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下川町と、ゆらゆらと、ふるさと副業 第2話


第2話 曲がり角のロマンス


北海道には、曲がり角が少ない。
土地が広すぎるからだろう。
ひたすら真っ直ぐな道を、ひたすら真っ直ぐにバスは運行している。
だから、何キロも先からバスがやって来るのを、
何分も前からバス停に立って眺められる。
ゆっくりゆっくり、予定通りにバスは近づいてくる。
よく言えば見通しがいいが、時に単調で、
ロマンスが足りない世界ともなる。

人生には、「曲がり角」が必要だ。

たとえば、少女漫画の定番に、こんなシーンがある。
朝、寝坊した主人公が食パンをくわえて
バス停までを全速でダッシュしている。
そして偶然、「曲がり角」でぶつかってしまう。

「きゃっ…!」
「ご、ごめん!」

そして、必ずその男子とはホームルームで「転校生」として再会し、
何かが始まる――。

お約束の展開ではあるけれど、曲がり角の先には
そんなロマンスが待ち構えていることもある。
誰にも見えないからこそ、
私たちは曲がり角の偶然に、運命だったり人生の彩りを感じるのだろう。

さて、みなさん。 
みなさんは、最近いつそんな「曲がり角」を経験されただろうか?
もちろん恋愛でなくていい。食パンをくわえてなくてもいい。
その後の職歴や生活環境を、大きく変えることになった転機を
いくつ覚えているだろうか?
そして「あの偶然のきっかけが、私の曲がり角だったんだ…」と思える、
直近の経験はいつだったろうか?

私は思う。
「曲がり角」から遠ざかっている程、その人の人生は単調になっている、と。

長く会社に勤めていると、仕事というのは
「出来ることを上手くこなすこと」になっていく。
周りからもそれを期待され、責任も重くなり、次第に、
「出来るかどうか解らないこと」
「普段の業務とは隣接しないこと」
から遠ざかるようになる。
そうして、知らず知らずに仕事とは一本道なものとなり、
何年も先が見通せるようになる。
見通せる「何か」は人それぞれだが、
ゆっくり近づく「定年というバス」への焦りだったり、
「自分を高めるスキル不足」という将来不安だったり。

「このままで、いいのかなぁ…」

来る日も来る日も、昨日と同じような仕事で頑張り続けるのは、
意外としんどい。
コンプライアンスが徹底された職場であっても、
働き甲斐はそれと別だ。
足りなくなっているのは、きっと「曲がり角のロマンス」だ。
一生まっすぐな道は、ちょっと淋しい。

さて、2019年7月。
私は下川町に来ていた。

バスに揺られ、たどり着いた下川町。
そこで開かれた「森の寺小屋」というイベント会場に座っていた。
遅い夕闇が漂い始めていたから、18時過ぎだったと思う。
公民館のような大規模施設で、世話役の方から
「今から、下川町で新規ビジネスに取り組んでいる面々を紹介します。
彼らの事業内容と計画を聞いて頂き、素敵なアドバイスをお願いします。」
と超ざっくりした会の趣旨説明を受けた。
その後、若手起業家さんの「事業構想」を2~3名一組に分けられたアドバイザーたちが聞き、彼らへの事業アドバイスを30分で順に述べていくというセットを、4セットぐらい行うことが判明した。

ガチ目な事業コンサル的マラソンが、いきなり始まった。

そこで私は、「まきや」さんに出会った。
最初あまりにも唐突過ぎて「まきや?」と意味が解らなかった。

「まきやをやってるんですけど、売れないんです。」
「はい?」
「まきやです。木の、薪のまき。薪屋(まきや)です。」
「薪のお店?」
「はい。これが店のパンフです」

いきなり、だれかと時速110㎞でぶつかってしまったような衝撃を感じた。
だって、そんな職業の人が、令和の今にいるなんて。

「薪(まき)を全国発送できるようなECサイトを立ち上げたいんですけど、ECサイトを立ち上げるITのノウハウが自分には無くって…」
「は、…はい?」
「いや、だからネットで売り出したいんです。下川町の薪を日本全国へ。」

珍しくて珍しくて私は震えた。カナカナと、窓の外でひぐらしゼミが合唱している。
ある日、森の中、くまさんのような経営者から、私は相談されたのだ。
「どうしたら下川町の薪を、ネット販売で買ってもらえますか?」――と。

私は必死に「薪ビジネス」の可能性について脳内検証し、アドバイスを繰り出した。
「東京では薪を自由に燃やせないから、下川町での薪を使った生活体験をビジネスにするのはどうでしょう?」
「あ、さっき地元のパン屋さんが『ケータリングを始めたい』って言ってたけど、二人で組んで森の中で食べられる薪焼きピッツァ体験を売り物にしたら?」等々…。

今の私には、彼の夢をかなえるため何が出来るだろう?
商品開発、ホームページ作成、ECサイト構築…。

さらに、その衝撃は「まきや」さんだけではなかった。
続いては「ダムの横穴を利用してエゾ鹿の長期熟成ハムをつくっている人」にぶつかった。

「え? ダムの横穴? エゾ鹿? そこで長期熟成を?」
「はい。最近、この近くにダムができたんです。その工事用に横穴が掘られて、その横穴がダム完成後には不要になったのを借りてるんです。ダムの横穴はハムを長期熟成させるには最高の環境なんですよ。でも…」
「…?」
「エゾ鹿を獲れる量には制限があって、事業をスケール化していけないんです…」

今の私には、彼の夢をかなえるため何が出来るだろう?
ダムの横穴のブランド化、材料調達、販売ルート…。

お次に現れたのは
「軽トラを超ローコストで改造しキャンピングカーにする人」だった…。

私はいつの間にか、微笑んでしまっていた。
なんなんだろう、ここは。
いっぱい「転校生」がぶつかってくるんですけど――。

脳の高速回転を強制される受け答えの中で、私はかつて見た連続テレビ小説『花子とアン』を思い出していた。
ヒロインの花子は、「赤毛のアン」のこんなフレーズが好きだった。

――「曲り角をまがった先に、何があるかはわからないの。
   でも、きっと一番よいものに違いないと思うの。」

ヘトヘトになった頃、「森の寺小屋」が終わった。
ランナーズハイとなった相談会のあと、
若手事業者のみなさんとスタッフで、
「ハンター」という焼肉屋さんへ出掛けた。
「ハンター」という店名の通り、
とれたて(撃ちたて?)の新鮮なお肉をいただいた。
でも、最高のごちそうは彼らとの語らいだった。
若手事業者は熱く、いろいろな思いを抱き下川町に移住してきたことを語ってくれた。
ゆらゆらと風に運ばれてきた「希望の種」が、そこら中に舞っている気がした。

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2軒目。
カラオケスナックへなだれ込んだ頃には、すっかり親密になっていた。
女性スタッフが歌い出した聖飢魔Ⅱで、なぜかみんなが奮いたち、阿鼻叫喚のうちに会はお開きになった。

ゆらゆらと、開拓者と、まきやと、ダム穴と、ハンターと、聖飢魔Ⅱ…。

明るく輝く星に照らされた帰り道で、
「下川町って、曲がり角だらけだね。」
と私は宮崎くんにつぶやいた。
「え?」
と彼は驚いてこちらを見た。
だってそこは、ただ真っ直ぐな大通りだったから。

「副業でいいから、こんな面白い人たちと関わり合えるような研修システムを築けないかな?」
そう思いついたのは、そんな夜だった。


(下川町編、おわり)