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夢枕

割引あり

故人が夢に現れることについて

 5月を迎えたばかりの頃、妻の母がこの世を去った。
 4月の1ヵ月間、妻は事あるごとに病院に呼び出され、少し疲弊していたように思う。
 ここ3年ほどの間は新型ウイルスの感染拡大防止のため、介護施設にいた義母と会うことは叶わなかったのだけど、認知症の進行で、自分の子どものことすらすっかり忘れている母親と面会するのも、それはそれで辛かったことは想像に難くない。
 心拍数が弱っている、呼吸が不安定になっている…そんな連絡を受けるたびに「今日こそ今生の別れかもしれない」悲壮な決意で病院に向かったのに、症状が落ち着いて帰宅することが続いていた。
 こうなってくると“オオカミ少年”みたいなもので、最初の頃の緊張感も薄れてきてしまう。
 妻は、目を閉じたまま寝息を立てる義母の横で弟と話し続けた。
 昔話から近況まで、他愛もない内容だったと思う。この3年間、会って話す機会も無かった姉弟に、義母が話す機会を与えてくれたのかもしれない。
「ちょっと!いい加減しぶといんじゃないの?」
 妻が冗談半分に声をかけたとき、眠り続けていた義母が少し微笑んだような気がしたらしい。
 夢うつつの中で、姉弟の会話を聞きながら楽しんでいたのかもしれない。

 そうして4月が過ぎ、5月の連休前に義母は静かに旅立った。

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