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Fontaines D.C.のあざとい新曲について

 Fontaines D.C.の新曲、『Jackie Down the Line』がとても良かった。4月22日リリースの新アルバム、『Skinty Fia』からの先行曲として先日発表された。

 まずはMVを見て欲しい。


 まず目を引くのは4:3のアスペクト比。どこか懐かしい印象で何かしらのオマージュであることがわかる。
 そして地面に散らばる薔薇の花。倒れ込んだバンドメンバーたち。完全にザ・スミスである。
 ボーカルのGrian Chattenが上目遣いで私たちを見る。その姿は若かりし頃のデーモン・アルバーンだ。ちょっと言い過ぎかもしれないが、この堂々とした立ち振る舞いは、ブラーと対立した(?)イギリスのあの国民的バンドのそれであるとも形容できる。

 そして歌メロは完全にストーンローゼスの『Elephant Stone』。アコギが前面に出た、この憂いを含んだ4分間のポップソングは、ザ・キュアーのシングル群とも相通ずるものがあるかもしれない。

 ちょっとやりすぎ感のある、オマージュの盛り合わせMV。僕たちUKロックキッズが飛び付かないわけがない。というか僕らに向けて盛大にアピールしてきている。
 一方であまりに懐古趣味的で、あざと過ぎると思う人も少なくないだろう。
 確かにそういう打算的な部分も彼らにはあるだろう。完全に確信犯である。しかしこれは商業的に成功しようとか、ロックファンに媚を売ろうとか、そんなことだけを狙ったMVではないように僕は思う。
 なぜなら前作までのFontaines D.C.では考えられなかったような曲であることは間違いないからだ。

 彼らと言えば、こういったポストパンク・リヴァイバル(00年代のポストパンク・リヴァイバルのリヴァイバルに過ぎないという批判は一旦傍に置いておこう)に分類されるような、硬質なロックをやってきた。無機質なビートの上に乗る、ミニマルなギターはオリジナル・ポストパンクときちんと向き合ってきたことが窺える。起伏が少なく、低音帯を這うようなGrian Chattenのボーカルスタイルはイアン・カーティスやバーナード・サムナーとも比較されてきた。

 こういった彼らのスタイルは、同世代のShameやGoat Girlらのサウス・ロンドンと同じ文脈で語られてきた(彼ら自身はアイルランド出身だが)。
 
 けれどこの枠組みも少し無理があるように思う。Fontaines D.C.の前作『A Hero's Death』ではギターロックとしての強度が増しつつ、ソニックユースやヴェルベット・アンダーグラウンドといったアメリカのバンドの影響も見せて、単純に「ポストパンク」とは言い難い作品になっている。また、グラストンベリーでは大観衆の前に堂々と立ち、今後のロックシーンの中核になっていくことを証明してみせた。

 加えて、少し先輩にあたるIDELESはハードコア・パンクが基盤にあるし、black midiの特徴はドロドロとしたポストロックであることを考えれば、彼らと同列に語るのは両者の本質が捉えられていないように思う。
 だが、今までの彼らが硬派な音楽をやってきたことは間違いないわけで、そういった精神的な意味でサウス・ロンドン的なバンド群たちと一括りにする試みも分からなくはない。


 例えばイングランドのインディーシーンの中心にFontaines D.C.がいたとしたら、過大すぎる引用は顰蹙を買ってしまうだろう。しかし今回のMVは概ね好意的に受け入れられている印象だ。
 それはアイルランド出身だから、かもしれない。生え抜きのエリートでないからこそ、過去のUKロックの偉人たちを相対的に眺め、何の衒いもなく参照できるのではないか。
 文化圏の周縁に位置するからこそ、その国を客観的に、かつ深く見つめることができる。その構造は(カナダ出身でありながらアメリカのロックの支柱となった)ニール・ヤング的でもあるとも言える。


 少し話は変わるが、アイルランドはイギリスという文化圏において不思議な立ち位置だ。半植民地的な扱いを受けた歴史。そのイギリスに対して同等の権利を獲得するために格闘した歴史。同じ島でありながら宗教的に引き裂かれてしまった歴史。
 そういったアイルランドの複雑な事情を描いたバンドといえば、真っ先にU2が思い浮かぶ。
 北アイルランド紛争下の血の日曜日事件が『Sunday Bloody Sunday』において描かれたことはあまりにも有名だ。

 U2は政治的なバンドであったが、それは彼らがポストパンク/ニューウェーブ出身であることが大きく関係する。その初期衝動は形を変えつつも常にU2は(自分たちに対しても)批評性を備えたバンドだった。
 アメリカを批判しつつもアメリカのカントリー、ブルース、ゴスペルまで吸収し、自分たちもアメリカという商業主義に飲み込まれていく80年代の彼らは、引き裂かれたアイルランドを象徴するような存在であった。イギリスからも、アメリカからも疎外されていながら、U2は世界の頂点に立った。彼らも文化の中心から外れていながらもその文化を最も深く掘り下げることができたのだ。

 そんなU2が全英チャート1位に躍り出て、後のアメリカ征服の足がかりとなったのは、3rdアルバム『War』であった。

 全体を基調づけるのはポストパンク的な硬質なビートであるが、『The Refugee』ではレゲエに挑戦し音楽性の拡張を目指し、『Sunday Bloody Sunday』『New Year's Day』といったロック史に残る名曲も収録された。

 次回作の先行曲はまだ『Jackie Down the Line』だけだか、僕にはFontaines D.C.の来るべき3rdアルバムは、彼らにとっての『War』になるのではないかと期待している。
 だからこそ、あざとく見えるこのMVは彼らの所信表明だとしか思えない。これまでの、そしてこれからのUKロックを背負う気概に満ちたものだ。

 先行曲はたった一曲なので期待し過ぎているかもしれない。でも、Fontaines D.C.が更に素晴らしいバンドに成長していくこと、それだけは確実な気がする。

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