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差別とかイジメとか、自分を守るために発生するのかな? 

ちょっと前に原作が漫画の温泉映画ありました。

ふとしたきっかけで古代ローマから現代日本
湯♨️から湯♨️へ流されてくる例のアレです。

あの映画で、われわれ日本人一括りに
「平たい顔族」と、名付けられましたね!

noteにも(日本からすれば)海外出身の
クリエイターさんを時々お見かけしますが、
多くは日本人の方が記事を書いている。
そんな印象が私にはあります。

どうですか?
平たい顔に満足していますか?(笑)
目がぱっちりしていたり、鼻が高かったり、
そういう顔に憧れますか?

学生時代に交換留学で行ったアメリカで、
クラスメイトたちとの雑談の中
「顔がハッキリしてていいな」
「目が大きくて、鼻が高くて綺麗」
そんなことを話したら、彼らの返事は
「こんな大きな鼻嫌だよ」
「顔の中で鼻が1番嫌」
「日本人の顔はずっとキュートなままじゃない」
そんなことを言われ、ビックリしました。

い、言われてみれば、
あの映画で「へいへいほ〜」と歌っていた
俳優さんのお顔、
赤ちゃんみたいで可愛かったなぁ。

とは言っても、いろんな民族がもう
一っ飛びであちこちで生活している現代。
完全なる平たい顔族は
いつしか消滅してしまうかもしれないですけど。

考えてみれば同じ人間なので、
コンプレックスの一つや二つ
どんな人種にだってあると思いますが、
大昔の歴史などの印象から
私の中には
白人さんにはコンプレックスなどない。
そんな先入観があったのかもしれません。

だから「自分たちなんて全然」
「あなたたちの方がよほど羨ましい」
本心で言ったとしても驚きですけど、
自分たちを下げて相手を立てることも
出来るんだということが特に衝撃でした。
あまり深く関わる時間がなかったので、
言葉もそんなに通じるわけでもないし、
本心なのか、建前なのか、優しさなのか
見極められなかったのが心残りです。

昔の白人が、顔のことでけなされたくないからと
他人種を迫害したなど、そんな単純な話では
ないのはもちろんですが、
ある種のコンプレックスを
けなされる前に支配してやれ。
そういう概念というのが、
差別やイジメの根底にあるのかなぁ。

痛いところを突かれる前に
自分が最も恐れているもの、ことを、
悟られたくない自己防衛本能というか。

何かに恐れを感じる状況は、
人の精神を普通ではいられなくさせる。

戦争をしたり、
ロケットという名のミサイルを飛ばしたり、
トップの方が抱いている恐れって
何なんだろうなぁ?

恐れから攻撃をしてくる人もいれば、
1人になるかもしれないという恐怖から
突如強いものにすがり出す人もいて。
それも私は正直「めんどくせ」と思うのです。

恐れを抱かないなんて出来るのかな?
恐れさえ抱かなければ、
自分が誰かを攻撃したり
執拗にとりすがったりするなど
リスクもなくなるけれど。
皆、1人で恐れに立ち向かえるようになれば
攻撃も、とりすがりもなくなるのに。
(おっと、これは進次郎構文か?)

恐れを抱かないのは仙人の域……。
溜め込んだ恐れを他者に向けないために、
人は趣味を満喫したり、
自然と触れ合うことで、
浄化するわけで。

差別やイジメ、果ては戦争
自然も何もかも壊してしまったら
うまく浄化していた人々まで
恐れに包まれてしまうではないか……。


あぁ、テルマエロマエでも見て笑ってよ。



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