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ケケケのトシロー 12 

トシローを痛めつけたカズと呼ばれる兄ちゃんとその兄貴分たちを、キダローはケープと術を使い懲らしめた。しかしカズの兄貴分のササキはキダローの術によりゴキブリに変えられ、無残に踏みつぶされる。それを見たトシローはキダローに命を奪ってはならないと進言し、同じようにゴキブリに変えられようとしていたカズの助命嘆願をし、彼の命を救う。

前回までのあらすじ


(本文約3780文字)

「あんたー! 来てはるでー」
 真由美の呼ぶ声に俺はキーボードに『ああああああ』と入力した。
 またか、また来たか。今日も来たか。

 あの日からカズ(本名は笹川和弘ささがわかずひろというらしい)は毎日のように家を訪ねてくる。あの日、つまりキダローが天誅をくだすところを俺が助命嘆願してからだ。

「おやっさん、おはようさんです。今日は休みでっしゃろでしょう??」
 カズはグレーのジャージの上下に薄手のピンクのダウンのいで立ちで玄関で挨拶をしてくれる。なんとセンスのいい恰好なのか。変に愛想のいい口調は、テレビや映画でよく出てくる反社系の下っ端みたいだし、とてもまともな来客とご近所は受け取ってくれないだろう。
「ああ、カズ君、おはようさん。そうやけど、何の用事?」
「おやっさん、今日こそは修行に行かれるんでしょ? お供しまっせ」
「ちょっと、大きな声でそんなこと……」
「あ、まずいでっか? いや、わしは、その」
 
 キダローがカズの命を助けたあと、カズは記憶を取られていない。つまり一部始終をカズは覚えている。勿論、助けられたということはわかっているのだろうが、どうやら彼は、キダローの不思議な力の方に興味を持ったようだ。早い話が自分もそんな技を使えたならと思っている。下心は見え見えだ。キダローが俺に『修行が必要だ』と漏らした事もしっかり聞いていたようで、それであの日から俺をやたらと修行に入らせようとする。ちゃっかり自分もあのケープを使えたならと思っているに違いない。

「あんた、どっか行くの? カズ君と? なによ? 修行とか言うてたけど、なんやの修行って?」
 ほれ見てみぃ。真由美はちゃんと聞いてるやんか。

「いや、あのな…… ほれ、修行ちゅうのは、今、書いてる小説のネタで修験道のことがあるんやけどな、あれ、ほんまに、実際に行ってみいひんかって、カズ君は言うてるねん。な?」
 俺もあれから色々調べているのは事実だ。キダローが唱えていた呪文みたいなやつとか、今、流行のアニメでも呪術はクローズアップされている。それらの周辺知識を集めていた。

「あ、姐さん それ、そうですねん」
 おい、真由美を姐さんと呼ぶなよ。ますますそれっぽくなるやんか。真由美は怒ったら岩下志麻※₁より姐さんらしいかもしれんのに…… ま、あんなに艶っぽくはないか。ケケケ。

「何が、可笑しいねん……」
 我が家の岩下志麻が片りんを見せようとしている。これはいかん。

「いや、あの、修行なんて、俺には似合わんな~と自分で思ってしまってな。ほれ、なんというか、自嘲的笑いちゅうやつよ ケケケケケケケ……」
「気色悪い笑い方しなさんな!!」
「はい!すんません。あ、そうや、図書館行こうと思ってたんや、カズ君、一緒に行くか」
 俺はその場を離れたい一心で、伝家の宝刀の図書館を抜いた。

「えー、図書館でっか…… わし、字、読むのはちょっと……」
「ええから、行こ。真由美、ほな、ちょっと出かけるわ」
「おやっさん、あれ、持っていかな」
「あれって?」
「ほれ、あれ、あの、びろ~ってなるやつ」
 また、いらんことを…… ケープのことかい! あれは真由美にはまだ内緒にしてるのに、ほんまに要らんことんばっかり。

「なんやの『びろ~』って、何持っていくの」
 ほら見てみ、ウチの姐さんがろくろ首を伸ばし始めてるやないか。カズ君よ、お前もな、一回、真由美に横目で睨まれてみたらええねん。

「あほやな、君は、びろ~って、『鼻漏』『びろう』というんや。あれやろ? 君は花粉症やからな。わかってる。ティシュとマスクやな。持ってきたるから待っとれ」

 俺は映画の真田広之※₂かと思うくらい素早く真由美のややふくよかな体をかわして自分の部屋に戻り、バッグにケープを隠し入れ、そして上から鼻セレブを箱ごと入れ、50枚350円の使い捨てマスクを2枚とり、玄関に戻った。
「ほれ、マスクつけて。ほな、行ってきます」
「姐さんすんまへん。行ってまいります」
 要らん事言うな。

「はよ、帰ってきいや、この前みたいに遅くならんとってよ」
「はーい」
 俺はカズの背中を押しながら玄関を飛び出しマンションのエレベーターを目指す。案の定、お隣の北島さんの奥さんが玄関ドアを少し開け様子を伺っていた。俺の顔を見て無言で口角をあげる。俺は『どうも~』と愛想笑いを振りまき、カズと電車ごっこのようにしてエレベーターへ急いだ。

「君なあ、ほんま、ウチに来て要らんことをベラベラしゃべるなよ」
 俺はエレベーターの籠の中、カズに意見する。
「え、いらんことですか…… 別になんも」
「自覚ないのは余計にあかんで、あのな、真由美はなんも知らんねん。君のことも単なる知り合いやと思てるし、もちろんキダローはんの事は知らんし、ケープのことも知らん。あのケープの不思議な力のことは尚更や」
「言ったらよろしいやん」
 カズはあっさりと簡潔に言う。はあ? こいつは全く俺らが置かれている立場の重大性に気付いていない。

「あのな、お前、あれを見たやろ。お前の兄貴分、ゴキにされてぺちゃんこになったんやぞ。言わば殺人やぞ」
 俺は籠の中で他に誰も聞いていないのに小声でカズに言う。
「いや、あれは虫を踏んだだけですやん」
「踏んだのはゴキやけど、元は人間やぞ」
「いや、でも、ぺちゃんこはゴキでっせ、そりゃ、警察が調べてもゴキでっせ」
 そりゃそうだ。いや、違うがな。
「ぺちゃんこはゴキやけど、そのゴキの前身は兄貴やったやろ、君の」
「そうですけど、ゴキに変わった時点で兄貴とは違いまっせ、わし、ゴキの兄貴なんかおりませんもん」
「君はそんな割り切れるの」
「いや、ゴキやし」
「ほな、俺が止めてなかったらお前もゴキにされてて、それでぺちゃんこにされてても君はゴキとして割り切れたんやな?」
「それはあきまへん! わしはわしやから、ゴキとちゃうし」
 なんちゅう自己中心的生物論やねん!

「とにかくな、ウチに来て、ゴキの話は…… ちゃう! あの日に関連する話は厳禁やからな! じゃないとウチには出入り禁止!」
「へぇ、わかりました」
 カズは軽い返事を返す。 こいつ、ほんまにわかってるんか? いや、絶対に分かってないやろな。

 マンションのエントランスを出て、何か視線を感じて後ろを振り向きマンションを見上げた。俺の階の共用廊下から北島さんの奥さんがこっちを見下ろしているのが見えた。表情までは分からないが、多分、ニタニタ笑っているのだろう。小さく手を振ってくれた。俺は遠慮がちに手をあげる。カズはそれを見て大きく諸手をあげにこやかに振りやがった。 だから要らん事はするなというのに。

 図書館は駅前にある。大した蔵書数ではないが、市の中央図書館のデータも見れるので取り寄せてもらう事もできる。少ないが自習スペースもあるのでパソコンを持ち込んで調べものをしながらの執筆に利用することがある。

「おやっさん、ほんまに図書館に行くんでっか? わし、本読む趣味はないんですけど」
「いや、まあ、別に今日は行かんでもええねんけどな、兎に角、家を脱出せんとあかんかったから」
「そんなに、家に居りにくいんでっか?」
「あほ、お前のせいやろが」 こいつ、本当にゴキにするべきだったか……
そう頭をよぎるがなんだか可笑しくなり、俺は少し笑った。
「何が可笑しいんでっか?」
「君が可笑しいんや」俺はケケケではなく、クククと笑った。
「そうでっか。カカカ」カズも笑う。
 
 いつもの川べりを二人で歩きながら、俺たちは笑いあっている。ついこの間、カズにボコボコにされて泣いていた俺と狂気を見せていた彼と。

「おやっさん……」
「何?」
「こんなこと、言っていいのかわからんですけど……」
「何?」
「わし、おやっさんに感謝してます」
「なんやねん、いきなり、えらい殊勝やなあ」
そやからだから、おやっさんに一生ついていきます」
「え、それは、ちょっと迷惑かも……」
「え、何で?」
「いや、気持ちは嬉しいねんけどな、君も真面目になってな、奥さんや子供さんもいてはるやろ。家族の為に頑張らなあかんねん。そやから、俺に一生ついてくるとかはやめとき」
 カズは俺にはじめて見せる思案顔で暫く押し黙った。その表情には少し怯えも感じた。

「どないした?」
「わし、おやっさんらに見放されたら……」
「いや、誰も見放すとは言ってないで」
「おやっさん!」
 カズは100%怯えの表情を見せる。キダローのケープをかけられたときの表情と同じだった。

「サトーの兄貴が…… ササキの兄貴の行方を捜してますねん。金持ったままどこ行ったって。俺にも連絡があったらすぐに教えろって」
 そういうことになるだろうとは思っていた。急に一人の人間が消えたのだから。

「そんなん、知らんと言わなしゃーないやろ。それよりも君はもうそんな奴らとの付き合いをやめなあかんで。『僕はもう真面目に仕事していくんで付き合う暇ないです』とか言わな」
「そんなこと通用する相手ちゃいます」
「いざとなったら警察に……」
「それこそヤラれますわ」
「そんなヤバい相手なんか? サトーいうのは」
「サトーの兄貴は 権藤会の若頭補佐でっせ。ホンマもんのヤーさんでっせ」

 おいおい、聞いてないよ~。ウチの岩下志麻でも無理やんか……



13へ続く


注 あくまでもこの作品はフィクションです。(わかっとるわ)

※₁ 岩下志麻さん

※₂ 真田広之さん



エンディング曲

NakamuraEmi 「大人の言うことを聞け」



ケケケのトシロー 1  ケケケのトシロー11
ケケケのトシロー 2
ケケケのトシロー 3
ケケケのトシロー 4
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ケケケのトシロー 6
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9
ケケケのトシロー  10


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