ。」
そんな感じのやりとりだったと思っている。結構、いい加減な理解だから仕方がない。まあ、そんな日々を過ごして、ここでの生活にも慣れてきた。

 この町で3ヶ月。カミラさんのおかげでだいぶドイツ語もわかるようになってきた。
「ヒロシは働かないの?アルバイトなら紹介するよ。」
そうだよな。働きもしないで毎日、ブラブラしてるのも変だよな。

「そうだね。だんだんお金も乏しくなってきたし、お願いしようかな。」
「どんな仕事がいい?」
「まだ、そんなに言葉がうまくないから、多少の肉体労働でもさせてもらえたらいいかな。」
「オーケー、大丈夫よ。すぐに紹介してあげる。」
普通に生活するだけなら、数十年は何もしないで食っていけるんだけどね。

 カミラさんは教会の前の広場にある青果店を紹介してくれた。たくさんの青果を取り扱うお店でハイケさんが店主。くるまの荷台から青果を持ってきて並べるのだ。午前中の3時間くらいの仕事だ。ちょっと、筋肉を増やしてやれば、たやすい仕事で、たいした儲けではないが、何もしないよりよっぽど楽しい。

 カミラさんも良くしゃべるけど、ハイケさんも良くしゃべる。ちょっと早口なので、何言っているのかわからないことが多い。
「ヒロシはそんな細くって運べるの?」
おっとどっこい、インナーマッスルはかなり強化したから全然大丈夫だ。
「なんとか、大丈夫です。」
「絶対、終わる頃に根を上げてるわよ。」
「じゃ、ビール1杯、かけますか?」
「いいわよ。」
オレが馬力を上げて、ガンガン運んだもんだから、あっという間に作業完了。ハイケさんは目を丸くして、
「その細いからだのどこにそんな力があるのよ?」
「ビール、お願いします。」
「仕方がないわね。」

 その日の夕方からハイケさんとビアガーデンへ。まあ、そんなに飲める方じゃないんだけど、少しは付き合えるかなと思っていたが、飲む量が半端ない。ジョッキがでか過ぎでしょ。日本の生中の3杯くらいありそうなジョッキなのだ。

「日本人はそんなに飲めないと聞いたことあるけど、ヒロシは飲めるの?」
「いや~、こんなジョッキでは2杯くらいが限度かも。」
「何いってるのよ。おごってあげるんだから、もっと飲みなさい。」
「この細いからだにはそんなに入りません。」
「ゆるさないわよ。」

 えらいことになってしまった。もっと、えらいことに、ハイケさんの同業の仲間も集まってきた。オレの歓迎会だそうだ。こうなったら、飲めや、歌えやの大騒ぎ。まだ、明るいんですけど。でも、いい町だ。

 オレの能力はアルコールも自由自在だった。どんなに飲んでも自分で調整できる。適当にほぼ全部をおしっこにして出せるので、全然酔わない。喉越しだけ楽しんで、酔う程度は少しにできるのだ。おかげでハイケさんと楽しく飲むことができたし、青果市場のみんなと楽しめるようになった。それもこれも、カミラさんのおかげかもしれない。

 もうすっかり市場の仲間になっていた。こんな生活だって楽しいもんだ。仕事の給料でなんとかアパート代も出せるし、生活もできる。オレの財産にはまったく手をつけていない。でも、みんなとこんなに楽しく過ごせるなんて、思ってもみなかった。ドイツ万歳!

「ヒロシは結婚してるの?」
いきなり、ハイケさんが聞いてきた。
「いや、結婚してないよ。バツ2だけど。」
「バツ2なの?離婚?」
「いや、2人とも亡くなったんだ。」
「悪いこと聞いたわね。ごめんね。」
「いや、いいんだ。もう、大丈夫だから。一人は子供を助けようとしてくるまに引かれて亡くなったんだ。もう一人は無差別殺人の被害者なんだ。」
「悲しい過去を話させてごめんね。」
「大丈夫、もう悲しい記憶とは決別しているからね。」

 ハイケさんは40代中頃で、一度結婚しているが別れて今は一人で人生を謳歌しているらしい。
「じゃ、そろそろ新しい恋をしなくちゃね。」
「いや、別にいいよ。」
「やっぱり、まだ気にしてるんだ。」
「そんなことないよ。」
「ほんとかな?」
「ほんとさ。」
 あとからわかったのだけど、ハイケさんはオレのことを気に入っている青果市場のある女の子を紹介したかったらしい。だけど、オレはもう30半ば。ん、まだ適齢期か?

 三度目の正直っていうやん。今度は大丈夫なんやろか?ハイケさんに紹介された娘は、シモンさんと言った。20代半ばくらい。身長はオレよりちょっと低いくらいだから、170はある。ほっそりとした、茶色の髪をしたかわいい娘だ。

「ヒロシ、どう?シモンと付き合ってみない?」
「じゃ、ハイケさんも一緒に飲みにいきますか?」
話したこともないし、市場で見たこともない。ほんとに市場で働いていたのかな?
「いいねえ、気に入ったら二人でホテル行ってもいいよん。」
「日本人はそんなすぐにしません。」
「さよか!」

 市場のみんなとワイワイ飲んで、おとなしく飲んでいるシモンさんと話をしてみた。
「こんばんわ。楽しんでますか?」
彼女は小さな声で、
「はい。」と言った。

 どうやら、オレを前にして緊張しているようだった。もっと、普段の自分を出せばいいのに。
「いつ頃から、オレを知ったの?」
「あなたが市場で働き始めたときから。」
そんなときから、見てたんだ。
「ハイケさんに聞きました。奥様を亡くされたこと。」
「ああ、いいんだ。昔のことだ。いろいろあって、今は気にしていないよ。」
「私なら無理です。一生一人でいます。」
「じゃ、オレと付き合うのやめとく?」
「それは。。。」

「ハイハイ、楽しくやってますか?」
カミラさんだ。カミラさんもシモンさんを知っている。
「シモン、どうするの?ヒロシはいいやつだよ。シモンがやめるなら、私が名乗り出ようかな?」
おいおい、そうなるか!もう、カミラさんとは旧友のような感じだ。
「いえ、それは。」
シモンさんは困った顔をした。そこへハイケさんも合流。
「はい、お付き合い決定!みんなで乾杯しよう!」
「おお~!」
「プロスト!」
なんかむりやり、付き合わされた感じだ。

 そんなことがあって、オレとシモンは付き合うようになった。付き合うといっても、一緒に買い物行ったり、食事をする程度だ。彼女は、ちょっと内向的だけど、一途な情熱を感じる、そんな娘だ。恵美とも香織とも違う。オレはちょっと迷っていた。恵美や香織のように、死なすことになったら、と考えると、ここまでにしておいた方がいいような気がしていた。

「あんたら、まだ何もしてないのかい?」
「あいかわらず、ど直球やな。まあ、ぼちぼちお付き合いしてますよ。」
「そんなプラトニックやったら、いつまでも続かんよ。はよ、することしとき。」
「はい、はい、了解。」
とまあ、日本語やったら、こんな感じかな。ハイケさんとのやり取りはいつもこんなもんだ。

 シモンはオレの部屋を見たいと言って、オレのアパートに訪れた。まあ、何もない部屋だから殺風景だけどね。この部屋にある一番高価なコーヒーをと思い、お湯を沸かしていると、彼女は神妙な顔をして、口を開いた。
「ヒロシさんとのお付き合いで、まだ、言っていないことがあるんです。」
「んっ?何かな?」
「これから先、絶対に言っておかないといけないんです。」
かなり顔が引きつっている。相当、勇気のいる話なんだろう。

「無理に言わないでいいよ。」
「そういう訳にはいきません。」
「わかった。君がそれほどまで言うなら、しっかり聞かないとね。」
彼女は生唾を飲み込んで、しばし、口を閉ざした。それから、意を決して、
「これを見たら、嫌いになるかもしれません。でも、いずれ絶対にわかることなんです。」
そういうと、涙を流し始めた。

 もう、茶化す訳にはいかなくなった。シモンは本当に生死を賭けるかのように、ブラウスのボタンを外していった。そこには大きなアザが見えた。多分、小さい頃、大怪我をしたのだろう。胸の中央からお腹の辺りまで、多分、人によっては気持ち悪く見えるくらいの大きなアザだった。

 シモンは下を向き、ポタポタ涙を流していた。とっても勇気がいったんだろう。オレは彼女を抱きしめて、こう言った。
「ちょっと、目をつむってくれるかな?」
「この傷に触ってもいいかい?」
シモンは目をつむりながら、うなずいた。

 オレは片手で彼女のアザに触れた。大丈夫だ、この程度なら治せる!片手で彼女が倒れないように抱きしめ、片手でアザの修復を進めた。シモンはすぐに、気を失った。オレは立ったまま、彼女を支え、アザのはじからはじまで、すべて修復した。もともと細身のシモンの脂肪を使ったので、ますます、細くなってしまった。申し訳ないので、オレの脂肪を少し補充しておいた。で、そのまま、オレのベットに寝かせつかた。

 オレはというと、コーヒーを一人で飲んで、シモンの寝顔を見つめていた。そんなに大きくないおっぱいだったけど、多少、大きくしておいた。アザの部分は綺麗さっぱりなくなって、白い綺麗な肌に変わっていた。我ながら、この能力に感謝だ。

 2杯目のコーヒーを飲み終えた後、シモンは目覚めた。
「ごめんなさい。気を失ったのね。」
「まあ、いいさ。君のかわいい寝顔が見れたからね。」
シモンはマジな顔をして、こう言った。

「見たでしょ。嫌いになった?」
「どうして?綺麗なおっぱいだったけど?」
「何言っているのよ。大きな醜いアザのことよ。」
「どこにそんなアザがあるんだい?」
「えっ?」
彼女は毛布の中で自分を確認した。そこにはもうアザなんてない。
「えっ?」
また、シモンは言った。

「なんで?」
「だ・か・ら、綺麗なおっぱいだったよ。」
「そんな、どうなっちゃってるの?」
「何か、あったのかな?」
「あなたが触ったから?魔法つかえるの?」
「いや、いや、オレ魔法使いちゃうし。」

 彼女は泣き出した。その声にカミラさんが飛んできた。なんで、そんなに早くカミラさんが来るんだ?そこで待機してたな。
「ヒロシ、あんた何したん?」
「いや、オレ、何もしてないけど」
「シモン、泣いとるやん!」
「だから、何もしてないよ。」
「何もしないから、泣いてるのね。ちょっと、女心わかってるの?」
おいおい、そんな展開になるか!

「カミラさん、ヒロシさんは悪くないの。私、うれしいの。」
「なんで?ヒロシが手を出さんからでしょ?」
「そうじゃないの。アザが消えたのよ。」
そう言って、シモンは胸をカミラに見せた。カミラは目を見開いた。そう、カミラもシモンのアザのことは知っていたのだ。
「彼が手を、アザに手を当てたら、消えちゃったのよ。」
「ほんと?なんで?」

 オレは二人分のコーヒーを入れて、彼女たちに持って行った。
「まあ、奇跡やろうね。とにかく、よかったじゃん。」
「あんた、ホントに手を出さん男やね。」
「女は待ってるもんよ。」
「カミラさん、私が気を失ったから、私が悪いの。」
「普通はチャンスとばかり、やるやろ?」
「カミラさんには参ったわ。」

 結局、そんな話になって、変に盛り上がり、夕方、オレはシモンを送っていった。送っている途中で、やっぱり、三度目の正直かな?って気持ちになって、シモンと生きていきたい、そう思うようになった。

 それからはシモンも明るく、もっとしゃべるようになった。青果市場でも、いつも一緒にいるようになった。まわりも応援してくれている感じで、いつもより、楽しく過ごすことができた。

 シモンはオレと同じように、一人住まい。シモンの両親は車で1時間くらい離れた田舎に住んでいる。彼女は今度、行くから一緒に行かないかと誘ってくれた。オレはすぐにオーケーした。だが、シモンは車の中でだんだん浮かない顔になっていった。彼女のお父さんは外国人嫌いで特に東洋人は大嫌いらしい。そんな難関があったのかよ。

「やめとこか?」
「いいの。これも避けて通れないことなんだから。」
「わかったよ。」
1時間なんてすぐだ。彼女の家に着いた。車の音で、彼女の両親とも家から出てきた。シモンの顔を見るや、とても喜んでいる。でも、オレの見るや、お父さんはものすごい怖い顔になった。お母さんは、、、目が見えないらしい。

「お父さん、ヒロシさんよ。」
「誰が東洋人なんか、連れてきていいといった?」
とっても不機嫌だ。

「はじめまして、ヒロシといいます。よろしくです。」
「ヒロシさんね、よろしくね。」
お母さんは優しそうな人だった。目は開いているけど、見えないそうだ。
「そんなやつ、家にいれるな。」
お父さんはかなり機嫌が悪い。オレのせいか?
「大丈夫よ。さあ、行きましょう。」

 と、そこで、お母さんはいきなり、
「顔を見せて。」
と、オレの顔を両手で触ってきた。オレはじっとして、好きにさせた。その手の感触から、目はすぐに治せそうだと感じた。
「いい男ね。シモン、いい彼氏ね。」
そんなんでわかるものかな?シモンは嬉しそうだった。

 家に入ると、お父さんは仁王立ちだった。
「誰が入ってもいいと言った?おまえの国はどこだ?」
「お父さん、いい加減にして。私の彼氏よ。そんなひどい対応、ないじゃない!」
「そうよ、お父さん、もっと好意的に接してあげてちょうだい。」
「ふん。」
そのまま、居間から出ていってしまった。

「ごめんなさいね。困ったお父さん、許してね。」
「いえいえ、何も気にしてませんから、大丈夫です。」
そんな優しいお母さんを見て、シモンもお母さん譲りの優しさなんだろうと思った。

「あの、大変失礼なことをお聞きしますが、その目は生まれつきですか?それとも事故か何かで?」
「これはね、シモンが3歳くらいの頃、事故に合って、視力をなくしてしまったの。」
「そうなんですか!治したいと思いませんか?」
「治るものなら、治したいわね。お医者さんも難しいって、言ってるのであきらめてるの。」
「そうですか。でも、見えたらすばらしいですよね。」
「そうねぇ。見たらね。」

 オレはシモン目配せした。シモンは「えっ?」という顔をした。
「お母さん、今からその目、オレに治させてもらえませんか?」
「ヒロシさんはお医者さんなの?」
「違いますけど、信じてください。絶対見えるって、信じてください。」
「はぁ?」

 オレはお母さんの後ろに立って、両手で目隠しをした。
「暖かい手。ヒロシさんは優しい人なのね。」
「オレを信じて。見えるって信じてください。」
オレは、おかあさんの脂肪を使って、角膜を再生し、視神経も悪いところを治した。脳との接続もうまくいっていなかったので、そこも治した。今回は、気を失うこともなかった。

「いいですか?両手を外したら、ゆっくり目を開けてくださいね。」
オレは目で、おかあさんの目の前にシモンが立つよう、指示した。シモンは半分信じてなかったようだ。でも、いたずらっぽく微笑んだ。

 オレはそっと、両手を外した。
「ゆっくり、目を開けてくださいね。」
おかあさんはゆっくり目を開けた。そこにはシモンの姿が、微笑んだ顔があった。
「なんてことなの?シモンね、あなた、シモンね。立派に成長したのね。」
「お母さん、見えるの?」
「見えるわ、家の中もシモンも。あなたがヒロシね。ありがとう。」
「どんなことしたの?本当に見えるようになったわ。」

 その声にお父さんも飛んできた。
「おまえ、見えるのか?本当に見えるのか?」
「見えるわ、何年振りかしら、お父さんの顔。」
「おお、神様。ありがとうございます。」

 シモンも嬉し涙を流していた。よかったな。家族3人、抱き合って喜んでいた。こんなことなら、なんどでもやってあげるさ。そこからは、お父さんもオレを見る目が変わった。怖い形相がとことん優しい顔になった。完全にオレを受け入れてくれたみたいだ。すばらしい彼氏をもったシモンをほめまくりだ。

「ところであなたはどんなことをしたの?」
「お母さんの目を両手で包んだだけです。」
「うそ!ほんとのこと、おっしゃい。」
「ヒロシは私のアザも治したのよ。」
「ゴットハンドの持ち主だな、おい。」
「実はそうなんです。ゴットハンドなんです。でも、ここだけの内緒にしてくださいね。あまり、世間にわかってしまうとプライベートな時間がなくなってしまうので。」
「そうか、わかった。俺たち家族だけの秘密だ。」
単純なお父さんだ。

(つづく)

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