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世界はここにある㊳  第三部 

 米国ホワイトハウスは日本での異常事態の分析を急いでいたが、米本土の安全体制への影響があることを知ったのは、日本での防衛システムの『消滅』より1時間も後だった。米国国防総省の国防情報システム局が全土の防衛システムネットワークおよび通信、偵察衛星の監視システムが完全にハックされ、すでに何者かの制御下にあることが明らかになった。

「状況を説明して」
 クリス大統領は国防長官に説明を求める。
「現在わが軍のシステムは見かけ上、正常に機能しています。しかしこれは我々がオペレートしているのではありません。何者かが我々の代わりに運用していると言ったほうがよろしいでしょう」

「代わり? 代わりに誰かがアメリカを守っているというの?」
「それはこの瞬間にも失われる可能性もあります」
 国防長官は次の大統領の言葉を訊く前に続けた。
「大統領、落ち着いてお聞きください。現状、アメリカは守られている。しかしこの瞬間に中国がICBMを撃ったとして、我々にはそのミサイルは見えても撃ち落とすことができない。我々の手で…… 逆に我々は対抗手段として敵にむけて一発のミサイルも撃つこともできないのです」

「マニュアルのオペレートという方法はないの? システムをリブートするとか、回復はできないの?!」
 クリス大統領は蒼ざめた表情のまま言葉を吐き散らかした。
「ミサイルを撃っても誘導ができない、解析ができない。大体の見当でどこへ行くか分からない飛翔体を空へばらまくようなものです。その中には本土に落ちるものもあるかもしれない…… 自殺行為です。我々は第二次大戦以前の戦争しかできないのが現状とみるべきだと……」

 クリス大統領はブロンドの髪をくしゃくしゃにして執務室のソファーに座り込んだ。
「復旧のめどは」
「システムを一度すべてダウンさせてみないとわかりません。部分的に可能としても、今、操っているものが何をしてくるかわかりません。正直バックドアさえみつけられていない。こんなことができるのは敵国の技術でも現状のレベルでは無理だと。我々の技術は世界一です。これは間違いない筈だった。しかし原因はわからないがそれを超えるものがいた。認めるしかない」
「システムを切る? その間に……」
「その間に何かが起これば…… 核が使われれば……」
 国防長官も言葉を続けることができなかった。
「敵国にこの状況を悟られる可能性は」
「衛星の動きを追えば通常の状態か何かトラブルが起こっているのかはいずれ分析されます。情報の流出の可能性もまったくゼロとは言えません」
「日本での状況はすでにおかしなことが起こったことをロシア、中国は掴んでいる筈よ」
「今回のことは日本のシステムの問題だとすでに回答してます。ただし、本当に中国が動けば我々も動かねばなりません。その時は我々は海や空では戦えない。飛び道具も使えない地獄が待っている」

「とにかく分析を急ぎなさい。暫く一人にしてくれる?」
 クリス大統領は国防長官を下がらせ、両手で顔を覆った。
 今まで多くの苦難を乗り越えてきた。そして初の女性米大統領になった。決してムーブメントだけでこの座を掴んだのではない。確固たる信念と政治家として、世界のリーダーたる実力を持って勝ちとった椅子であると自負している。しかしこの国はもはや自分の手の中にはないのか。

 彼女は執務机の引き出しからスマートフォンを取り出した。

「クリス大統領、問題のようだね」
「ジェームス…… これはあなたの仕業ではないわよね」
「どうやら昨日のワインがまだ残っているようだよ、クリス。私に随分なものの言いようだな」
「アメリカをただのハンバーガーとコーラの国にしたいの?」
「不健康な人間が増えるのは困るな…… もう少し自分の国に誇りを持ちたまえ。どうも今回は我々も予想外の展開でね」
「あなたが可愛がってた子猫が急に虎になったのよ。まだ悪ふざけができる歳かもしれないけれど、それにしてはおもちゃも高価すぎるわ」
 クリスは電話の相手がフフと笑ったことが不快だった。
「戦争を始めさせるつもり?」
「戦争…… また儲けさせてくれるのか? 君の支持率は高い。いいかもしれんな」
「ふざけないで!」
 クリスは我慢できずに声を張る。
「米国を巻き込むことは許さない。日本のラインが多少変化は在ってもタイペイは渡せない。日本の消耗はパワーバランスを大きく崩すことにもなる。太平洋はこちらの庭。あなた方ロセリストも日本は必要でしょう」

「それはもっともだ。ただ、日本人はとても強い民族だ、昔からね。今一度国土が荒廃しても必ず復活するだろう。中国を十分消耗させてくれればロシアに話をもちかけ中国を分割する手はある。そして我々はまた強大になる」
 チャールズ・D・ロセリストはそう言った。

「次のヒスマンの当主はどういうかしら。フランツ・シュナイターは」
「フランツには悪いが彼の息子の代でヒスマンの血は終わる。例のフラクタルの遺伝子は我々ロセリスト家で栄えるべきだ。最も重要な血は我々だ」
「ロシアや中国は黙ってないわ。タカヤマは今もロシアの手にあるのでしょう」
「タカヤマはいずれ消える。フラクタル3.0はもうすでに実用化して我々がそのすべてを握っているではないか。ロシア、中国、インド…… どこにも真似は出来ん、中国が失敗してウィルスを拡散させたのがいい例だ。これで我々は実験結果も得て、ワクチンでも巨大な利益と免疫と言う名の兵器も手に入れた。あとは子供達が育つ10年20年先の世界をゆっくりと待てばいい」

「そううまくいくかしら」
 クリスは恐れていた。
「あのナオという少女。あれはタカヤマが育て、あなたが後継者にと一時は選んでいた子よ。真意はわからないけれど、今、あなたや私達に敵対しようとしてる。あなたが書いたシナリオならば私は安心して今夜ベッドで休むわ。けどそうでないなら、あなたも今夜は眠れなくなるはずよ」

 チャールズは咳払いをしたあとに口調を変えてクリスに言った。
「『ダヴァース』をロセリストの庇護から外す。今後支援はしない。君らはテロリストとして対応すればいい。誰かが利用するか彼女らがどこかへ身を寄せる前に叩け。すでにイスラムでは不穏な動きもあるようだ。そうなるとシナリオ通りに事は進まなくなる」
 
 すでにシナリオは崩れている。クリスはそう感じていた。世界最強の米軍をすでに無力化している彼女。少女に世界は変えられようとしているのだ。クリスはチャールズ・D・ロセリストの電話を切り、補佐官を呼んだ。

「国防長官を呼んで頂戴。日本での特殊作戦を5時間以内に計画させるのよ」


 ㊴へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

モーツァルト《レクイエム》「怒りの日」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘
世界はここにある㉙
世界はここにある㉚


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