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私がルワンダへ渡った訳

初めまして。
17歳のユウです。

2月の初めから中旬ほどまで(具体的に言いますと、2/4~2/19までの15日間)長年の憧れの地であったアフリカ、ルワンダへ行ってきました。

旅中様々なハプニングに見舞われましたが、お世話になった方々への感謝の気持ちも込めて、得た経験や純粋に感じたことを本ブログでシェア出来たらなと思います……
初めて書くブログ、現在とっても緊張しております!
言葉足らずな所もあるかも知れませんが、何卒よろしくです!m(__)m


なぜルワンダ?

さて、気になる人も多いことでしょう。。
Youは何しにルワンダへ、、、と。

実は”あること”にずっと興味があったのです。
「自分が身を置いている環境とは全く違う世界に住む人の話が聞きたい!」
と夢見ていたこの頃でした。

その”あること”とは、、、
そう、女性の若年妊娠とその後の自立扶養に関してです。


女性の身体を守りたい

全てを考えるきっかけとなった本があります。
それが上間陽子先生の書いたこの、「裸足で逃げる-沖縄の夜の街の少女たち-」という一冊です。

この本は社会学者である上間先生自身が行った、沖縄での女性に対する暴力・性暴力のインタビュー調査がダイアログ形式で書き留められています。

書き言葉ではなく話し言葉として、沖縄の方便のまま書かれているからこそ、彼女たちの発す一言一言はより深く、鋭く、心に突き刺さっていきました。 

描写されているいくつもの暴力が現実だとはとても受け入れられず、読んでいる最中こめかみの辺りが何度も痛くなりました。

読むだけでもこんなに重くて、怖くて、苦しいのに。それを体験するとは、どんなに辛いことだろうと。そして彼女たちの「出したくても出せない声」をすくい上げる著者であり、研究者である上間先生とは、、、、、、、

この本との出会いを機に、女性史そのものに興味を持ち始めたのでした。

「これは自分の天命なのかも知れない。上間さんのように研究者としてのアプローチなのか、マーケティングの面でなのか、公衆衛生の面でなのか、行政の面でなのかは定まっていないけれど、女性の身体を守る仕事がしたい。」そう思い始めるようにもなりました。



現実をもっと知りたい

実際に自分がどんなアプローチの取り方をしたいのか、その選択の決断をする=自身の進路を決めるということでもあります。

それでも、
「途上国に対するうわべだけのイメージでちゃんとした行動なんか起こせるはずがない」
「もっとたくさんの人の話を聞かないと、リアルなことなんて分からない」
そう感じ、高校2年生の冬である今の時期に、一度赴いてみようと決心しました。


だからルワンダ

ジェンダーギャップ指数驚異の世界第12位、途上国内3位であることから、ルワンダが「最先端に女性進出の進んだ国」として取り上げているのをメディア記事等でよく目にします。

けどそれって実際はどうなんだろう、、
どんな教育がなされているのかな、、
そもそもルワンダという国自体、女性進出の発展を成功させた先行例だと言い切ることはできるのかな。

そうであって欲しいと思う反面、もしそうであるとするならトレーニングセンターのママさんたちみたいに、扶養や自立に苦労している女性が多いのはどうして、、、
とジェンダーという視点に関しては、ルワンダという国に対する懐疑的興味が元から強かったのでしょう。

成功していたとしても、そうでなかったとしても、
性交、妊娠、出産、育児、そして自立していくその過程で発生する問題を見つめるのなら絶対ここの国だな、そう思いこの国に行こうと決心しました。


N先生、ありがとう。

最後に、ルワンダという国を知ったきっかけをご紹介しておしまいにしようかなと思います。

私がこの国の存在を知ったのは、中学二年生の時でした。

英語好きだった私に、当時英語教師兼担任であったN先生が「ホテル・ルワンダ」という一作を紹介して下ったことがはじまりでした。

当時はまだ中学生でしたので、「自分の好きな英語を使って将来海外で生活できたらいいなぁ」くらいにしか思っていませんでした。

お気に入りのテイラースウィフトの曲を聴いて、海外のシットコムで出てくるようなアメリカンな生活を送ることを夢見ていました。


しかしこの映画に出てくる、人のためであれば自身の犠牲も惜しまないホテルマンの雄姿を見て、私の英語を自分のためにではなく、“誰でもいい、どんな形でもいい、辛い状況に置かれている人を助ける時のツールとして使えるようになりたい”そう考えるようになったのでした。


"平和な世界であってほしい。平和のために尽くしたい”

その映画を見て、心の底から本気でそう思い始めるようになったのです。

( (ただ漠然と、平和のために何かしたいなと中学の2年間は思ってました、、きゃあ恥ずかしい))

なんて抽象的な夢なんだろうと自分でも思います。

それでもそんな願いから、国際協力系で活躍することを目指すようになり、進んだ先の国際高校で巡り合った色んな出会いや出来事から自分の知らなかった世界に衝撃を受け、女性の性問題に携わりたいと思うようになり、、

ニ年次にして、ルワンダへ旅立つに至ったのだと思うと、ここに来るまでは本当に長い旅だったなあ。

そしてそんな長い旅の中でも決して変わる事のない信念が芽生えたのはあの時のN先生との出会いがあったからだと思うと、先生に対して本当に、感謝の気持ちで胸が熱くなります。

現在私はもうすでに帰国しており、日本でのいつも通りの日常をまた繰り返す日々を送っています。
ルワンダの記憶を忘れぬためにも、そして何より

N先生を始めとする、自分に旅立つきっかけや勇気を与えてくださった多くの先生方、友人への感謝の気持ちを込めて。

不安も大きかったかもしれない、それでも最後は「自分の行きたい世界へ行っておいで」と送り出してくれた家族への最大の愛をこめて。

“ハッと気づかされたことから、じんわりと心温まる出来事まで、本アカウントに投稿していこうかと思います。

ああ、このよく泣く高校生、なんか色々書くねえくらいで、温かく見守って下さるととても嬉しいです。



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