思い出の思い出(小説)

「私、ちょっと散歩してくる」

荷解きをする旦那と義母を残してふらりと家を出た。手伝わなくても文句を言わないので助かる。四月も目前に迫った春の午後、肌寒さの中にもたつく湿度を感じる。空は花曇りとでもいうのか、薄い鈍色に光っていた。スウェットパーカのジップを首まで引き上げて、鼻をすすった。去年は感じずにいたむずがゆさが鼻の奥、咽喉の上でうごめいている気がする。今年から花粉症になったかもしれない、と、旦那につぶやいたら、中学生のころからそうであった彼は、嬉しそうに笑った。

何年振りかの町並みだった。というか、住宅街だった。生まれてから十年はこの町で暮らしていたが、高学年に上がる頃に引っ越したのだ。父は転勤族で、私が大きくなるまでは色々な町で単身赴任をしていたが、寂しさに耐えきれなくなったのだと、母が言った。父が子どもの頃、その父、つまり私の祖父も転勤族で引っ越しばかりだったそうなので、せめて自分の子どもには、つまり私や弟には、そういう寂しい思いをさせたくないと考えていたそうなのだが。私はひとところにいた長さで言えばこの町で過ごした十年が最長かもしれない。弟に至っては六年か。私たちはこの町を出、父の転勤に伴って引っ越しを何度か繰り返し、私は大学を出てその地で就職をし、旦那と出会い、子ができてしまったので籍を入れた(子は流れてしまったけれど)。それでひとところにいた時間が十年を更新するかと思ったが、それを待たず、旦那の父、私の義父が亡くなり、義母が一人になってしまうために協議を重ねて同居することになった。まさか彼と出会ったはなは、お互いの故郷が私がもっとも長く暮らした町だとは思いもしなかったが、彼は同郷であることをとても喜んでいたし、話をしていくと小学校まで一緒であることがわかって、実は彼は私の三つ上だったので、同時期に同じ学校に通っていることも明らかになった。彼の実家はその小学校のすぐ裏手にあったのだった。

小学校には正門と北門があった。正門は小学校の東側にある。小学校は高台にあったので、小学生だけでなく普通の大人でも少しきついと思われる傾斜を上ることになる。逆に北門は緩やかな下り坂の途中にあった。正門とは言うものの、住宅街が隣接しているのは北門だったので、ほとんどの児童は北門から入ってきたものだった。旦那の家ももちろん北門側にある。下り坂のため、歩く速さが早くなっていくのを感じながら北門へ近づいた。土曜日の昼間(というには少し遅い時間だが)だからか、人気はない。重い鉄柵も閉じている。登れば越えられない高さでもないが、さして中に入りたいという気分はなかった。私が通っていた頃よりも外装は綺麗にされているが、校舎の形が変わっているわけでもなかった。懐かしい、というよりも、見たことがある、ぐらいの気持ちだったが、中々動けずにいた。北門を入ってすぐ脇には、よくわからない立方体の倉庫があって、今みると防災倉庫とシャッターには書いてあるので、何かしらの災害備蓄品が入っていることがわかる。当時はこんな漢字が読めなかったので、なんとなくロボットが収納されているんじゃないかと夢みたいなことを半ば信じていた。そういえば、と、急激に思い出される。この倉庫の周りでかくれんぼと鬼ごっこを混ぜた遊びをしていた。と思う。北門の延長でフェンスに囲まれているこのあたりを、木々に隠れたり倉庫に隠れながら鬼ごっこをしたのだった。面子の名前は思い出せないが、あまり運動神経がよくなかった私はとにかく鬼にはなりたくなくて、必死だった。体育も嫌いだった。水泳だけは習っていたので得意になれたが、他の運動は大嫌いだったから。大学生は気楽だった。体育がなかったので。鬼ごっこをするときには必死になって隠れたので、木の間に挟まったので授業中に頭を動かすと、細かい木の葉がノートに落ちた。嫌な気持ちになった。鬼ごっこなどこの世から無くなればよいと思っていた。だが、休み時間になると飽かずにその遊びをしたのだった。そういえば、高学年になって引っ越した先の学校でも鬼ごっこをするのが主流で、私なんかとは比べ物にならないほど運動音痴の女の子がいて(彼女は水泳もできなかった)、いつも彼女が鬼ごっこの鬼だった。かくれんぼの要素はなかったので、皆思い思いに彼女をからかっては鬼にしていた。同じ服ばかり来ていて、メガネがいつも白く汚れていた。彼女は今、どこで何をしてるだろう。名は、たしか、さおり、だった。と、思う。さおり。鼻をすすると同時に小さくつぶやこうとしたが、できなかった。

北門の前を通り過ぎ、フェンス越しに坂を下りていく。スリッポン越しにアスファルトの生温かさが伝わってくる。校舎の窓はあけすけで、カーテンもブラインドもないので教室内はおろか、その向こうの校舎の窓も見えている。校舎がどんどん、私の目線から上へと動いていく。目隠しなのか植えられた柘植のような木々も上へと逃げていく。三年までしか通わなかったこの小学校にも、そういう、郷愁とか呼べはしないでも、わずかな私の片鱗が詰まっていたのだった。北門からの坂を下りきると大きな県道につながる。その県道沿いに正門がある。ここは県道沿いなので、民家はあまりない。我が物顔で何台か車が走っていった。鼻がかゆい。正門への坂を上るのは億劫だったし、私が使っていたのは正門でも北門でもなく、門という名前すらついていない南にある小さな隙間のような道だった。でも、坂の下からでは見ることはできない。面倒だった。それに北門ほど、何かを思い出すような気もしない。ふと見上げると、正門の上に垂れ下がるように桜の木があった。花をいくつか携え、目前に迫る入学式を待っているようだった。今年は開花が遅いとかいうので、雨でも降らなければ入学式の頃にはちょうど満開になっているだろうと思う。私の入学式のとき、桜はどうだったろうと思うと、あまり思い出せないのだった。どこも、曖昧だ。唯一覚えているのは大学の卒業式の日が大荒れの天気で、友達とさぼって家でずっと海外ドラマを見続けていたことだ。一番ばかげたことをしたと思っているが、とても楽しかった。

結局南の脇道を見ることもなく、私はそのままつらつらと町を歩いた。家々が増え、様変わりし、どこかけぶっている町並みは、私がいた十年とどこか違うような、けれどもどこか知っているような気がする。町並みを見て、そういえばと思い出すことは、ここに住んでいた十年のこともあるし、全然関係のない町で思ったことのようにも思える。どこにいても、思い出すものは絶え間なく私の中から湧き起こってくるのだった。疲れたな、と思い、来た道を引き返して私はこれから何年住むかわからない家へと帰ったのだった。

「どうだった?変わってた?」

帰ってすぐ、玄関先に出てきていた旦那が笑って尋ねてくる。かく言う彼も、大学進学のためにこの町を出、さらに他の町で就職して私と出会っているので、今までの人生の四分の一はここでないところで暮らしていることになるだろうに。

「変わってたかな。わかんないね」
「なんで?懐かしかったろ」
「どうかなあ。わかんないね」
「お前ってそういうとこ軽いよね」
「軽い?」
「軽いよ軽い。なんかこう、普通は何年ぶりの故郷だーっていうか……まあでも、転勤族だもんね。生まれはここだろ?」
「うん。でも、どこにいても、思い出すものは思い出って感じ……どこにいても懐かしいんじゃないかな」
「ふうん」
「あんたの方が軽いと思うけど」
「俺はめちゃくちゃ懐かしいよ」

旦那は軽々そう言ってのけるので、肩透かしを食らったようになって私は家に上がった。義母が用意してくれた新しいスリッパはまだ足に馴染まない。引っ越した先の学校の、指定する内履き用のスリッパはいつも形が違って、足を通すたびにゼロになる気がしていたが、それでも思い出は蓄積されていた。好むと好まざるとにかかわらず。父もそうだったろうか。それを寂しいと感じていたのだろうか。今度、ここではない町に住みついた父と母と弟のいる実家へ行って、聞いてみようかと思う。

義母が、お茶を入れたと私を呼んだ。

#引っ越し #小説 #短編