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世界はここにある56  完結篇(下1)

 アラートにより着陸が遅れたものの、サツキと父が乗る機は無事にビジネスジェットの専用ターミナルに到着した。ベラギー王室が手配し、王室関係者の身分を持った二人は保安検査にも問題なく入国が認められたようだ。
 僕は専用の待合室の扉が開くのを待っていた。サツキと、そして父とも数年ぶりに直接顔を合わす。彼女とどんな態度で再会すればいいのか? どんな言葉をかければいいのか? 長い間持ち続けた感情を整理するにはあまりに多くの事実が一度に押し寄せ、そのスペースさえ心に作ることができていない。

 父についてもそれは同じだ。幼いころから持っていた尊敬は一瞬にして憎しみに変わった。半面、理解をしようとする自分がいる事にも気付いている。サツキを助けてくれた父とナオを生み出してしまった父。すべてはそこから始まりそれぞれの人生に翳をおとした。父の罪を英人が裁けるわけではないが、彼を告発する立場にならねばならない。それは息子として向き合うべき原罪なのだろう。

 扉が失われていた時を招くようにゆっくりと開く。そして随分と歳をとった父の顔がのぞいた。
「英人、来ていたのか」
「ああ…… よく帰れたね。取り敢えず無事でよかったというべきかな」
「フランツのおかげだ。もう一人帰ってきた人がいるよ。さあ……」
 父が手招きをして、申し訳なさそうに彼女が入ってきた。自分の中のサツキと何一つ変わらない彼女がそこにいた。
「ひでくん、お久しぶり、で、ただいまかな?」
 僕は彼女に近づき、そして何のためらいもなく彼女を抱きしめていた。
「ひでくん?」
 驚いたのか彼女はただ僕の腕の中で立ち尽くす。
「戻ってきてくれて……ありがとう」
 僕はそれしか言えなかった。サツキはそのままの姿で声をあげて泣いた。

☆☆☆☆☆

 同じ時、羽田空港のゲートをくぐった三佳と坂崎らは、ニュースビジョンに映し出される中国のタイペイ侵攻の速報を見ていた。あと一便遅ければ出国はかなわなかったろうと顔を見合わせる二人に桜木は声を掛ける。
「迎えが来ています。私はナオさんと合流をします。このまま彼女を一人にはしておけない。お二人は高山さんと合流してください。そして暫くは身を隠した方がいい。敵はナオさんを追ってきている。彼女に今近づくのは危険だ」
「そやな、それで、サツキちゃんはもう着いてるんか?」坂崎は三佳の代弁をする。
「我々より一足先に着いています。私の部下が高山さんと行動を共にしているはず。我々が隠れ家も用意していますから」

「私は桜木さんと一緒に行く」三佳はハッキリと宣言をした。
「何? あほなこというな! サツキちゃんに会うためにあっち行ったりこっち行ったり、危ない目におうて、やっとすぐそこにおるんやぞ!会うのが先やろ!」

「坂崎さん! あなたは何? 仕事はなんだった?」
「俺? 俺は記者やんけ」
「あなたはお涙頂戴の再会記事が書きたいの? それとも世界を揺るがす大事件のスクープを書きたいの? どっち?!」
「そりゃ、スクープやろ。けどな……」
「けどもなにもない! サツキさえ無事に日本に帰ってきたらもう私はイイの! 私は真実が知りたい。この目で見て確認したいの! 行くわよ」
「お前、どこでそんな記者ぶんや根性、身に着けたんや…… ウチの社にくるか?」
 
 桜木は二人のやり取りに苦笑する。
「では行きましょう、ただし私はナオさんの護衛に回ります。お二人にはご自分で身の安全を護っていただきますよ」
「望むところよ」
「しゃーない、ピューリッツァー賞もらいにいこか。また死にそうな目にあうんかいな……」

☆☆☆☆☆

「父さん、ナオが一人で官邸に乗り込んでいる。このままじゃ彼女が拘束されて闇に葬られてしまう」
「わかっている。私もすぐに行く。お前はサツキちゃんを頼む」
「ナオは一緒に来て欲しいと言ったんだ」
「お前にか?」
「来てほしいのはきっと父さんだ。けど僕も行く。僕は…… 僕もあの子を守りたい」
「英人、ナオを愛せるか? 家族として」
 僕は父の突然の問いに言葉を詰まらせた。ナオのことはサツキの分身のように感じていた。どこかでサツキをかぶせていた。しかし家族という感情は僕にはない。愛情はどこかにあったのかもしれない。

「父さんはあの子を娘だと思って育ててきた。自分勝手なことはわかっている。お前たちにその考えを押し付けるつもりもない。だが私はあの子を愛している。お前や母さん、絵里奈と同じように。私はもう一人、フランツの息子ロイのクローンであるヤンを守れなかった。彼の人生は始まったばかりだったのに……」

「あんたのせいだよ」
 つい口走ってしまったが、父はそれについて否定も釈明もしなかった。父は自分の罪をずっと背負ってきたのだと感じた。

「家族のように愛せるかどうかはわからない。でも、あの子は大人になっていかなければならないんだ。自分の人生を歩んでいかなくちゃダメなんだと思う。あの子の心の中の世界を僕らが勝手につぶしちゃいけない。あの子の夢や希望や愛情はあの子の心の中のここにちゃんとあるんだ! あの子の世界は「ここ」にあるんだ」
 
 そう言って父の胸を拳で二度三度と叩いた。耐える父の眼に涙が溢れそうになっているのがわかった。

「ありがとう、英人。一緒に行ってくれるか?」
「ああ、もちろん」
「私も行く」サツキが自分から父と腕を組みながらそう言った。
「だめだよ危ないかもしれないから……」僕はサツキを制しようとした。

「その時は、今度は、ひでくんがそばにいる」
 彼女の言葉に僕にずっと足りないと感じていたものを見つけたような気がした。


 完結篇(下)最終話に続く 



★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

藤井 風 - 花 (Official Video)


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘    世界はここにある㊳
世界はここにある㉙    世界はここにある㊴
世界はここにある㉚    世界はここにある㊵

世界はここにある㊶    世界はここにある51
世界はここにある㊷    世界はここにある52
世界はここにある㊸    世界はここにある53
世界はここにある㊹               世界はここにある54
世界はここにある㊺    世界はここにある55
世界はここにある㊻
世界はここにある㊼
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世界はここにある㊾
世界はここにある㊿


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