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世界はここにある53  第三部

 彼女の強い決意を聞いていた。ただ聞いているだけだった。僕は何をすべきなのか。僕にできる事があるのだろうか? 

「キャロルさん?」ナオが彼女の様子を見て声を掛ける。キャロルも眩しそうに眼を薄く開けたあと、何かを探すように視線をさまよわせていた。
「キャロル、わかるかい? 僕だ、英人だよ」
 彼女は僕の声に反応して頭をゆっくりと動かした。そして僕のことが分かったのか少し口元を緩ませた。

「よかった。キャロル、僕は大丈夫だよ、君のおかげで助かった。もっともその後は彼女に助けてもらったわけだけど」
 ナオは計器の値を見てから「もう大丈夫ですよ」と彼女に声をかける。
「thank you」彼女はナオに小さく言った。

「彼を連れていかないと」キャロルはそう言って起き上がろうとする。僕は思わず彼女を制した。
「ダメだよ、今、君は動ける身体じゃない。それに僕は家には帰らないし、米軍基地にも戻らない」
 キャロルは僕の言葉を理解できないという表情をした。そして『それはその子の為?』と訊いた。

「ああ、そして僕の為でもある」
 キャロルは出そうとした力が一気に抜け落ちたようにベットに身体を沈めた。そして『分かった、あなたの意思を尊重するわ。私は命令違反で懲罰委員会にかけられる破目になるけれど』と言ってほほ笑んだ。

「ごめんよ、キャロル。君には感謝している。僕で役にたつことは、この事が解決したらなんでもするよ。約束する」
「いいのよ、あなたを基地から連れ出した時に私も覚悟を持って臨んだことだから」
「覚悟?」」
「ええ。本来ならベース内であなたを保護する。だけどタカヤマさん。私は独断であなたを外へ連れ出した。何かに誘われるようでもあり、使命のような感じもした。そうすべきだと咄嗟に判断したのよ」
「あなたの判断は正しかった」
 ナオは真剣なまなざしでキャロルを見つめる。
「申し訳ないけれど、米軍はヒデトさんを利益の為に確保したい本国の命令に従っているだけ。そしてその後ろにはロセリストがいる」

「あなたは何者なの? なぜそんなことを言うの?」
 キャロルは自分の国を堂々と否定するナオに困惑し疑問をぶつけた。
「キャロル、彼女がナオだ。僕の父が作ったクローンの女性、そして……」
「今回のテロ事件の首謀者」
 ナオは自分でそう言い放った。キャロルは驚き僕の顔とナオを交互に見て『信じられない』と呟いた。
「テロ犯がカモフラージュの為にAIモデルを動画で喋らせていると軍の中では報告されていたけど…… 本人に会った軍関係者は私が最初ね」

「もう一つの質問はこれからあなたの前でその答えを明らかにする。ヒデトさん、あなたにも見ていて欲しいの。これが世界の実態なんだって」
「分かった。 ナオ、僕は僕の眼で世界を知る。本当の姿を」

 そして僕はナオとキャロルのベットをコントロールルームへ移動する。多くの設備があり子供達が中心となって作業をしていた部屋だ。今は大人が二名、何かしらの準備をしているようだった。

「日本政府に回線をつないでください」
 ナオの命令でカメラがオンになった。


☆☆☆☆☆

 
 雨は一時、その勢いを強めたが次第に弱くなり1時間ほどであがった。雲の間から薄日が差し濡れたアスファルトを所々、光らせる。

 阿南総理はモニターの前でその時をずっと待っていた。ナオが米国へ直接ネットワークをつなぐと言って連絡を絶ってしばらくたつ。すでに主な主要施設には警備体制が整ったと報告がされていた。しかし自分達が対する相手は誰になるのか。ダヴァースかそれとも他の敵対する勢力なのか。これから起こり得る事態の分析を急ぐよう官房長と警察庁長官、統合幕僚長に命じた。多方面にわたる情報の分析を完璧にするのは不可能に近いが、最悪の事態はなんとしても回避しなければならない。

「その後米国や他からのメッセージは何か入っていないのか」
「いえ、政府あてには何も。マスコミからの政府への情報公開を求める声は殺到しておりますが」
 
 秘書官は阿南にそう言い、すぐにまた別の電話に対応している。阿南が一番気になっていたのは米国と中国の動きだった。米国にダヴァースが連絡をとれば日本の考えをどう解釈するか? ナオがいっていた中国の動きは? 
どちらも日本の安全保障に重大な影響を及ぼすことは明白であった。それだけに相手の動きを逐一つかんでおく必要がある。

 田村官房長が阿南に声を掛けたのはそんなことを考えていた矢先のことである。
「総理! 今、気になる情報が……」
「なんだ? 米国か、中国か?」
「いえ、国内です。警察庁から報告がありまして、横浜の近郊で銃撃事件が発生したようなのですが、そこで外国人の死亡が確認されています」
「外国人? どこの国の人間だ?」
「身元不明です。 入管のデータベースで照合を急いでいますが今のところわかっていません」
「今回のことと関係がありそうなのか」
「それもまだ不明です。ただ、この銃撃事件では一方の人間しか被害者がいないのです。相手と思われる方の車は大破して現場に放置されていましたが乗っていた人物は消えています」
「車を置き去りにして逃げたという事ではないのか」
「そうとは思いますが、かなりの怪我をしていると推定されます。おそらくは助けが入ったのではと」
「その逃げた人物の痕跡はなにかあったのか」
「大破した車は米軍の車両でした」
「なんだと?」
「ダヴァースと米軍が交戦した可能性もあります」
「もしそうならば、相当厄介なことになるな」
 
 阿南は暫く考えたのちに情報の収集と分析を田村に命じた。ナオから連絡があれば先にこのことを確認する必要がある。米国や他国からこのことをテロ事件として取り上げられると日本の取るべき対応が限定的になる可能性がある。

 田村がすぐに戻ってくる。何か進展があったのか? 阿南は田村が口を開く前に訊いた。
「何か追加情報があったのか?」
 田村はいえいえと手を振りながら『別件です』と言った。

「警察から総理の耳に入れてくださいと…… 東京23区全域で子供が集まりだしているとの情報があるようです」
「無用な外出は控えろとすでに言っている。警察に巡回させて家に戻せばいいだろう。全く若い連中は何を考えて……」
「総理、新宿や渋谷に集まるような若者ではありません。中学生、高校生を一部含んでいますが大多数は小学生以下の子供らしいです」
「なんだ? 親はなにをしている?」
「親もその子供達の後ろをついてきているようで、その数が……」
「どれくらいだ100か200か」
「現状で5万人以上、その数は増え続けているとの情報です」
 阿南は呆然とする。これはナオが言っていたコントロールなのか。それにしても何が目的だ……

「集合しているのはなんの為だ、わかっているのか」
「警察庁からの報告では『世界はここにある』と叫びながら集まっているようで、デモ行進を」

「いったいどこを目指している」
「おそらく…… ここ、首相官邸だと」


 ☆☆☆☆☆

「フォックスよりキングベアー」
「キングベア―」
「予定位置に着く。周辺に人影はない。5分後に突入する」
「フォックス、そこには米軍人がいる可能性がある。キャロル・ハワード上級曹長だ。彼女の確保も必要だが最優先事項は計画の通り」
「了解。キングベア―」

「よし、配置に着くぞ、俺の合図で突入する」
 米特殊部隊フォックスチームの精鋭15名は完全武装でダヴァースのアジトを包囲していた。
「計画に変更はない。ただし、米海兵隊が一名、キャロル・ハワードが人質になっている可能性がある。彼女は無傷で連れて帰る。いいな」
「アルファ了解」
「ベータ了解」

「GO!」

 フォックスチームは倉庫の扉を開け、二方向から侵入した。倉庫内には人の気配はない。
「くまなく調べろ」
 チームリーダーの命令を受け隊員たちは散らばり痕跡を探すがやはり人の気配はない。
「床に大型のハッチがあります。地下にアジトがあるのでは」
 無線でリーダーに一報が入った。チームの全員が集まり警戒をしながらハッチの操作盤を探す。

「これでは?」隊員の一人が大型の制御用キュービックを見つけた。
「良し、スイッチを入れろ、油断するな、ベータはここで退路を確保、アルファ、ハッチが開いたら侵入しろ」
 スイッチをいれるとハッチが下に開く。可動を知らせるブザーと点滅灯が回りだした。油圧によるハッチはゆっくりと開くと、下からスロープがせり出してくる。大型車でも十分に通過できるほどの巨大なスロープがせり上がり倉庫の1/3程度はそのスロープの為に開放された感がある。これは相当な地下の広さになるはずだとチームリーダーは理解した。

「よし、アルファ行け」
 6名のチームがまず、スロープを降りた。リーダーが予想した通り巨大な地下空間がそこにはあった。恐らくは上の倉庫建屋の敷地以上の空間を有するアジトだ。
「広すぎる、探索ドローンを先に飛ばせ。赤外線探査装置をオンにしろ」
 ドローンは端末にカメラ映像と3Dの立体地図を作製しながら飛んでいく。赤外線で生体の反応も検知していく。 
 
 端末のカメラ映像に人影が写る。そしてその瞬間、発砲音が響き、映像が途絶えた。
「敵だ、制圧しろ」アルファチームはドローンの消えた地域へ迎撃態勢をとりながら近づく。
激しい銃撃音が地下ベースに響き始めた。
「敵の姿は見えませんが激しい銃撃を受けています。動けません」
「ガス弾を使え、防御マスクをセット」
 破裂音と共にガスが充満していく、廊下奥からの銃撃が止んだ。
「GO!GO!」チームがなだれ込むようにして突入していく。
それっきり銃撃音が止んだ。
「アルファ、状況を」
 無線の応答がない。
「アルファ、状況を知らせろ」
 チームリーダーは異変を感じる。何かがあった。しかし銃撃音は聞こえない。敵と交戦をしているわけではない筈だ。

「よし、我々もいくぞ、全員、防護マスクを着用。暗視スコープを使え。アルファチームがいる、味方を撃つな、注意するんだ」
 リーダーと残りのチーム全員が地下へ降りた。アルファチームが交戦した場所まで用心深く進む。
「アルファ、応答しろ」 返答はない。
「アルファ……」無線が急に切れた。それぞれの無線が使えない。
 くそ、無線を妨害されたか。リーダーは目視で味方を確認しつつ、それぞれ隊員に手で合図を送った。

 廊下の角を曲がると扉が開いている部屋がある。ミラーを伸ばし、先に付けた暗視スコープの映像で室内を覗いた。アルファチームが全員倒れている。『くそったれ!』
 リーダーは指を3.2.1と数え、二人を部屋に飛び込ませた。
「クリア」と声が聞こえ、残りの全員が飛び込む。
「アルファチームを救出しろ、生きているか?」
「アルファ? どこです?」
「何を言っている、床に全員倒れているだろう」
 リーダーは広い室内の床を見渡す。さっきスコープで見た隊員たちの姿がない。しまった、嵌められたと思う間もなく、開口部を鉄製のシャッターが勢いよく全て閉めきった。
「やられた、閉じ込められたか……」
 リーダーは鉄の分厚いシャッターを自動小銃の台座で叩いた。

 ナオはその様子をモニターで見ていた。すでにアルファチームも別の部屋に閉じ込めた。逃れたものはいない。一帯は完全に無線を封鎖し外部との連絡もつかない。しかし報告が無ければ次の部隊がすぐにやってくるだろう。

「ネットワークのハブを移します。ここから移動しましょう」
 ナオは言った。
「どこへ行くんだ」
 僕は彼女の後ろをついていきながら訊いた。

「最後の闘いの準備をします。そのために私達の仲間を集めています」



 54へ続く 



★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Les Misérables | Do You Hear the People Sing?



世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘    世界はここにある㊳
世界はここにある㉙    世界はここにある㊴
世界はここにある㉚    世界はここにある㊵

世界はここにある㊶    世界はここにある51
世界はここにある㊷    世界はここにある52
世界はここにある㊸
世界はここにある㊹
世界はここにある㊺
世界はここにある㊻
世界はここにある㊼
世界はここにある㊽
世界はここにある㊾
世界はここにある㊿


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