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オリジナル短編小説 【無限の豊かさを得る旅人 〜小さな旅人シリーズ シーズン02 第四話〜】

作:羽柴花蓮
ホームページ:https://canon-sora.blue/story/

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 スコールのような雨が降った午後、虹がでた。そんなときに天野が半泣きの女性をつれてやってきた。テラスルームに入るなりぽいっと放り込む。
「天野さん?」
「こいつ、ペットに必死で仕事にならないから面倒見てやってくれ」
 言うだけ行って出て行く。車が出たようなのでおそらく会社に戻ったのだろう。マーガレットが気を利かす。
「ペットの元にいなくて大丈夫?」
「もう、末期なんです。出来ることはしています。天に運を任せるしかないんです。でも、気が憂鬱で憂鬱で・・・。死んじゃったらどうしようって」
「犬か猫、かしら?」
 万里有が聞く。いいえ、とその女性は首を振る。
「熱帯魚なんです」
「お魚さん!?」
 亜理愛がびっくりしている。このハウスにはそのような趣味を持っている人間はいない。専門知識もない。だが、天野がここに連れてきたのにはなにか理由があるのだろう。
「私がちゃんとお世話できなかったから、水質悪化して病気になったんです。今は、藥餌というものをあげて毎日水槽のお水を換えてはいるのですが、良くなったのか悪くなったのかわからないのです。もう。何も手に着かないんです。だから、仕事で一枚の書類を百枚コピーしちゃったんです。見かねて天野さんがここに」
「やっぱり、大河と同じ会社の方?」
「はい。副社長の奥様でいらっしゃいますか? すみません。場違いなところに来てしまって。会社に戻ります」
 くるり、と向きを変えて出て行こうとする女性を亜理愛が腕を取って引き留める。
「マギー。見てあげて。何か意味があるのかもしれない」
「そうね。アリー、その方と少しお話しして。私はお茶とカードを準備してくるわ。マリーは事前リーディングしてくれる? 一姫も呼ぶわ」
「マギー、ありがとう」
「お礼を言われるようなことではないわ。さ。アリーと少しおしゃべりしていて」
「アリー?」
「私のニックネームよ。結構、気に入ってるの。どこか好きな席に座って」
「好きな、と言われても・・・」
「マギーが戻ってくればあの一番奥の席にマギーと向かい合うから。いきなりだと緊張するでしょう? 今は好きな席に座って落ち着いて」
 亜理愛の優しい声に次第に癒やされていく。傷ついた心が穏やかになってくる。不思議な屋敷だ。なんの変わった所もないのに温かみを感じる。
「あ、名乗っていませんでしたね。狩野真心と申します。奥様にはご面倒を・・・」
「奥様なんて言わないでいいのよ。アリーと気軽に呼んで」
「でも・・・」
「でももすともない。私は姫。一姫よ」
「社長の奥様。まぁ、私、なんて場違いな所に来たんでしょうか・・・」
「場違いではないわ。あなたに必要な言葉を伝えたいと天野が連れてきたのよ。ここはあなたの立派な居場所よ」
「居場所・・・」
「一時的に避難する必要があるわ。頭の中がペットで一杯なら何も出来ないもの。ここで一度、切り離して落ち着く必要があるのよ」
「切り離すなんて・・・」
 事前リーディングをあっと言う間にこなした万里有に真心は言う。
「面倒を放棄することじゃないわ。ただ、一時だけ、心の安らぐ場所が必要なのよ。私達は熱帯魚の知識はないけど、お話を聞くことはできるわ。そして、アドバイスも」
「アドバイス?」
「誰かに話を聞いてもらわないとパンクするわ。もうやってるようだけど。何時までも失敗するわけには行かないでしょ?」
「はい」
 万里有の的確な指摘に真心の表情が曇る。
「マリー、あんまりきつく言ってあげないで。心細いのよ。一人でお世話してるんだもの。寄り添ってあげるのが一番だわ」
「どうやら。アリーの方がよく解ってるわね。私は、補佐の席に座ってるからアリーとお話しするといいわ」
「すみません」
「大丈夫よ。適材適所だから。そんな事ですねないわよ」
「はぁ・・・」
 万里有はさっさと自分の定位置についてカードを一枚裏向けておく。それからまたデカフェの飲み物を飲み始める。流石にキンキンに冷やした飲み物ではないらしい。息を吹いてさましている。
「さぁ、心落ちつかせるハーブティーなんかがいいわね。と。マギー。流石、ラベンダーティー持ってきてくれたのね」
「気持ちを落ち着かせるためにはこれが一番よ。さぁ、どうぞ、気を落ち着かせて」
「ありがとうございます」
 カップを受け取ると両手で持って飲み始める。そんな真心を見ながら周りを見る亜理愛である。
「もう少しだけ、リーディング待ってもらってもいい?」
「ええ。もちろんよ。可愛い子が病気になるなんて気がおかしくなりそうだもの」
「そうね。私の双子も生れればそういう心配があるのね」
 万里有がしみじみという。そして先ほどとは程遠い、柔らかな笑みを向ける。
「取って食おうっていうんじゃないから、ゆっくりね」
「ありがとうございます」
 かすかに微笑みが浮かぶ。痛々しいが。

 いくらか時間が経って所でマギーが真心を呼ぶ。
「落ち着いたかしら? そろそろあなたと魚さんを結ぶリーディングを始めるわ」
「私とあの子を結ぶ?」
「今回のメッセージは何かそんな感じがするの。とても真心さんに大事なメッセージがある様な気がするの。こっちに座って」
 言われるままに目の前に座るとマーガレットはカードをシャッフルし出す。
「これは人生を旅に置き換えたカード。聖なる旅人があなたを導くわ。マリーは聖なる森のカード。この二つであなたの背中を後押しできるわ。さぁ。カードに触れずに選んで。気になったカードを。時間はゆっくりでもいいし直感でもいいわ」
「じゃぁ、これ」
 何回か手をさ迷わせたかと思うと一枚のカードの上で手が止まった。
「このカードね?」
「はい」
 マーガレットが表を向ける。
「『Infinite abundance』、『無限の豊かさ』、メッセージは『豊かさが流れてきます』よ。お魚さんが危ないときなのになぜ、こんなカードがと思うでしょう? 旅人は確かに豊かな財宝を内面的にも外面的にも受け取れるけど、そのほかにも全てを惜しみなく与えると何倍にもなって返ってくるとも言っているわ。お魚さんの世話を続けて。もし万が一があっても、それはマリーが読むカードにあると思うけど、内面的にももうあなたはお魚さんとつながっている。例え亡くなっても思い出はあるでしょう? 今、精一杯お世話してあげて。きっとお魚さんも頑張るわ」
 真心はもう涙をこらえるので必死だ。これほど愛を注いでいるのだからその魚は幸せだ。皆、そう思っていた。マーガレットが万里有を見る。万里有がカードを表向ける。
「『Standing Stones』、『スタンディングストーン』、のカードよ。ストーンヘンジは知ってるでしょう? そんな柱に入ろうとする真っ赤なドレスをきた女性が描かれているわ。これはもうすぐ、魂の旅が始まるともいうけど。これは物質的な旅かもしれないわ。これからお魚さんの思い出や今、頑張ってお世話している事から次のステップアップしていくという意味よ。この先はどうなるか、私もしらない。でもきっと何かのタイミングであなたはステップアップする。行くべき所に導かれていくわ。安心してお魚さんのお世話を続けて。もしかすると奇跡が起こるかもしれない。そんなジャンプカードも出ているの。でも、奇跡がこんな風に起きるようにとは考えてはいけないの。すべて天に任せて、自分の出来ることをすればいいわ。きっとお魚さんも愛情を返してくれるわ」
「ありがとうございます。心が救われました。いつも自分を責めてばかりいました。どうしてもっとちゃんとお世話出来なかったんだろう、と。もっと早く気づけばよかったのに、と」
 悲しみの涙がぼろぼろこぼれる。ペットを飼った覚えはないが。その気持ちのつらさは通じた。亜理愛が近づいて後ろから抱きつく。
「お魚さんも幸せよ。こんなに思ってくれる飼い主さんいないもの」
 その言葉を皮切りにどっと涙があふれる。
「すみません。涙が止まらなくて」
 しゃくり上げながら真心は泣く。
「今日は直帰なの?」
 万里有が聞く。
「いえ、天野さんがいきなり連れ出したのでまた、会社に戻るかと」
「リーディングは終わったかー」
「ちょっと、デリカシーのない入り方しないでよ」
 一姫が天野にかみつく。
「仕事がたまってるんだよ。真心、会社に戻るぞ。有能な経理がいないと追っつかん」
「今、呼び捨てにした?」
 万里有の言葉にメンバーは顔を見合わす。
「もしかして、天野さんのいい人?」
「な、わけねーだろ。兄妹で入ってきているからややこしいんだよ」
「それだけー?」
 詮索好きな一姫が言う。
「それだけ! 帰るぞ」
「あ。はい!」
 立ち上がった拍子にテーブルにあたりハーブティーが服にかかる。
「ありゃりゃ。これは洗濯しないとね」
 万里有が、にやり、と笑う。
「ということで有能な経理はこちらで預かるわ」
 社長夫人の一姫が言う。
「真心、明日は二倍の仕事が待っていると思え」
 そう言って去って行く。
「あの天野があっさりと引き下がった」
 皆でいろいろな事を言い合う。頭の上で飛び交っている言葉に不思議な思いで聞いている真心である。
「天野さんってここではどんな方なんですか?」
「ゴーイング・マイウエイ」
「天上天下唯我独尊」
「ナルシスト」
 三者ともひどい言いようである。マーガレットは入っていない。
「なーんにも手伝わないんだから」
 一姫が言う。
「でも、これ内緒ね。家出するかもしれないから」
 亜理愛の言葉に真心は飛び上がりそうになる。
「家出って・・・!」
「天野さんにも言えない悩みがあるのよ。バレてるけど」
「バレてたら悩みじゃないような・・・」
「誰も答えを与えていないから本人はしられていないと、思ってるはずよ。でも、顔に出るんだもの。バレバレよ」
 万里有がバサッと切り落とす。爽快な気分になる。
「天野さん、優秀な人ですけど、人使い荒いんです。武藤さんの方には頭が上がらないみたいですけど・・・」
「これにもいろいろあってねぇ。懐かしいわね」
 そんな大して昔でもないのに、万里有が回顧する。
「おーい。帰ってこいよー」
「あら、征希、仕事は?」
 万里有の意識を引き戻した征希が立っている。
「経理がいないから後は他の奴らに任せて帰ってきた。真心ちゃん、早く戻ってきて~」
「明日からちゃんとおつとめさせて頂きます。ここのお屋敷の方によくして頂いてすっきりしました。どんな結果が待っていようと、あの子との思い出は消えるわけじゃないって解りましたから」
「あの子? 娘さんでもいるの?」
「な、わけないでしょうが。おうちで我が子とのスキンシップよ」
「いてて。マリー、暴力はんたーい」
 征希が耳を引っ張られながら万里有共に退場する。
「ジェラシーね」
 面白そうに一姫が言う。
「マリーも焼き餅妬くのねー。と、大河、気配消して立たないでよ」
「流れはわかっているな?」
「はいはい。マギー、真心ちゃんよろしく」
「任せて。さぁ。真心さん、魚さんのお話もっと聞かせて」
「あ。はい」
 二人は飲みのものを片手に話し始めた。

 夏の虹が連れてきた優しい旅人。これから無限の豊かさを得るだろう。愛情を注ぐだけその分を。

 あなたの道を後押しします。

 今日もその言葉は違わなかった。


【Fin.】

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