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『僕たちは欠けている』装丁解説

2018年2月に発行した『あまあま』という本がこの度「ジャグラ作品展」というコンクールで入賞しました。
印刷技術に対する賞なので、印刷をしていただいた緑陽社さんの受賞ということになります。緑陽社さん、この度は本当におめでとうございます。
また、自分の本にこのような貴重な機会をいただけたことも大変うれしく思います。どうもありがとうございました。

記念に装丁解説でも書こうと思ったのですが、『あまあま』は緑陽社さんの第7回本フェチ大賞の大賞も受賞しており、その際に記念として解説記事をすでに公開していました。(※記事はこちら
なので今回は、『あまあま』の受賞にかこつけて、受賞とはまったく無関係ですが『僕たちは欠けている』(2018年12月発行)という本の装丁解説を書くことにしました。
読んでいただけるとうれしいです。

仕様まとめ


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カバー:
  高透明クリアカバー0.2mm
  フルカラー+白止め2回+金箔押し
表紙:

  セルモアGA クールホワイト180kg
  1色(スミ)刷り+トムソン加工(オリジナル型)
口絵(前のみ):
  マットコート110㎏
  フルカラー

時系列

2018年
7月下旬
  映画のディザーを見て書きたい話を思いつく
8月中旬  
冬コミに申し込む
9月上旬 
 タイトル・プロット・装丁のアイデア出し
9月中旬  絵描きさんに依頼
緑陽社さんにトムソン加工とフィルムカバーへの箔押しについて確認
10月     執筆に専念
11月上旬   見積もり
11月中旬   絵描きさんから納品していただく
11月下旬   全データ入稿
12/29      C95 にて発行

事情により9月からしか作業にとりかかれなかったので非常にタイトなスケジュールでした。本文執筆含め入稿まで約3カ月です。

アイデア出し

7月の公式イベントで映画のディザーが発表されました。それを見て「公式が描写する前に若いころのヴィクトルが髪を切る話を1度は捏造しとかないと!」という使命感に駆られ本を作ることにしました
公式イベント数日後に書いたネタメモの一部を引用します。

● 両片思いヴィクトル視点
● ベターハーフ、魂の片割れ、失われた半身、そんなものが俺にもあるんだろうか? →完成しているという苦悩
● 勇利くん「ヴィクトルは僕がいないとだめなんだから」
● 自分が不完全であることに気づいてしまう夢 それでも生きていこうとする夢

※メモからは分かりにくいですがハッピーエンドの前向きな話です。

9月から細かいプロット、タイトル、装丁を同時に考えていきました。
タイトルはなかなかしっくりくるものが思いつきませんでした。最終的にタイトルになる『僕たちは欠けている』もこのとき思いついていますが、メモにはバツがついています。「聞いた人が後ろ向きな印象を持つから」という理由だったと思います。実際は欠けていることを肯定する話なので後ろ向きな印象はちょっと違うかな、と思いました。
また、装丁もなかなか決まりませんでした。やりたい加工はたくさんあるのですが、せっかくやるなら意味のある装丁にしたいと考えていました。

ところで、この本の装丁を考えるのとは別に、日頃思っている「いつかやりたい加工」のひとつにトムソン加工(※表紙を型で切り抜く加工。ハートや丸などのデフォルトの型を印刷所が用意している場合もありますし、オリジナルの型で発注することもできます。)がありました。

トムソン加工:

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ただ、トムソンで一番気になるのは本の保存性が落ちることです。
トムソンは同人でも商業でもよく見かける人気の加工ですが、本棚に出し入れしているうちに穴の周辺がひっかかってボロボロになってしまうことがよくあります。
トムソンに限らず、どんな加工にもデメリットはつきものです。特殊加工をするというのはメリットと比較してどのデメリットを許容できるか(許容する勇気を持つか)という話でもあると自分は思っています。
こだわりを持つ観点は人によってさまざまなので、どのデメリットがネックになるのかも人によって違います。自分は過去に好きな本のトムソン加工部分がボロボロになって悲しい思いをしたことがあるので、トムソンのデメリットは許容しにくい部分でした。
一方で、トムソン加工のデザイン性や面白さというメリットは非常に魅力的なので、保存性さえなんとかなればいつかはやりたいとも思っていました。

『僕たちは欠けている』の装丁の話に戻ります。そうやってタイトルも装丁も固まらないままもやもや考えていたある日、ついにトムソン加工のデメリットを許容できる工夫をひらめきました。
それがトムソン加工した表紙にカバーをかけるということです。「本棚から出し入れするときに加工部分がひっかかってボロボロになってしまうなら、カバーをかけて保護すればいいのでは?」という発想です。普通の紙カバーだとせっかくのトムソンが隠れてしまいますが、透明のフィルムカバーにすればトムソンも見られて保護もできます。

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このアイデアをひらめくと同時に話の内容にぴったりのデザインの工夫も思いつきました。トムソンが使えるなら「人はみな欠けている」という話のテーマが物理的に表現できます。つまり、トムソンで「欠けている」表紙を作ろうと思いました。そして、それをするならタイトルは『僕たちは欠けている』がぴったりだと思いました。後ろ向きな印象を与えるという問題は依然として残っていましたが、それよりもそのタイトルで作る欠けた表紙のインパクトが大きいと思いました。

さらに、トムソン+フィルムカバーには別の面白さが生まれることにも気づきました。表紙側の物理的なレイヤーが3つになることです。

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この3レイヤーをうまく使えないかなと考えた結果、「トムソンで欠けた穴を埋める」ということを思いつきました。トムソンをカバーの白止め(※不透明白インキを印刷することであえて透明ではない部分を作ること)で隠すというアイデアです。
これは話のテーマにも合致しています。「人はみな欠けている」がテーマだと前述しましたが、正確に言うと「人はみな欠けているからこそ誰かとともに生きる」という話なので「トムソンで作った欠けた部分をカバーの白止めで補う」というのは非常に話の内容に沿っています。
もちろん最初からトムソンを隠していたらフィルムカバーにした意味がなくなりますし、誰もトムソンに気づかないという結果に終わってしまいます。なのでフィルムカバーを通常の状態とカバーを上下反転して掛け替えた状態の両方で使える2-way仕様にすることにしました。
これによって本そのものに物語性を持たせることができるようになりました。次のような流れです。

1.本文を読む前:欠けた表紙(通常状態)
2.本文:欠けているものを補ってハッピーになる話
3.本文を読み終わった後:欠けた部分が埋まった表紙(掛け替え状態)

2→3はカバーを掛け替える必要があるので本文の最後に説明書きを用意し読者の方に掛け替えてもらうようにします。
実際に奥付ページに次のような説明を入れました。

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これによって全体のデザインの方針が決まりました。通常状態では物語の初期状態を、掛け替え状態では物語が終わった後を表現するような表紙にする、という方針です。

2-wayカバーは、2つの状態の落差が大きいほど、つまり、掛け替えによって印象がガラッと変わる方が面白いと考えられます。今回の場合は「両片想いの切ない状態」から「両想いになってハッピーな状態」への変化を大きな落差で表現したいということになります。

掛け替えで変えることができるのはカバーにあるオブジェクトだけです。
「印象をガラッと変える」という目的だけを考えると、カバーに全部乗せてしまうのが早いです。つまり「両片想いの切ない状態」のキャラクターのイラストAと「両想いになってハッピーな状態」のキャラクターのイラストBを用意し、両方ともカバーに乗せてしまえばいいということです。この場合、イラストBの方は上下反転させることになります。

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もちろんこの方法もありだとは思うのですが、これをすると、「裏表紙側が常に表紙相当のデザインになり、かつそれが上下逆になっている」という状態になり、自分のこだわり的にはあまりしっくりきませんでした。逆からも読めるような気がしてしまいますし、実際そういう本もあると思います。
何より、そのやり方ならフィルムカバーでなくても実現できます。

今回はトムソン加工との関係でフィルムカバーを使うことは決定しているので、どうせならフィルムカバーらしい表現をしたいと考えました。そのため、キャラクターのイラストはカバーではなく表紙に置き、通常状態も掛け替え状態でも共通のものとして、変化はその上のレイヤーであるカバーの演出だけで生み出すことにしました。
また、この本の場合は「まったく違う絵なので印象がガラッと変わる」というよりも「同じ絵なのに演出によって印象がガラッと変わる」という方が読んだ方の心の動きにもあっているように思いました。

さらにここで装丁の物語性を強調する別のアイデアを思いつきます。それが通常状態と掛け替え状態でタイトルを『僕たちは欠けている』→『僕たちは欠けていた』と変化させるというものでした。これをする場合、裏表紙側に来るカバーの文字オブジェクト(表紙側に来ていない方の題字)は上下さかさまになってしまいますが、そこは妥協することにしました。

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『僕たちは欠けている』の後ろ向きな印象が気になっていましたが、その分過去形にした際のハッピーエンド感が高まるのでこれはこれでありだなと思うようになりました。

また、トムソン加工との組み合わせとはまったく別に、フィルムカバーについても機会があればいつか使ってみたいと思っていた手法がありました。それが「モノクロの表紙にフィルムカバーで色を乗せる」というものです。
緑陽社さんの第三回本フェチ大賞で特別賞を受賞されている『やさしくない手と、生きる』( 不二子様[式姫回]・又来様)というご本でこの手法が使われています。隅から隅までこだわりと愛にあふれたすばらしいご本で、初めて拝見したときからずっと憧れでした。
ドラマチックな展開を演出するためにモノクロからカラーに変化させるというのは動画や漫画などではしばしば見かける手法かと思います。今回は同じことを装丁でやってみようと思いました。

以上のようにしてタイトルと全体の装丁の方針が決まりました。

デザイン

上述のアイデアに基づいて表紙を考えていきました。恥を忍んで初期のラフを掲載します。

通常状態:

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掛け替え状態:

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これ本当に形になるのかな? と一抹の不安がよぎったことをよく覚えています。ちゃんと発行できてよかったです。

2つの状態で印象をガラッと変えるための工夫として、通常状態ではキャラクターの手元を白止めで隠すことにしました。
つないだ手を隠すことで、通常状態ではうつむきがちに向かい合っているだけに見え、少し悲しそうな印象になります。でもカバーをかけ替えると実は二人は親密そうに手を取り合っていたことがわかります。
また、通常状態では「欠け」を象徴する四角を中心とした硬質なデザインにし、掛け替え状態では物語中のキーアイテムであるライラックの花を中心とした温かみのあるデザインにすることにしました。

迷っている部分だらけですがこの状態で絵描きさんに依頼を出しています。特殊加工が盛りだくさんなため締め切りがかなり早まることが予想されました。作業時間を確保するために早めに連絡しました。
もちろん上のラフだけではとてもやりたいことを伝えきれないので合わせて言葉と資料で詳細を説明しています。またその際、カバーの白止めで絵の一部を隠すことと、カバーのカラーを使って色を乗せることについてもご説明し承諾を得ています。

最終的にこのようになりました。

通常状態:

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掛け替え状態:

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掛け替え状態のタイトルは金箔押しにすることにしました。黒だと線画に埋もれるから、という理由からでしたが、結果的にハッピーエンド感が増していい感じだと思いました。

データ作成

データの作成は考えることが多くて大変でした。
表紙側は前述の通り、口絵+表紙+カバーの3レイヤーが重なっています。また、「上のレイヤーに見せない」という意味でカバーの袖(※カバーの折り返しの部分)も意識する必要があります。
表紙側で作成する版は全部で次のようになります。

● 口絵(フルカラー)
● 表紙(トムソン)
● 表紙(スミ刷り)
● カバー(フルカラー)
● カバー(白止め)
● カバー(金箔押し)

それぞれのデータで位置合わせをしなければいけないので、上記の全部の版を一つのファイルで調整し、入稿前にデータを分けることにしました。
※カバーの白止めは印刷時に裏面から印刷するので、実際の印刷データは見た目のデータを鏡像反転したものになります。しかし確認したところ緑陽社さんでは反転は印刷所の方でやっていただけるとのことでしたので見た目のデータそのままで入稿しました。

表紙側の物理的なレイヤーは次のような構造になります。

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順番に重ねていくと次のようになります。

口絵←カバー袖

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口絵+カバー袖←表紙(トムソン穴)

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注意点:
● トムソン穴から口絵の文字オブジェクト、袖の白止め、袖の縁が見えないようにする

口絵+カバー袖+表紙←カバー(通常)

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注意点:
● キャラクターの手元が白止めで隠れるようにする

全部重なった状態(通常)

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また、掛け替え状態はカバーのデータのみが変わりますので次のようになります。

口絵+カバー袖+表紙←カバー(掛け替え)

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注意点:
● トムソン穴がライラックの花ですべて隠れるようにする
● キャラクターの手元が見えるようにする

全部重なった状態(掛け替え)

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以上のようなことを考えつつ、データを作成しました。
実際の作業は、通常状態・掛け替え状態の両方で問題ないことを確認するために、それぞれの状態で表紙側に来るデータを回転させて他方の裏表紙側にコピペして、全体を見つつ進めました。

通常状態:

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掛け替え状態:

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注意点:
● 裏表紙のライラックの花と文字オブジェクトが通常状態でも掛け替え状態でも隠れないようにする

コピペせずともイラストレーターの機能で何か便利なものがあったんじゃないかな?という気もするのですが、今もって探していないのでよくわからないです。

最終的に出来上がったデザインをそれぞれの版に分けました。

口絵(フルカラー)

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表紙(トムソン)

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表紙(スミ刷り)

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カバー(フルカラー)

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カバー(白止め)

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カバー(金箔押し)

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データの作成については以上です。
以下よりそれぞれの加工の工夫や注意点の話になります。

カバー

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白止め
フィルムカバーのセットにはフルカラー印刷と白止めがデフォルトでついていることが多いと思いますが、『僕たちは欠けている』ではさらに白刷りを追加しています。つまり白を2度刷り、200%にしています。これは遮蔽効果を上げるためにやりました。

フィルムカバーやトレペの白止めを見たことがある方なら分かっていただけると思うのですが、白インキは思ったよりかなり透けます。フルカラーの下地としてなら十分でも、「下のレイヤーにあるものを遮蔽する」という目的に対しては力不足が否めません。
今回の装丁で白止めは完全に遮蔽のために使っています。隠したいものはトムソンで作った「欠け」と通常状態のキャラクターの手元で、どちらもくっきりとした色をしています。このふたつを隠すことは今回のデザインにおいて重要な点なので、より効果を出すため重ねることにしました。

しかし、正直言って2度刷り程度だとまだまだ透けます。
カバーが浮いているときはまだいいのですが、カバーが表紙にぴったりくっついていると余裕で下の絵が見えます。たまたま手元に白2度刷りのフィルムカバーの本を持っていたので、これは事前に分かっていたことでした。

カバーが浮いている状態:
平置きではこの状態です。キャラの手元はなんとか隠れています。

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カバーが表紙にぴったりくっついている状態:
カバーを押さえるとこうなります。結構透けます。

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完全に隠したいと思ったら相当な覚悟を持って取り組む必要があると思います。自分は2度刷りで妥協しました。
本気でやるならシルク印刷とか箔押しとかも選択肢としてありかもしれません。(※フィルムカバーにシルク印刷や金箔以外の箔ができるか等々は未確認です)
余談ですが『コミティア30thクロニクル』という本は遮蔽目的でトレペカバーに白インキを8度刷りしているそうです。一度実物を拝見してみたいところです。

カラー(透過)
カラーの濃度にはかなり頭を悩ませました。フィルムカバーにどの程度インキが乗るのかも分からず、さらに透過を目的としているということでいつもと勝手も違いました。できれば『あまあま』のスペシャリティーズのように事前に印刷サンプルを作れたら安心でしたがそんな時間はありませんでした。
結局、下のデータを不透明度60%にして使っています。本の実物を持っている方は口絵がカバーと同じカラーデータで不透明度100%のものなので見比べてもらうと参考になるかと思います。

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しかしやってみた感想としてはあまり恐れることはなかったなという感じです。データ上乗算で見ていた印象とそう大差はありませんでした。今回はデザイン的に色の乗り方に神経質になる必要がなかったのも幸いでした。

箔押し

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フィルムカバーへの箔押しができるかどうか分からなかったので事前に緑陽社さんに確認していました。
フィルムカバーへの箔押しは可能だけれど依頼を受けた実績がなく、どの程度の細かさまで対応できるか具体的に案内できない、とのご回答をいただきました。データをお送りすれば確認していただけるとのことだったので、ラフの段階で先に題字のデータだけ送り、問題がないことを確かめてから作業を進めました。

フィルムカバーに限らずですが、箔材がうまく圧着するかどうかは紙と箔材の組み合わせによって違います。特殊な紙×実績の少なそうなカラー箔などの組み合わせは必ず印刷所さんに確認した方がよいと思います。危なそうなものはそこで止めてもらえます。
金箔・銀箔が一番ギャンブル性は低いので、今回は他の選択肢はまったく考えず金箔を選びました。

背幅
フィルムカバーの本を作るとき、背幅はカバーの印刷の段階で確定させる必要があります。これは今回の場合、締め切り的にとてもシビアな条件でした。
フィルムカバーは普通のカバーと違い、背の部分に機械でスジ押しを入れる必要があります。

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カバーのない本の場合、表紙を先に入稿していても背幅はある程度可変です。最終的に入稿した本文の厚みに合わせてカットしてもらうことになるので、デザイン的に背幅と表紙・裏表紙の境界をはっきりさせていない限りは最終的なページ数がずれてもある程度までなら対応はできます。
しかしフィルムカバーは先にスジ押しを入れてしまうので、最終的なページ数がずれてしまうと本がカバーに対してピチピチになるか、ガバガバになってしまいます。最悪の場合カバーに本が入らないかもしれません。印刷所の方からは「ページ数はスジ押しを入れる段階で確定し、その後変更はしないでほしい」と言われていました。
「でも、そうは言っても何ページかはずれても大丈夫なんでしょう?」と探ってみましたが本当に無理みたいです。

この条件をクリアするには、カバーの入稿日までに本文原稿が大体できあがっているのが理想です。しかしそうできない場合も多々あると思います。今回はギリギリ進行だったのでとてもじゃないですが本文は間に合いませんでした。なのでページ数を概算してカバーを作り、後から本文をそれに合わせました。

表紙

トムソン加工

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「アイデア出し」の項目では分かりやすさのためにトムソン加工の説明のみしていましたが、実際にはアイデア出しの時点ではレーザー加工も候補に入れていました。
レーザー加工もトムソン加工と同じく紙を切り抜く加工です。型を使うトムソンと違い、レーザーカッターで切り抜くためにより細かく複雑なデザインまで実現できるところが強みです。ただ一方で、熱で切り抜くために切り口が焦げたようになってしまう欠点があります。表側はあまり分かりませんが、裏側(表1に加工した場合表2)の切り口が茶色くなることが多いです。

今回の「欠け」のデザインは小さな四角が広範囲に散らばっているものです。複雑ではありませんが細かい図形ではあるので、トムソンで実現できるかどうか疑問でした。トムソンが無理なら焦げには目をつぶってレーザー加工をしようと思っていましたが、事前に緑陽社さんにラフを送って確認したところトムソンで実現可能とのことでした。
データ作成についていくつか注意点をいただきましたので、それに従ってデータを調整しました。

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また、入稿後にも修正の指示をいただいた点があります。トムソンのひとつが背に近すぎたため、製本時にノリが見えてしまうことがあるとのことで削除しました。テスト製本で見つけていただいて非常に助かりました。

また、トムソンのために製本にもひと手間必要でした。
トムソン穴が複数ある場合、そのまま製本機に通すと穴の部分がひっかかってしまうのだそうです。それを回避するために表紙の上に一枚紙を重ねて製本機を通し、あとでその紙を取り除く、という方法をとっていただきました。(※製本加算がかかります)
この方法をとるのはこの本が初めてではないそうで、以前同じようにトムソン穴が複数ある表紙の本を製本した際にその問題に直面し、その方法で回避されたとのことです。
こういったノウハウがあるところも緑陽社さんにお願いすると安心できる点のひとつです。


表紙の紙はセルモアGA 180kg クールホワイトを使っています。以下の条件で選定しました。

● フィルムカバーの色を上から乗せるので白が白い紙
● カバーの付け替えをお願いするので読者の方は必ず一度は表紙の紙に触れる。フィルムカバーと感触に差があった方が面白いので、手触りがよく、ほどほどにエンボスがある紙っぽい紙

エンボスのある白い紙といえば同人印刷ではサーブルが定番ですが、サーブルのエンボスはこの本には「やりすぎ」という感じがしたので除外しました。
検討の結果選んだセルモアGAは、サーブルによく似た紙ですがエンボスは控えめです。触ってみると表面がやわらかくざらっとした感触があるので、おそらくサーブル同様摩耗しやすく経年劣化が激しい紙だと思われます。その観点でも、フィルムカバーで保護できるこの本で使うのはいい選択だと思いました。

まとめ

以上のような工程を経て、『僕たちは欠けている』という本を作成することができました。やりたかった装丁を納得いく形で完成できてとても満足しています。
今回は前回の『あまあま』のスクリプトのような分かりやすく誰かの役に立ちそうなものがなかったので、何を書くべきか迷いました。考えた結果、「他人の装丁で一番聞きたいのはアイデア出しの部分かもしれない」と思いそこを丁寧に書きましたが、丁寧に書きすぎて非常に長くなってしまいました。申し訳ありません。読んでくださってありがとうございます。

アイデア出しの部分で特殊加工のデメリットの話をしました。
今回はトムソン加工のデメリットを補填するためにフィルムカバーを組み合わせましたが、実のところフィルムカバーも保存性は高くはないです。フィルムカバーは傷つきやすく、普通に扱っているだけで表面に小さな傷がついていきます。さらに言うと、個人的にはフィルムカバーの本は読みにくいと思っています。紙のカバーと違って滑りやすいからです。でもそれらは自分のこだわりとしては許容範囲内です。
デメリットをなるべく減らす、という観点で考えると、同人印刷の基本セットであるアートポスト+フルカラー+クリアPPというのはとても優秀な装丁だなと思います。発色よし保存性よしの攻守最強、かつその他の要素でも欠点らしい欠点が思いつきません。各パラメータを蜘蛛の巣グラフにしたら、どの項目も平均的にかなりいい優良バランスタイプです。
対して特殊装丁(加工)はどこかの項目が突出する代わりにどこかが凹んでいる、という偏ったグラフになると思います。でもそういうゆがんだ形だからこその面白さがあると自分は感じています。凹む場所があるから尖る場所もできるわけで、それをいかに自分が納得できる方向に落とし込めるかという作業が自分にとって装丁を考えるということです。
メリットもデメリットも両方把握した上で納得のいく本を作れたらそれが一番いいなと思います。
今回もやりたいことをたくさんできてとても楽しかったです。またこういう本を作りたいです。

最後になりましたが、今回も最高に素敵なイラストを描いてくださったコタチさん、毎度のことながらあらゆる面で惜しみないサポートをしてくださる緑陽社さん、本を読んでくださる方々に改めてお礼を申し上げたいと思います。
こうして楽しく本が作れるのもたくさんの方のご協力があってこそです。
本当にありがとうございました。

June 17, 2019  カナ田