第17話　寸志減額

　セッカチさんが受付に入って一年が経過した頃、私は受付の仕事を四人平等に振り分けた。

　労災関係→私、自賠責関係→セッカチさん、その他の書類関係→シズカさん、レセプト返戻その他→ヤンキーさんという具合に。

　セッカチさんに振り分けた自賠責関係の仕事は、それまでヤンキーさんがやっていたのだが、返戻作業の負担を考えて、セッカチさんの了解のもと平等に振り分けたはずだった。

　ところが院長からは、セッカチさんばかり仕事をしている様にみえていた。

　また、私とヤンキーさんがセッカチさんを大切にしていないようにも見えていたらしい。

　そして私たち二人の評価を下げたのだ。

　アコガレクリニックは、夏と冬、社員はボーナス・パートは寸志が出る。

　金額は一律ではなく、勤続年数が長い人、一つの部署だけでなく他部署兼任する人、シフトに協力してくれる人、特に土日出勤や午後出勤してくれる人、他部署と協力して仲良くする人、患者さんへの対応が良い人を評価する。と言われていた。

　これまでの私は、その貢献度を評価してもらい、年を重ねる毎に少しずつ金額が上がってきており、パートでもきちんと評価してもらえる事でモチベーションがあがっていた。

　ところが、セッカチさんが受付に入った年から、寸志の額が下がり、とうとう今回五千円という半端な金額になる。

　五千円？
　目を疑う。

　これはどういう事？

　モヤモヤとしているところにヤンキーさんから電話がかかった。

　「寸志もらった？　悪いんだけど金額を教えてくれる？　」
　彼女は切羽詰まった様子で聞いてきた。

　どうやら、ヤンキーさんは寸志の金額を見て納得いかず、もしかして自分だけ少ないの？　と考えたそうだ。

　そして、居ても立っても居られなくなり、他のパートに聞き込みをしたらしい。

　聞き込みの結果、他のスタッフは最低でも一万円、多い人は三万円（入社一年目の人）ももらっている事が分かったのだ。

　中でも、受付のシズカさんが一万円もらっているのに自分は五千円という事実にショックを受け、私に電話をかけてきた。

　彼女は物凄い剣幕で「こんな扱いをされるならここを辞める」という。

　「私も五千円だったよ。どうして二人だけ少ないのかな？」
　お互いに愚痴を言い合いながらも気持ちがどんどん沈んでいく。

　「フシギさんの残していった返戻分を無給でやらされたのに、寸志減額なんてふざけているよ」
　彼女は家に持ち帰ってまで仕事をしていた。

「私だってマニュアル作り大変だったよ、それも無給だったし」
　寸志一万円もらっても割にあわないけど。

　セッカチさんが入ってくる前までは、院長は私を頼りそれなりに評価してくれていたのだが、彼女が入ってきてからは話しかけられる事もなくなっていた。

　身内が受付に入るということはこういうことなのか。

　夕食時、どうしても腹の虫が収まらず主人に相談した。

　「一万円だって五千円だってあまり変わりないじゃない、何十万も違うなら問題だけれど」
　彼にとっては騒ぐほどの事ではないらしい。

　「私はオープンからいて、シズカさんより勤続年数が古いの。仕事の量もパートの中では多いのに、誰よりも寸志の額が少ない理由がわからない」
　これまでの自分の頑張りを思い出し、やりきれない気持ちになる。

　せめて受付メンバーだけでも寸志一律にしてくれていたなら……。

　シズカさんには恨みがないが、勤続年数、抱えている仕事、シフトの協力面その他に置いて、シズカさんと差をつけられる理由が何一つ思いつかなかった。

「そんなに納得いかないなら、院長に直接聞いてみたらいいんじゃない？　皆は一万円以上もらっているのに私は五千円ですが何故ですか？　シズカさんの半分なのも納得いきません。　と聞いてみた方がすっきりするよ」
　それで納得いかないなら転職すればいいと言って苦笑いをした。

　確かに五千円くらいで騒ぐのはみっともない事なのかもしれない。　

　だが、大事なのは心だ。

　オープンからこれまでクリニックのために精いっぱい頑張ったからこそ、その頑張りが少しも評価されていない気がして、張りつめていた糸がプツンと切れるのを感じた。

　次回は、寸志のことで院長と面談します。

　独り言

　アコガレクリニックのパートの寸志は、毎回ほとんど決まっていて、看護師3万円、助手は1万円から2万円と言われている。
　私は今まで「労災の書類管理をしてくれるから、他のパートさんより多くします」と院長から言われ、相場より数千円だけだが少し色を付けてもらっていた。
　しかもわざわざその事を「他のスタッフには言わないように」と恩ぎせがましく言われていたのだ。
　それなのにセッカチさんが入った途端に、色付けるどころか、前回より下がり、今回は誰よりも少なくされたとわかった時のショックは大きい。
　その日は悔しくて眠れぬ夜を過ごす。