ミズダコ

<ミズダコ>
知床の冷たい海にすまうミズダコ
世界最大のタコは他人の巣穴に長い手を伸ばし
安全な空間を乗っ取るのだ
落ち着き場を得たメスは強いオスを待つ
先陣争いに勝ったオスは長い腕をメスの巣穴にねじ込むのだ
腕の下には精子の詰まったカプセルが幾百
一時間もまさぐり合ってオスは去る
残ったメスは卵を産む
穴の天井に仏具の華鬘のように卵の房をぶら下げて
メスは口を鞴(ふいご)にして新鮮な水を吹き続ける
時には八本の脚を歯車のように回転させ
巣穴の汚れを外へ掻き出す
そうやって冷たい海で十カ月
やっと殻を蹴破って子供たちが外界に飛び出る
もう振り返らない
幾百幾千の子ダコが花火のように巣穴から泳ぎ出る
母ダコは何も食べない
産卵後、水を吹き掛け掃除を繰り返し、何も食べない
ふくよかだった脚も頭も自慢の皮膜も
冷たい海の中で次第に白茶けていく
もう目は開かない
子供はみんな出たかしら
やっと自分も外に出て
さて何か食べようかと思ったとき
母ダコの命が尽きた
白茶けた世界最大のミスダコは海底に沈み
体をヒトデに食べてもらった

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