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湯けむり夢子はお湯の中 #5 今夜もビリーの湯 【お話】

「へえー、大したもんだ!綺麗に撮れてるじゃないか」
「あ、それ、私も気に入ってるの」

 こないだ撮ったソロウェディングフォトのアルバムとデータが届きました。
 ひとりで楽しむつもりでしたが、思いのほかいい写真ばかりだったので、誰かに見せたい気持がウズウズ…。
 かといって、会社の仲間には見せられないし、知られたくもない。友人はきっと私を気遣うだろうし、親に見せようものなら涙流しながら見合いの段取りを組むでしょう。
そんなのはイヤ!

♨️

 こんばんは、湯川夢子です。婿はいないが、私には夢と風呂がある!
 そんなこんなで…今宵は、下町のビリー・ジョエルこと幼馴染みの拓ちゃんが営む銭湯、『ビリーの湯』にお邪魔しております。

 先ほどサウナと水風呂を5ラウンドこなしてきました。締めに銭湯ご自慢のお湯を堪能し、ビリー・ジョエルの楽曲を聴きながら髪を乾かしてサッパリ。

♨️

「そうか、夢子もとうとう二度目の成人式か」
「一区切りってことでね、フォトをね」

 一区切り…これまでも私は自分の中に定めし人生のポイントポイントで、個人的みそぎを粛々と行ってきたのです。

「ん、あれれ?なんか俺、いま一気にデジャヴが…」

 ええ、ええ、そうでしょうね。過去の禊でも、私は拓ちゃんのところに報告しに来ていたのですもの。

「十一年前、30になっても嫁に行ってなかったら、私は結婚相談所へ行くと言いました」
「おお、そうそう!そんでもって、結婚詐欺に遭いそうになったんだよな!」
「そのとき、拓ちゃんは『35になっても嫁に行ってなかったら俺が貰ってやる』と私に約束したのです」

 拓ちゃんが顎をさすりながら、シンキングタイム5秒を使い、ハッと顔を上げました。

「ああ!あん時俺、音楽で一旗揚げようと単身アメリカに渡ってたんだ」
 
 と、表向きはそう見せて、アメリカ人実業家と結婚した薫子さんを追って最後の悪あがきをしたのですよ、あなたは。

「そして五年前、35になった私はやっぱり嫁に行ってなかったので、次なる禊、出雲大社さんに縁結びの願掛けをしに、ひとりサンライズ出雲に飛び乗ったのであります」
「あれはラッキーだったよな!サンライズ出雲、大人気だから、奇跡的に切符取れたっておまえ喜んでたもんな!」
「そうそう、たまたまキャンセルが出てさ~♪ああ、出雲そばも出雲ぜんざいも美味しかったなぁ」
「ほら、夢子が土産にくれた…ちくわ?」
「あご野焼ね。トビウオのすり身で作られた…」
「それそれ!あれ美味かったあ!」
「そのとき、拓ちゃんは『40になっても嫁に行ってなかったら俺が貰ってやる』と私に言いました」

 再び拓ちゃんが思案顔になり、首を捻ります。そして、ポンッと某原西さんのように手を叩きました。

「ああ!あん時は『亀の湯』騒動の真っ只中で、てんやわんやしてたんだよなぁ」

 そう。先代が体を壊したため、拓ちゃんが亀の湯を継ぐ運びとなり、まさかの亀の湯がビリーの湯へと大改造された年でした。(#2参照)

「そうかぁ…う~ん、夢子、四十になったのかぁ…」「………」
「うん!よっしゃ、俺も男だ!妹みたいに可愛がってきた夢子との約束となりゃあな」

 すると突然、中学時代の記憶が私の脳裡のうりに甦りました。

♨️

 山の手に住むお嬢様の薫子さんを、なんとか亀の湯に誘ってほしいと拓ちゃんに懇願され、渋々引き受けた私。
 薫子さん家には銭湯より大きくて綺麗なお風呂があるのよ?いくら私が誘ったからって…。でも、彼女はあっさりとOKしてくれたのです。

 薫子さんは庶民の暮らしをアトラクションのように楽しんでいました。富士山と亀が描かれた壁画に「まるで葛飾北斎ね」、頭をすっぽり覆うお釜のようなドライヤーには「アメージングだわ」と目を輝かせながら。

 そんな薫子さんを見て、私もうれしかったのです。当時から彼女に憧れ、彼女のことが大好きでしたから。

 すると、待合所で金魚の水槽を眺めながら涼んでいた私達に、拓ちゃんが声をかけてきました。
 手にはフルーツ牛乳の瓶が2つ。

「薫子、俺と結婚したら毎日楽しいぜ。フルーツ牛乳だって飲み放題だ」

 ポカンとする薫子さん。
 大胆且つストレートな愛の告白をした拓ちゃんの、瓶を持つ手は震えていました。

「お気遣いありがとう。でも、フルーツ牛乳はほどほどがいいわ。ねっ、夢子ちゃん」
「お、おう。そうか。まあ、ゆっくりしてってくれや!」

 顔を真っ赤にしながら私達にフルーツ牛乳を押しつけると、拓ちゃんは「じゃあな」と後ろ向きに手を振って退場してゆきました。

「美味しいね」
「うん」

 椅子に腰掛けて薫子さんと飲んだフルーツ牛乳。実はそのとき初めて飲んだのですが、私は「コーヒー牛乳の方が好きだな」なんて罰当たりなことをぼんやり思っていたのでした。

♨️

「んじゃ、改めて!
夢子、誕生日おめでとうさん。今度こそ、俺の嫁さんになるかい?」
「………」
「うん?」
「………。私ね」
「おうっ♪」
「私、あともう5年悪あがきしてみるわ。拓ちゃんより私のことを好きって想ってくれるひとに出会えるように、頑張ってみる」
「…そうかい、ハハッ、逃がした夢子は大きいってな」

 待合所には、ビリー・ジョエルの『My Life』が流れております。

「これは俺からの餞別せんべつ!」
「餞別?」
「次なる人生に漕ぎ出す夢子へ」

 そう言って手渡されたのは、コーヒー牛乳の瓶でした。早速、開栓してグビグビあおると、なんとも爽快な心持に。私の風呂上がりはやっぱりコレなのです!


 結構なお湯とコーヒー牛乳でごさいました。本日はこのへんで…


「でもよぅ、5年は長いんじゃねぇか?」
「えっ?」

 

♨️おしまい♨️


最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀


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