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「いいね」の関係。仲良くはしたいけど、深くは関わりたくない―『論語』

君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず

 リアルの世界でのコミュニケーションも難しいですが、SNS上でのそれも、微妙なところがあります。
 繋がろうと思えば誰とでもつながることができ、いろいろな話題が展開していく。時として、ルールやマナー違反された方には、「友だち」枠から退場してもらうこともありますが、表層的にはおおむね良好な関係が保たれています。

 リアルとバーチャルが共存する複雑な人間関係の時代ですが、中国古代に孔子が人間関係について語った至言が、現代にも参考になりそうなので、取り上げてみます。

君子は和して同ぜず、
小人は同じて和せず。
       
『論語』子路篇

 作家の高橋源一郎さんが、この言葉を「いいね」ボタンという例えを使って、SNS時代らしく上手に読み解いているので、それを見ていきましょう。

まず、この言葉についての説明、前口上から

『和して同ぜず』は、私の名言の中でもヒット中のヒットとなったやつです。短い中にも、深い意味が込められているし、語調もいいし、人口に膾炙(かいしゃ)するのも無理ないですね。

 この前置きをふまえて、高橋さんらしい名訳が始まります。

 えっと、この意味ですが、最初のフレーズは『仲良くすることは大切だが、よくわかっていないのに「いいね!」ボタンを連打するのは考えもの』ということ、次のフレーズは『で、実際どうなっているのかというと、「いいね!」ボタンを連打する連中に限って、「賛同していたみたいなので。一緒にどうぞ」というと、「えっ、ぼく、ボタン押しただけで、それ以上はどうも」って答えがち』という意味ですよ。

 「いいね!」ボタンを押す効用は、少なからず賛意を示すことで、人間関係が円滑になるところにあります。
 問題は、両者の関係性が強まる、あるいは双方の距離が近づくときです。
 このプランに賛成してくれているなら、協力してください。ドネーションしてください、お金がないなら、行動することで、意思表示を証明してください。

 こうなったところで、そこまで深く強い思いがあって「いいね!」ボタンを押したわけじゃないから、という意思表示がなされる。 

 これが、「同じて和せず」の関係性です。
 ビジネスに置き換えてみると、どうなるでしょうか。
 反対意見は言わない。言われたタスクは完璧にやります。ただし、それ以外のことには手を差し伸べない。チームで困っている人がいても、それは本人の問題で、私が関わることではないです。
 こういうスタンスを貫く。
「タイパ(タムパ)」重視派の人たちは、こういう立ち位置なのでしょうか。

 一方の「和して同ぜず」。
 ビジネスに置き換えると、こんな感じでしょうか。
 検討しているときには多少考えの違うところがありましたが、方向性が決まってプロジェクトが始まった以上、チームに貢献できるように頑張ります。困っている人や仕事が遅れている人のサポートもします。

 こういう読み解き方をすると、最近言われている心理的安全性の高いチームのスタンスに通じるところがある、ともいえそうです。

協調性に富んでいるけれども、雷同しない

参考までに。
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」は、一般には次のように訳出されています。

 人の上に立つ人(君子)は、協調性に富んでいるけれども、雷同しない。
 才能はあるけれど徳の少ない人(小人)は、雷同するけれども、協調性に欠けている。

 雷同とは、自分自身の考えをもたず、むやみに他人の説や行動に同調すること。ここでいう協調性とは、全体で決まった方向性に折り合いをつけて協力する、ということになるでしょうか。

 最後に私の受け止め方を。
 基本的な姿勢はぶれない。どう協調するのか、どう行動するかは、ケースバイケースで決めればいい。


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