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旅暮らしの記録 函館へ

死ぬ前に旅をしよう。

だが思い立った所で金がない。
まずは住んでいたアパートを引き払って実家に戻った。
家賃6万円で8畳2Kという、地方都市の真ん中にあるアパートにしては安価な物件だった。もしもう一度あの街に住むのなら、あの部屋に住みたい。

アパートを引き払った日。その街の繁華街にあるカプセルホテルに泊まった。
Wi-Fiを使ってスマートフォンで何て事の無いページばかり見て眠りを待った。
そんな時に見つけたのが派遣の仕事だった。
全国にある温泉地やレジャー施設が職場で、給与も時給ではあるがとてもよかった。
仕事内容は接客がメイン。レストランやフロントの勤務もあれば、清掃や調理の仕事もあった。
これだ。
そう思った。
寅さんだって旅先でただただぶらついてる訳でない。バナナやらおもちゃの叩き売りをして稼いでいる。
旅をしよう。
ではなく、旅しながら働こう。
そう気持ちが変化した。
死にたい気持ちよりも楽しみが大きくなった。

派遣の仕事を探し始める。
だが金がないので遠くにはいけない。借金の返済だってある。
実家からそれほど遠くなく、かつあまり行ったことのない土地。
幼少期から東北のほとんどは、家族との旅行で行っていたので、東北は出たかった。何なら今いる場所も東北だ。

そこで見つけたのが北海道函館にあるホテルの仕事。レストランでのサービス。時給は1000円で食事は休みの日も出るらしい。
函館は修学旅行と家族旅行で行ったことがあったが、本州ではないということと、寮からすぐ近くにある津軽海峡が魅力でそこに応募することに決めた。実家は海のそばだった。大学時代に住んでいた街も今の街も海が遠かった。だからたまにふと見たくなる海の側がよかった。
胸が高鳴りながらカプセルホテルの夜は更けていく。

実家へは高速バスを乗り継いで帰った。
その間に派遣会社から連絡があり、選考結果は3日後にはわかるらしい。

実家にいる間は荷物をほどいたり、祖父母が育てる畑のじゃがいもを掘る手伝いをした。
そこに結果が飛び込んでくる。
採用だった。
出発は1週間後。お盆の少し前だった。

今度は荷造りだった。
仕事で使うスラックスやYシャツ、日用品くらいだが出費はそれなりにある。

そして来た出発の日。空は雲ひとつない真っ青。
家族は本当は俺に家にいてほしかっただろうが、そうもいかない。寅さんだって実家の団子屋に帰って一悶着して家を出るときには必ず妹やおばに止められる。でもそれを振り切ってまた旅に出る。
その時の心境をわかった気がした。

朝早い普通列車に乗り込んで北へと向かう。
通学の高校生や通勤のおじさんたちが入れ替わり立ち替わり乗っては下りる。
昼前には青森に着いた。
函館へ向かうには津軽海峡を越えなくてはいけない。
青森から津軽海峡を越える手段は2つ。
1つは開通したばかりの北海道新幹線。
もう1つは船。
金がない俺は船を選んだ。
人だけなら2000円から3000円で渡ることが出来、なおかつ風情がある。ゆっくり進む船から見る津軽海峡を見たかった。
青森港に着くと風が強かったが、出航には何の影響もないみたいだ。
チケットを買う。3000円でお釣りが来た。
待合室で一時間ほど待った後、船に乗り込む。何人も乗り込んでいくが若い人は俺くらいで、年輩の人が多かった。みんな車も一緒に乗せているのだろう。
船が動き出す。
船の右側から遠くに下北半島が見える。いずれその横をすり抜け津軽海峡へと出る。
今いるむつ湾は穏やかだ。かもめの声が聞こえる。
船の反対側に移動する。
津軽半島の付け根部分。海のすぐ近くに民家があり、民家からすれば窓を開ければ海という環境だ。
家族で竜飛岬へ向かう時には民家の裏にあるバイパスを通っていた。

船内に戻り、自動販売機でシーフードヌードルを買った。海の上で食べるシーフードヌードルは格別だった。
少し眠ってまた外に出る。
下北半島がもう真横に見えた。うっすら白い崖が見える。それは仏ヶ浦という景勝地。下北半島は3回まわったが、その場所は道路から歩いて行かないと、間近で見ることができないので、その時初めて割かし近い場所で見ることができた。

だんだんと波の質が変わってくる。遠くで魚も跳ねている 。

少し経ってから竜飛側へ。
竜飛の象徴的存在である灯台とその先に北海道の松前がうっすらと見えた。
石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」は、この灯台を見て「ごらんあれが竜飛岬」としたのだろう。

本格的に津軽海峡に入る。
左側には海、右側には大間が見える。マグロで有名な大間。そこからも函館に船が出ているから、帰りはそこを通ろうかとも思った。
正面には北海道。名も知らぬ山が見える。
潮風は鼻で分かるくらいに塩辛い。
今俺は旅をしている。生きている。
そう思えた。

函館の港に船がつく。
歩いて下りるものは誰もいなかった。
バス停に向かう途中、車やトラックが何台も横を越していく。
潮の香りは一気に排気ガスの黒い匂いに変わった。

はるばる来たぜ函館へ
別に誰かを追ってきた訳ではないけれど、様々な出会いと経験、景色がこれからたくさんある。

これからが本番だ。

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